第二章 校内で噂の学園海賊③

 上履きに履き替えた僕たちは三階に足を運んでいた。今日は放課後になってから時間が経っているため教室内に残っている人たちはいなかった。

「赤里先輩っていつもその恰好なんですか?」

 廊下を歩きながら赤里先輩に気になっていたことを聞いた。

「ああ。船長だからな。それから俺のことはキャプテンって呼べ」

 船長とその格好に一体どういう関係性があるのかは分からなかったがそういうものなんだろうと必死に頭を納得させた。

「着いたぞ」

「ここは……」

 たどり着いたのは三階フロアの一番端にあった『物理準備室』と書かれた看板が吊るされた教室だった。

 物理室もその隣にあったが一度も使ったことがないためその存在自体初めて知った。

 赤里先輩はノックをすることなく勢いよく扉を開けた。

 準備室内は明かりがついておらず、遮光性のあるカーテンで窓が閉じられているため真っ暗だった。それでも入り口付近はこちら側から入る明かりで多少は見えたがなぜだか足の踏み場もないくらいダンボールと何かの機材が雑に置かれていた。

 一体、この中にどんな人がいるんだと固唾を呑んでいると赤里先輩は落ちているダンボールを容赦なく踏み潰しながら中に入って行く。

「てめえ! 片付けるって言ってただろ‼ なんだこの有り様は!」

「ふむ。来たか。三四〇秒ほど早かったな」

 奥の方から落ち着きを払った声が聞こえた。その声もどこかで聞いたことがあるようなと思っていると準備室の明かりがついた。いたるところに積まれたダンボール。床に落ちているのは崩れたほんの一部だったようだ。

 明かりがついたが足の踏み場がほとんどない準備室を進んでいく。床を見つけるのがやっとで地雷原を進んでいるような体験が味わえた。

「四十秒後に片付けを開始しようと思っていたのだが…… おや、また会ったね」

 赤里先輩に追いつくとそこには一人の男子生徒が座っていた。寝癖がそのままのような髪をして、紫色のヘッドホンを首から下げた白衣を着た人。

 先ほどの蒼美先輩同様、偶然校内で会った。

「あなたは……」

「そういえば、名乗っていなかったね。わたしは三年生の紫堂レン。学園海賊ではドクターと呼ばれている。ま、ドクターと言っても医療の知識はないのだがね」

 机に置かれたカップを取り、一口飲みながら挨拶をする。この人も学園海賊の一員だったのか。もしかしてあの出会いも作為的なものだったのか。

「見てくれはこんなだがこいつが作るものはどれもすげえんだ」

「駄作だったとしても使う人間によって変わるものさ」

「お前、今まで駄作を俺に渡してたのか?」

「それは企業秘密さ」

 なんだとっと肩を揺らす赤里先輩とそれに体を委ねる紫堂先輩。

 一見するとタイプが違いそうな二人だが意外と仲良さげに見える。蒼美先輩もそうだが一体どういう接点で付き合いが始まったんだろうか。

「我々の話はいいだろう。彼に学園海賊について話したのかい?」

「いや、まだだ。あそこに行ってからでいいだろ」

「確かに落ち着いて話をするならちょうどいいかもしれないな」

 二人だけで話が進んでしまっており、僕はただ首を傾げることしかできなかった。

「それってどこなんですか?」

「ここの後に行くから楽しみにしとけ」

 一つ分かったのは赤里先輩はサプライズ好きということだ。どこに行くかを全く伝える様子がない。僕を楽しませようとしているのかもしれないけど。

「さて、挨拶は終わったがまだ何かあるかね?」

「なんかあるかって少しは自分で紹介をしたらどうだ」

「ふむ…… これと言って紹介することはないな。これから互いのことを知っていくのだから」

「いや、僕はまだ一言も入るなんて……」

「そうだな! じゃあ次いくか!」

 赤里先輩は再び僕の肩に手を置き、そのまま扉の方に歩いて行った。

「あ、僕、白井ユウキと申します。では失礼します」

 そういえば僕の方が自己紹介をしていなかったのを思い出し、一礼をしながら言う。

「知っているとも。わたしが調べたのだから」

「あ、ですよね…… って、えっ?」

 蒼美先輩と同様、すでに知っていたようだだったがそれ以上に予想もしない回答がやってきた。

 しかしそれを追求する前に柴堂先輩が口を開いた。

「断るのはもう少しわたしたちを見てからにしてくれないかね」

「えっ?」

「キャプテンは少し無理やりなところがあるからね。どうせ、君の返事を聞くことなくわたしたちを紹介しているのだろう」

 まるで見て来たかのように状況を話していく。もしかして結構仲が良い?

「は、はい。付き合い長いんですか?」

「まあ、それなりにね。その話はまた今度にしよう。わたしたちも悪い人ではないとなんとなく感じているだろう。だからもう少し見ててくれないか? それから結論を出しても遅くはないと思う」

 確かに現段階でこの集団がどういう目的で集まっているのか分からない。まだ僕が知らない人もいるみたいだし蒼美先輩も柴堂先輩も悪い人ではない。

 頭ごなしに拒絶をしても申し訳ない気がした。

「……そうですね。もう少し様子を見てみます」

「ありがとう。そうしてもらえると嬉しいよ」

「おーーい‼ 行くぞ!」

 待ちくたびれたのか赤里先輩が顔を覗かせながら僕を呼ぶ。柴堂先輩は頷いて僕に行くことを促す。

 もう一度、礼をして僕は物理準備室を出た。

「なに話してたんだ?」

「赤里先輩にひどいことされたら言ってくれと」

「あいつな……」

「それで次はどこに行くんですか?」

「次か? 家庭科室だ!」

「家庭科室?」

 それまた聞き慣れない教室の名前を出されて僕は首を傾げた。そこで今度は何があるのか分からないがなんとなく誰が待っているのか。それには少しだけ覚えがあった。

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