第一章 指名者なき手配書(5)

~五月十二日~

 次の日、僕はあくびをしながら通学路を歩いていた。僕の通う学校は駅から歩いて十分程度。駅を出てまっすぐ進めば到着するため土地勘のない人にも優しい。

 周りにも同じように制服を着た人たちが歩いていて、もしかしたらこの中にあの先輩がいるのではないかとチラッと見渡すが姿はなかった。

 ここまで躍起になって探している自分自身に驚きもするがそれだけ恩義を感じているんだろう。お金は受け取ってもらえないとしてもせめてもう一度お礼は言いたい。

 そんなことを考えていると正門が見えてきた。がそこで一つ気になるものを見つけた。

 正門の横にピシッと立つ女性。誰かを待っているように見える。

 それだけなら特に気にすることはないのだが僕がというか今、正門に向かっているほとんどの人が疑問に思っているだろうことは服装だ。

 肩にかかるくらいの黒い髪に白い装飾の付いたカチューシャ。黒いワイシャツにくるぶしまでを覆うほどフリルの付いた長いスカート。そして真っ白なエプロンをつけ、あれでは学生ではなくただのメイドだ。

 僕以外にも気になってかヒソヒソと話をしている人が近くにいたが大半の人はなぜだか気にすることなく正門を通り抜けていく。

 僕もあまりじろじろ見るのは失礼だと思いチラッと視線を向けた瞬間、目が合った。

 ドキッとしながらも勘違いではないかと考えたが確実に僕を見ていた。最近の傾向からするとこういう時、他の人であることの方が珍しいんだよな。

 すると今まで人形のように動かなかったメイド服の人がゆっくりとこちらに近づいてきた。道の端っこを歩いていた僕めがけて一直線に人波を避けながら向かってくる。

 そして僕の目の前まで来ると朗らかな笑顔を浮かべながらお辞儀をする。

「おはようございます」

「お、おはようございます」

「本日も快晴で気持ちのいい朝ですね」

「は、はい。そうですね……」

 朝の挨拶が始まり、僕はとりあえず会話をする。誰にでもやっている訳ではなさそうだがなぜ僕に?

 遠くから見ても綺麗な人だと思っていたが間近で見ると更に際立って見える。

 清々しい朝だということを話していたメイド服を着た人は何かに気が付き、僕に手を伸ばす。じろじろ見ていたことに不快感を与えてしまったかと思っているとその手は僕の首元のネクタイに触れた。

 それを一度解くと慣れた手つきで結んでいく。

「人の印象というのは身だしなみからですよ」

 そんなことを呟きながらものの数秒で職人が結んだように綺麗なネクタイが完成した。

「これで完了です。先ほどよりかっこよくなりました」

「あ、えっと…… ありがとうございます」

「わたくしの仕事ですから。では、よい一日を」

「ちょ、ちょっと! 待ってください」

 用件が終わったと僕に背を向け、歩き出そうとするメイド服の人を呼び止める。

「何か?」

「あなたは、一体?」

「ふふ、それはまだ内緒です」

 顔だけ振り返り、小さく微笑む口元に人差し指を当て言う。その姿があまりにも完成された絵面で見惚れているとすかさず会釈をして正門を通り抜けていく。

 呆然とすることしかできなかったがすぐにこちらに注がれる複数の視線に気が付き、僕は駆け足であの人と同じように正門をくぐるのだった。

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