第一章 指名者なき手配書(4)
~五月十一日~
次の日の放課後、僕は昨日の購買で颯爽と現れてパンを分けてくれた先輩を探し校舎内を歩いていた。この学校の本校舎は五階建てになっており、上から一年生、二年生、三年生の教室となっていて、それより下に昇降口や職員室がある。一応屋上もあるらしいが基本的には閉鎖されており、生徒の立ち入りは禁止されている。
その他にも第二校舎や体育館。結構な広さを誇っている。それも多彩な部活を有するが故なんだろう。
上級生のフロアを一人で回るのは少し勇気がいるが放課後のため思いのほか人はいなかった。二年生の階にはそれらしい人は見えず、三年生の階に来ていた。
あれほどの人混みを容易く進んでいくあの運動神経。どこかの部活動に所属していない方がおかしい。しかしそうなると会える可能性は低いかもしれないが何か手がかりを手に入れることができるかもしれない。
比較的静かな廊下を進む。教室内ではおしゃべりをしている人たちが見え、あの人たちに話しかけるのはさすがに難しい。
一通り見終えたが結局手がかりの一つも見つけることができなかった。このまま運動場や体育館近くまで見に行くかとも思ったが体験入部と間違えられてしまうかもしれない。
「はあ、やっぱりいないか……」
そんなことをぼやきながら来た道を戻ろうとすると誰かにぶつかってしまった。よろけながらも踏ん張り、転ばずに済んだ。
「す、すいません!」
「いや、こちらこそすまない。考え事をしていて前を見ていなかった」
前方不注意を謝ると目の前の人も僕と同じようだった。
僕より背の低いその人は落ち着いた声で言いながら着ていた白衣を正す。ボサボサの髪に紫色のヘッドホンを首にかけている。この人もこの学校の生徒なのか?
「おや、君は……」
そんな疑問を考えている時、目の前の人が何かを呟いたような気がした。しかし声が小さかったためなんと言っているかは聞き取れなかった。
「えっと、本当にすいませんでした。では……」
「待ちたまえ」
「は、はい?」
「君に質問がある」
立ち去ろうとする僕に白衣の人は突然切り出した。
「量子重力理論についてどう思うかね?」
「…………りょうし、じゅうりょく、りろん?」
聞き慣れない言葉にカタコトで聞き返してしまった。物理の何かなんだろうか。しかし授業でも一度も耳にしたことのない言葉に僕は首を傾げることしかできなかった。
僕の反応を見た白衣の人はふむ、と小さく声を漏らしながら顎に手を当てた。
「すまない。では質問を変えよう。この宇宙、様々な惑星が存在する中、どうして地球だけにこんな緑の大地や豊富な水資源、空気、そして我々のような生物が現れたと思う?」
だからなんで僕にそんな難しいことを聞いてくるんだろう。宇宙の神秘なんて知らないし、理系の分野って僕あまり得意じゃないんだよな。
目の前では白衣の人が僕の回答をじっと待っている。多分、答えないと解放してもらえないだろう。
僕は無い知恵を振り絞り、なるべく深く考えて最終的にたどり着いた結論は。
「えっと…… 宇宙の神秘とか全く知りませんけど、偶然とかですか?」
「偶然……」
「は、はい。他の惑星にももしかしたら生物とかいるかもしれませんけどここまでの何かが集まるのは偶然だとしか……」
僕の回答に呆気に取られたような表情をしていた白衣の人は少しの間、思案すると小さく笑った。
「なるほど、偶然か。不明瞭で曖昧で理論的ではない。だがあながち間違っていないかもしれない。……ふっ、彼が見出したのも頷ける」
「えっ? 最後なんて……」
「では、またね。後輩君」
彼がどうのこうの言っていた気がするが僕の問いには答えてくれなかった。
白衣の人はそのまま歩いて行ってしまった。追いかけることもできたが最後の言葉を知ったところで僕には関係のないものだと勝手に納得させた。
「でも、結局なんだったんだ? あの人」
名前も名乗ることもなく行ってしまった。もしかして今の流行りは名乗らず立ち去るなのか?
でも一つだけ分かったことがあった。あの人はこの学校の生徒だということ。僕のことを後輩と言っていたし。この階にいるということは三年生なんだろうか。
結局、その日の収穫は僕の中に謎が一つ増えただけだった。
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