第一章 指名者なき手配書(3)

~五月十日~

 昨日の一件から何があるか分からず注意をしながら日中を過ごしたが特に赤里先輩が目の前に現れることはなかった。教室で話をする数少ない友達にも不思議な目で見られてしまったが迂闊に海賊のことを話してもそもそも信じてもらえるかすら分からなかったため何も言わないでいる。

 昼休み、僕はその友達と購買に向かっていた。僕はお弁当があるのだが友達の方が今日は購買でお昼を買うということだったので教室で一人寂しく待っているのもなんだったため付き添った。

「いや~ 悪いな。白井」

「ううん。僕も購買に行くの初めてだから少し楽しみなんだ」

 中学校にはないものだし、自然と好奇心が湧いていた。入学して一ヶ月以上経つのに購買を訪れていない方が珍しいと思うけど、校内でお菓子などを購入できる場所があるというのは便利だと思うしこれを機に積極的に活用していきたい。

 と、前向きなことを考えながら向かったが到着してそうそう目に入ったのはコンビニのような雰囲気の購買ではなく、人と人がぶつかり合う戦場だった。

「おー、やってんなー」

「ええ……」

 隣で慣れたように言う友達を尻目に僕は目の前の光景に言葉を失っていた。

 満員電車の様にひしめく人。ぶつかり合い、飛び交う怒号。宙に浮くパンと人。こんな光景はアニメの中だけだと思っていたがそうではなかった。

「ど、どうするの?」

「まあ行かないと昼飯抜きだからな。行くしかねえ‼」

 そう意気込んで戦場に体当たりをして行くが人混みに入る前に弾かれてしまった。

「く、クソ…… まさか一瞬で跳ね返されるとは」

「さすがに無理だよ。あれは」

 それでも昼飯には代えがたい。と言いながら再び戦場に飛び込んでいった。

 目の前では未だ熾烈な争いが繰り広げられている。商品を購入し立ち去る人。諦めて教室に戻って行く人。徐々にその数は減っては行くがこの人混みがなくなった時に果たして商品は残っているのだろうか。

 一体、どうすれば。と考えていると僕の隣に誰かがやってきた。

「やあやあ、少年。パンが欲しいの?」

 透き通るような声でその人は声をかけてきた。僕の周りには誰もいないため少年というのは僕を指しているのはすぐ分かった。

 僕より少し高めの身長に髪を器用に青色のリボンで結っている。女子生徒というのはすぐに分かったが口ぶりなどからこの人は上級生なんだろう。

 しかし目の前の購買の状況を見ながらハニカムその横顔。男子である僕でも見惚れてしまうほど凛々しかった。だがすぐに意識を現実に戻し、視線を戻した。

「あ、いえ。友達が今、パンを求めてこの中に。でも僕も行った方がいいのかなって、思いまして……」

「そうか。友達のためか。その友達思いの精神嫌いじゃないね」

 確かにそう言われればそうなのかもしれないけど未だ踏み出せていない僕は果たして友達思いなのだろうか。

 そんないらないことを考えていると。その人は自身に満ちた表情で購買の方へ歩いていく。

「あ、危ないですよ!」

「ふふ、あたしを誰だと思ってるの?」

 集団の最後尾の隙間に入った瞬間、人と人の間をまるで波のようにすらすらと抜けていき、気が付けば見えなくなってしまった。だがそれは友達の様に人混みに飲みこまれてしまったのではなく微かな隙間を見つけて入り込む達人のそれだった。

 大丈夫なんだろうかと見守っていると一分もせず、人混みから出てきた。その手に三つのパンを持って。

 あの戦場の中パンを三つも買って来るなんて、あの人は一体なんなんだ。

 涼しい顔をしながら僕のところへ戻ってくるとパンを差し出してきた。

「はい。どうぞ」

「って、いやもらえませんよ!」

「別にこの程度なんてことないよ。あたしからのプレゼント」

「じ、じゃあ、せめてお金を……」

 初対面の人にプレゼントと言われるだけでも十分変だが、それ以上にお金を渡さないなんで人としてどうかしている。ポケットから財布を取り出そうとしていると、はい。と無理やり押し付けられてしまった。

「いらないよ。可愛い後輩なんだから。じゃあね」

 そう言うとフラフラと手を振りながら去って行ってしまった。結局なんだったのか全く分からなかった。僕を後輩と言ったからやはり先輩だった。それにパンをくれたということは悪い人ではないことは確実。だが僕はあの人と接点も何もない。なんだったら名前すら知らないし。

 無理やりだったとしてももらってしまった以上、ちゃんとお礼をしに行かないと。

「クッソ、全敗だ。おーい、白井…… ってパン三つも持ってるし!」

「なんか優しい先輩が分けてくれて」

 パンが売り切れたのか散り散りになって行く人の波の中、友達が戻ってきたがその手にはやはりパンはなかった。

「なんだよ。めちゃくちゃ運いいじゃねえか」

「はい。僕、お弁当あるし」

「マジで…… この恩は忘れないぜ!」

 その後、教室に戻る途中にあった自販機で飲み物を奢ってもらった。

「しっかし、あの戦場で三つも確保できるとか何者だ。その先輩」

「分かんない。今度お礼に行かないとな」

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