第三六章 水鏡の剣と天雷の騎士
「……ありましたか。ということは、その剣は本当に水鏡の剣なのかもしれませんね」
ま、マジかよ。となると、俺は生前に何処かのタイミングでこの剣を魔族の刀匠から受け取ったということか……?
しかし、なんだって魔族の刀匠が人族だった俺にわざわざこの剣を授けたのだろう。
あるいはそれほどまでに俺の剣の腕というものは抜きん出ていたのか。
「騎士学校で聞いた噂話では、水鏡の剣はその逸話から自分こそが手にするに相応しいと名乗りを挙げるものが人魔問わず幾人もいたという話です」
まあ、腕自慢であれば中にはそういう者もいるか。
「ただ、刀匠自身も腕のたつ剣客だったそうで、心無い剣士たちが力尽くで奪おうとしても返り討ちに合うばかりだったとか……晩年に刀匠がドランティア侯国内でその姿を消して以降、水鏡の剣も行方知れずになったと言われていました」
セレニアが記憶を辿るように天井を見上げながら告げる。
ドランティア侯国——となると、俺はひょっとしたらその地に縁のある騎士だった可能性もあるわけか。
「そうですね……というか、ディスターニアは何か知っているんじゃないの?」
セレニアが訝しむようにデス子のほうを見やった。
そういえば、デス子は俺が死んだ経緯についても何やら知っているような素振りを見せていたな。
何やら悲惨な状況だったということだが……。
「忘れちゃってるなら、そのまんま忘れておいたほうがいいと思うけどなァ……」
デス子はナビボードを見ながら、いまいち煮え切らない答えを返してくる。
俺は長剣を鞘に戻してもとあったように立てかけると、ソファに歩み寄って後ろからデス子のナビボードを覗き込んでみた。
そこには何やらネットニュースの記事が表示されているようだった。
ドランティア侯国、ヴィクセン伯爵家の離反により分断の危機か——。
「ちょ! か、勝手に覗き見ないでくれたまえよ! エッチ!」
デス子に怒られてしまった。
どうやら現在のドランティア侯国とやらはちょっとキナくさい感じになっているらしい。
侯国というからにはいくつかの貴族が寄り集まってその一帯を支配しているということなのだろうが、内紛でも起こっているのかな。
しかし、どうにも聞き覚えがあるような気がするな……ヴィクセン、ヴィクセン——。
「ヴィクセンですって……!?」
ガタッと、急にセレニアが立ち上がる。
——が、しばしそのまま沈黙したあと、首を振ってそのまま再び椅子に座り直した。
なんだなんだ……?
「いえ、わたしにはもう関係ないことですので……」
スプーンでポトフの入った器の中をかき混ぜながら、暗い顔でセレニアが呟く。
コレ、絶対に関係あるやつじゃん……。
『ヴィクセン家はセレちゃんの実家だよ』
『マ?』
『マジで?』
マジで!?
『ヴィクセン家はドランティア候国の端っこに領地を持つ伯爵家で、侯爵家とはもともとあんま関係が良くなかったんだよな』
『おいおいマジの情報通か?』
いろんな人がいるな、このチャンネルは……。
『ヴィクセン家の当主はそれをどうにかしようってことでセレちゃんを侯爵家の次男坊に嫁がせようとしたんだけど、けっきょく破断になっちゃって、その原因がセレちゃんのお転婆だったもんだから激怒した伯爵に勘当されちゃったんだよ』
『これは間違いなく有識者』
『エッチだけど高貴な視聴者だ!』
『ID控えろ!』
『やめてやれ』
うむ。とりあえず外野は無視して続けてくれ。
『んでまあ、そのことに激怒したソフィリアが当主を追い出しちゃってさ』
『家庭内クーデター』
『お姉ちゃんもお転婆やな』
確かに強そう。
『もともとヴィクセン家の当主はちょっとボンクラなところもあって、ただでさえ冷遇されてるのに侯爵家に媚び売ってばかりなところとか、領民からの評判も酷かったらしいんだよね。それもあって臣下や騎士たちは最初からソフィリアの味方だったんで、無理やり親父さんから実権を奪い取っちゃったんだよ』
『姉妹揃ってつえーのか』
『ゾンビくん姉妹丼してくれ』
『俺からも頼む』
『期待あげ』
やめろバカ。話を続けてくれ。
『もちろん、ヴィクセン伯領内にいる子爵の中にはソフィリアをうまく利用しようってやつもいたと思うんだけど、そのへんはうまく出し抜いたみたいだな。まあ、ソフィリアのやり手っぷりはこっちの界隈では有名だったし、さもありなんって感じだが』
さもありなんとか、今どきなかなか目にすることない言い回しだな。
というか、こっちの界隈ってどこの界隈だよ……。
『侯爵家は侯爵家で懐刀の天雷の騎士が少し前のドンパチで戦死したって噂が流れてて、おそらくそれが最後の引き金になったんだろうな。ソフィリアが侯国からの独立を宣言したのがつい先日の話なんだけど、やるなら今しかないって感じだったんじゃないかね』
『おまえマジで何者だよ』
『高貴な視聴者はマジで高貴だった……?』
『でもエッチなんだろう?』
『セレ姫の痴態を見てシコシコしてんだろ?』
『いやだって、知ってる人がAV出てたらめっちゃ興奮するじゃん?』
『分かる』
『分かりみしかない』
『友よ』
なんかよく分からんが、エロは種族も立場も超えるようだな。
「お姉さまが……」
俯いたまま、セレニアがぽつりと呟いた。
その表情は決して明るいものではなかったが、口許にはほんの少し笑みが浮かんでいるようにも見えた。
まあ、何かよく分からないが、いろいろとセレニアにも抱えるものがあるのだろう。
俺が気になったのは、天雷の騎士という単語だ。
水鏡の剣には何やら雷を呼び起こす機能があるみたいだし、もし天雷の騎士という二つ名がそこに由来するのだとしたら――?
『天雷の騎士に関しては、ドランティア侯爵家が召し抱えていたとんでもなく強い騎士ってことしか知らないな。でも、騎士くんの強さ見てるとマジでその騎士なのかもな』
『誰か天雷の騎士知ってるやついる?』
『知らね』
『軍人のことなんか知るわけねえ』
『人間のことなんかどうでもよさじ』
『魔族だけど、水鏡の剣についてなら知ってるぞ。こっちでも有名だから』
『お、魔族側の高貴な視聴者か?』
『ちげーよ。都市伝説みたいな感じで有名なだけ』
『あー俺も聞いたことあるよ』
『なんぞソレ』
『剣術に自信ニキのところに現れる老人の話。老人に「水鏡の剣はいらんか?」って訊かれて、いるって言うと殺される。いらなって言うと老人は去るって内容だったかな』
『ありそう』
『殺されない選択肢があるだけ優しいな』
『たし蟹』
おいおい、それってひょっとして――。
「……わたし、実はそのお爺さんと一度逢ったことあるかもしれません……」
急にセレニアがぽつりと言った。
何やら青い顔をして小さく肩を震わせている。
話を聞かせてもらってもいいだろうか。
「騎士学校に在学中のことですが……たまたま夜半に一人で歩いていたとき、不思議な風貌の老人に『剣はいらんか?』と聞かれたんです」
ポトフの器にスプーンを置き、自らの体を抱きすくめるようにしながら呟く。
「わたし……恥ずかしながら、あまりに怖くて泣いてしまって……自分はこの老人に殺されると、何故かそのときはそう確信してしまったんです」
おお、なんか知らんが、そんなにヤバい老人だったのか。
「でも、泣いていたらそのうちお爺さんは「残念だ」と言ってそのまま去ってしまって……今思えば、あの『剣』というのは水鏡の剣だったのかもしれません」
ふむ。もしそこでセレニアが気丈にも剣が欲しいと言っていれば、あるいは今ごろ彼女の手に水鏡の剣が渡っていた可能性もあるわけか。
「……そうはならなかったと思います。わたしが人生で死を覚悟したのはあのときとお兄さまと対峙したときの二度だけ……そして、わたしはお兄さまには負けています。たぶん、剣を欲したとして殺されていただけでしょう」
そう言って、セレニアは今一度身震いをする。
そういえば初めて彼女と対峙したときも、その顔には涙が浮かんでいた気がするな。
セレニアほどの騎士になれば、戦う前から相手との力量差が分かるということだろうか。
「んで、けっきょくおにいがその天雷の騎士だったら何かいいことがあるのか?」
アス子が空になった器を片手にポトフの釜戸のほうに向かいながら言った。
おかわりでも入れにいくつもりなのかな。
俺やデス子と違い、アス子は普通の人間と同じように食事も睡眠も必要とするタイプの魔族であるらしい。
これからはもっと一度に作る量を増やしたほうが良いかもしれない。
「なんにも良いことはないよ! だから、別に深掘りする必要はないと思うけどなァ」
デス子はあくまでシラを切るつもりであるらしい。
そこまで俺の記憶に何か不都合なことでもあるのだろうか。
「んー……どっちかってェとダーリンのためだよ。言ったでしょ? けっこう悲惨な死にかただったって」
むう。確かにそんなことは言っていたが……。
「ダーリンはね、死ぬ前にわたしに言ったんだよ。『俺に一番多く傷をつけた死体を使徒にすると良い。そいつがこの中で一番強い騎士だ』ってね。でも、けっきょくダーリンは死んじゃったんだよ。だから、わたしはダーリンを連れて行くことにしたの」
何処か遠くを見るようにデス子が言った。
おい、ちょっと待て。
コイツ、生前の俺と会話したことがあるのか……!?
『何やら萌え展開の匂いがする』
『明かされるデスゾンコンビ誕生の秘話』
『久々にデス子とゾンビくんのアマアマ展開くるー!?』
『期待しかない』
『To be Continued……』
『やめろや』
いや、おまえらこそやめろ。雰囲気が台無しになるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます