第三五章 月映せしは水鏡
「ダメだぁ……なんかこう、エッチなことすればするほど、おにいのことどんどん好きになっちゃうんだけど……もう完全に女にされちゃったんだなぁ……」
「分かるぜェ。まァ、女って動物的にちょっとそういうところあるから、こればっかりは本能と思って諦めるしかないねェ……」
さっそく設置したジャグジーに二人で浸かりながら、デス子とアス子の魔族シスターズが深いのか深くないのかよく分からない話をしている。
ジャグジー自体はそこまでDPコストの高いものでもないので、ひとまず実験的にシャワーブースとセットで農地エリアの片隅に配置してみることにした。
シャワーブースは当然ながら水源の近くに設置することが必須で、ジャグジーに関しては水質を保つための濾過装置も必要になるため、思ったより広いスペースが必要だった。
また、どちらもお湯を出すためには給湯装置まで用意して連結する必要があり、なんだかんだで一式揃えようと思ったらかなり大がかりな施工になってしまった。
見切り発車で浴室エリアを作らなかったのは、結果的に正解だったのかもしれない。
「ううう……申し訳ありません……毎度毎度、歯止めが効かず……」
セレニアは、何故かシャワーブースの中で正座したまま冷水シャワーを浴びていた。
滝行でもしているつもりなのだろうか。
『セレちゃんの妹プレイやばかったな』
『久々のあまあまラブラブエッチだった』
『トレンドなってたよ』
『エロチャンネルでもトレンド入るん?』
『入るらしいよ。なんか条件厳しいらしいけど』
『お姫ちゃん凄いやん』
『アス子のメロメロエッチもよかったな』
『ゾンビの下の剣になんか特攻でもついてんじゃね』
『どんどんメスになっていくアス子にティッシュの消費がとまらぬ』
『分かりみしかない』
『デス子ちゃんがんばれ』
「う、うるさいなァ」
相変わらず終わったあとはコメント欄で視聴者が好き勝手に感想を言い合っている。
どろんこ大相撲が終わったあと、アス子には少しだけ配信を再開してもらい、予定どおり俺たちのチャンネルを宣伝してもらった。
また、チャンネルの説明欄に以降の行動は俺たちとともに行うことと動画への出演もそちらで行うと記載し、実質的にこちらのチャンネルと統合となる旨も伝えてもらった。
おかげでうちのチャンネル登録者数はついに5万人を超え、投げ銭やインセンティブによる収益でかなり豊富なDPを得ることができるようになった。
ただ、一方で以前までダロスのダンジョンであった場所の管理も改めて行う必要が出てきたので、これについては痛し痒しといったところだろうか。
「まァ、あのダンジョン、ちょっと調べた感じだと勇者の間ではだいぶ悪名が広まってるみたいだから、危険度とお宝レベルを下げておけば攻略のメリットもなくなるし、勇者の侵入は減るんじゃないかねェ」
ナビボードを開きながら、デス子が言う。
もともとアス子があのダンジョンを管理していたころはコアルームに豪華な宝箱がおいてあったらしく、それによってお宝レベルを高い状態にしていたようだが、これらはすでに撤去してもらっている。
とはいえ、立地から考えると完全に勇者の侵入を避けるのは難しいだろうし、すぐには無理でも何らかの対策は考えておいたほうが良いかもしれない。
ちなみに勇者について一つ新情報があったのだが、実はDPメニューから獲得できる牢獄の中に一定期間以上投獄されると、死亡したことと同じ扱いになるらしい。
つまり、勇者としての資格を失うとともに魔族陣営に戦績ポイントが入り、同時にダンジョンマスターには報酬として勇者が所持していた装備や金銭と同等のDPが与えられるのだそうだ。
『マジか。知らんかった』
『いや、知らんやつのほうが多いんじゃね?』
『わざわざ牢屋なんて置いてるダンマス見たことないよ』
まあ、それはそうだよな……。
DPメニューの説明欄にはしっかりその仕様が書いてあるから隠されていたわけでもないのだろうが、何処かで説明されていたのでなければ気づかない者も多いだろう。
「アタシも偶然知ってさぁ。それなら牢屋で見世物にしてたほうが面白いしDPも稼げるし最高じゃんって感じで、勇者はみんな牢屋にブチ込んでたんだよね」
ふむ。どうやらアス子の場合は、倒錯的な行いがたまたまこの仕様に気づくきっかけになったようだ。
というか、こういう仕様が仕組まれているということは、実は大々的に謳われていないだけで、この戦争自体は平和的に解決することだってできるのかもしれないな。
あくまでも参加者全員の意思統一ができればという前提にはなるし、現実的には難しい話なのだろうが。
「無用な殺生は避ける……程度には役立ちそうですね。どのみち、こちらに攻めてきたダンジョンマスターに対しては戦う以外の術はないわけですし」
滝行を続けたままセレニアが言う。
まあ、私利私欲のためにわざわざ同じ種族同士で争おうとしてくるような無法者に情けをかける必要はあるまい。
それより、あんましやりすぎると風邪を引くから、そろそろジャグジーで暖まりなさいな。
「お、お兄さま……なんとお優しい……」
セレニアが潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。
やめろ。ちょっと優しい言葉をかけたくらいでそういう目で見つめてくるな。
にじり寄ってくるならせめて先に体を拭いてくれ。
こっちはもうあとは服を着るだけなんだ。
「おねえ、ホントに反省してんのかな……」
ずりずりとゾンビのように俺のほうに這ってくるセレニアを半眼で見つめながら、アス子がぼやく。おねえ……?
「え? だって、おにいの妹なら、アタシにとってはおねえになるんじゃないのか?」
そうなの? アス子のほうが年下なの?
「知らねーけど。でも、セレニアのほうが先にいたからさ」
あ、先着順ってこと……?
「それじゃ、わたしはママかなァ?」
何が『それじゃ』なのかさっぱり分からないが、ジャグジーの中で何故かデス子は偉そうにふんぞり返っていた。
「マジか!? アタシ、母ちゃんいなかったから嬉しいよ 母ちゃーん!」
「んぬァっ!? 母ちゃんじゃなくてママって呼んでよォ!」
ザブーン! ——と、アス子がデス子に飛びついている。
なんか知らんが勝手に家族の輪が形成されてしまったようだ。
まあ、もう好きにやってください。
『ママァ!』
『ほのぼの家族』
『こんな倒錯した家族があるか?』
『エロ漫画とかではありがちじゃね?』
『たし蟹』
『なにも問題はないな』
視聴者からも概ね歓迎されているようだ。
「お兄さま……わたしたちも今一度家族の絆を確かめ合いませんか……?」
気づいたらセレニアが俺の脚に縋りついていた。
マジでちゃんと反省してます……?
とりあえず、ジャグジーに入らないならタオルを貸してあげるから体を拭きなさい。
「ん、これは……も、もしやお兄さまが体を拭いたタオル!? お兄さまの匂いがいたします!」
なんかものすごい勢いでタオルの匂いを嗅がれている……。
『おいどうするんだコレ』
『ほのぼの家族?』
『お姫ちゃんのファン大丈夫か?』
『なにも問題ないが』
『むしろこれでこそ俺たちのセレちゃん』
『女帝の名に相応しい』
『おいファンも調教完了されてるじゃねえか』
倒錯してんなぁ……。
※
「水鏡の剣について……ですか?」
昼食にポトフの残りを食べるセレニアが、目を丸くしながら俺の顔を見つめ返してくる。
あのあと、残念ながら無事にはすまなかった俺は、けっきょくジャグジーで冒涜的な行いをさせられた上でようやく拠点まで戻ってくることができた。
とりあえず、のぼせずに済んでよかった。ゾンビがのぼせるかどうかはさておいて……。
『別に冒涜的ではない』
『むしろ正しい使いかたと言える』
『初期からのファンの望みをようやく叶えたな』
『待っていたぜ、この時をよ』
『俺もれも』
そういえば配信はじめたばっかりのころにジャグジーでなんたらと言っている視聴者もいたな。
巡りめぐってついに実現する時が来てしまったわけか。
感慨深いものがある——のかなぁ……?
「そういえば、お姫ちゃん、何か知ってるみたいなことを言ってたよねェ」
いつものようにソファに寝そべってナビボードを弄りながらデス子が言う。
相変わらず下着姿だが、もうコイツの場合は裸でさえなければ良いとしよう。
「おにいが使ってた雷を出す剣のことか? なんで水鏡なんだ?」
セレニアの隣に座ってポトフの残りにがっつきながら、アス子が訊いてくる。
確かに。まあ、水の如き透明な刃を持つということかもしれないが、あんなことができるなら雷の剣とでも名づけたほうがその特徴を捉えられていると思うのだが。
「ええと……お兄さまの剣が本当に水鏡の剣だとして、実は本当の名は製作者しか知らないという話だったと思います。お兄さま、刀身の鍔許に何か彫られていませんでしたか?」
スプーンで丁寧にポトフのスープをすくいながら、セレニアが言う。
ふむ。どうだったかな……。
俺はテーブルを離れて衣装棚に立てかけていた長剣を手に取ると、刀身を鞘から少しだけ抜き出してみる。
——おお、確かに何か小さな文字のようなものが鍔許に記されておるな。なになに……?
風鎮むるは宵の闇
月映せしは水鏡
これは――詩吟、か?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます