第三三章 責任とれよ

 いくつか分かったことがある。

 性別を変換させる魔術はバフォメット属特有のもので、しかも童貞か処女でないとほとんどの場合は効果がないらしい。

 というのも、童貞や処女はまだ魂における性別の概念が曖昧で、魔術的な干渉によってその状態に手を加えやすいからなのだという。

 そして、それは実はバフォメット属も同様で、バフォメット属も性交の経験がない時点では両性具有の状態だが、男女どちらかの形で性交を行った時点で魂における性別の概念が固まってしまい、どちらかの性で固定されてしまうのだという。


 ちなみにアスティロッサに関しては、最初はおちんちんがあったが、今はもうなくなってしまったということだけ伝えておこうと思う。


「なぁ、頼むよぉ! もう一回! もう一回だけでいいからさぁ!」


 いつぞやの誰かのように腰に齧りついているアスティロッサを引きずりながら、俺は戦闘を行っていた部屋のさらに奥を目指していた。

 アスティロッサの話ではその先がコアルームになっているらしい。

 思った以上にシンプルな構成でこちらとしては一安心だ。

 彼女も自分の実力に自信を持っているタイプで、まさか正面からやりあって負けることになるとは夢にも思っていなかったらしい。


 ちなみに本来の自分のダンジョンはここではない別の場所にあるとのことだ。

 だから、仮にこのダンジョンがどうなろうとかまわないし、本来であれば本気で逃げようと思った時点でいつでも逃げられたのだという。


「あそこでさっさと逃げ帰ってりゃ良かったのかな……でも、そしたらエッチなことされることもなかったわけだろ? じゃあ、やっぱり逃げなくてよかったかな……」


 アスティロッサがそう言いながら俺の背中に顔を擦りつけている。ううむ……。


『デス子と変態勇者によって磨かれたテクが冴え渡ったな』

『上の剣で魔物を斃し下の剣で女を堕とすゾンビ』

『ふたなりプレイが一回きりなのがマジで残念でならねえ』

『今までにない興奮だったな』

『初体験をひたすら生配信し続けるチャンネル』

『そういや三人目か』

『地味にやばいチャンネルだな』


《わたし、やっぱちょっとNTR好きなんかなァ……めっちゃ興奮しちゃった》

《興奮するのはいいけど、わたしを捌け口にするのはやめてくれない?》

《最近はわたしのほうがやられっぱなしなんだから別にいいじゃん》

《まあ別にいいけど……》


 別にいいんだ……。


「なぁ! キスだけでいいから、もう一回! もう一回だけしてよぉ!」


 懇願するようにアスティロッサが訴えてくる。

 ダメダメ。一回だけって言って一回だけで済んだ試しがないんだから。


「えぇ!? アタシ、こういうお願いしたの今回がはじめてだろ!?」


 いや、俺の周りがね……というか、一人称変わってる!?


「だって、もう女になっちゃったんだもん! オマエのせいだぞ!? アタシはいちおう男のつもりで生きてきたってのに、ちゃんと責任取れよな!」


 お、俺のせいじゃないんだ。全部あのポンコツ死神のせいで……。


《いやでも、アス子ちゃんが性の悦びに目覚めたのはダーリンのテクのせいだし……》

《これ、ひょっとしてこの子も仲間に加わる流れなんじゃ……》

《わォ、それはそれで楽しくなりそうだから、わたしはかまわないけどねェ》

《嫌な予感しかしないわ……》


 いやいや、さすがに仲間になったり……しないよな?


「いやだー! 責任取って一緒に連れてってくれよー! アタシを女にするだけして放っておくのか? ヤリ捨てするってことか? ちゃんと捕らえてた人間も開放するからさぁ!」


 む……すっかり忘れていたが、そういえば捕まっていた人間たちもいたな。


「オマエがアタシを捨てていくなら、あそこの人間たちもあのままにするからな! オマエはアタシも捨ててあの人間たちも見捨てるんだ! ひどいやつ! 外道!」


 ぐぬぬ、まさかこんなことになるとは……仕方ない、ひとまず連れて帰るか。


「ぃやったぁー! なぁ、それなら次はいつエッチしてくれるんだ? ここのコアぶっ壊したらか? なら、すぐにぶっ壊しに行こうよ!」


 アスティロッサがその場で飛び跳ねながら喜びを体現し、今度は俺の手をとって奥に続くコアルームのほうへと引っ張っていこうとする。

 よくよく見るとその顔も最初に見たころと比べて明らかに女性らしくなっており、わずかばかりだった胸の膨らみに関しても今は明らかにそれと分かるほど大きくなっている。

 すげえ、思った以上にしっかり女になってるじゃん……。


「あ、あっ! 今! 今、ちょっとエッチな気分になっただろ!? なったよな!?」


 くっ、しまった。俺の意思にかかわらず体は反応してしまうのだ。

 とりあえず、まずは服を着させてやりたいところだな……。


《まあ、エッチはいいけど、ひとまずやることやってこっちに戻っておいでよォ》


「うわっ!? 誰だ!?」


 ――と、急にデス子の声にアスティロッサが反応する。

 これ、ひょっとして、デス子の声が聞こえるようになったってことか?


《おォ、なんかパーティに入っちゃったみたいだねェ。それっぽいやりとりした?》


 うーむ……『一緒に連れて行け』からの『仕方ないな』のやり取りでパーティ加入条件を満たしたのかもしれないな。

 しかし、これはちょっと面倒なことになってきたのではなかろうか。


『俺たちにとっては望むべき展開』

『ティッシュ買い足しとくわ』

『今度はボーイッシュ系が追加かー』

『セレちゃんとの化学反応に期待が高まるな』

『俺たちの推しにさらなる成長を与えうる存在になってくれることを期待』

『あれ以上成長させてええんか?』

『いっこうにかまわん』

『ゾンビそのうちマジで消滅するぞ』


 コイツらは相変わらずお気楽な連中だな。

 まあ、それでこそうちの視聴者か。


 ともあれ、こうしてアスティロッサをパーティに加えることになった俺は、その結果としてダンジョンコアを破壊することはできなくなってしまったのだが、ダンジョンの制圧という意味で無事に目的を完了させるのであった。


     ※


「せ、セレニアっ……ダメ、ダメだって……もうこれ以上、んっ……あぁ!」

「もっともっとって……はぁっ……言ってたのは……んんっ……貴方でしょ……っ!」


 ベッドの上から聞こえてくる嬌声は無視して、俺はナビボードで調べものをしていた。

 以前にセレニアが言った『水鏡の剣』という単語についてだ。

 ユーステネットで当該の語句について調べて見たが、残念ながら分かったことは、とある魔族の刀匠が鍛造したものであるということくらいだった。

 その刀匠がどのような人物であるのかはもちろん、水鏡の剣が最終的に誰の手にわたったのかもけっきょく分からずじまいである。

 ただ、とにかく扱いが難しい剣であったらしく、刀匠も使い手の選定に難儀しており、晩年は剣を造ることよりも水鏡の剣の担い手を探すことのほうに尽力していたのだという。


「もしその剣が本当に水鏡の剣だったとしたら、ダーリンはその刀匠にすら認められるほどの剣の使い手だったってことだよねェ」


 ソファでナビボードとにらめっこする俺の膝の上で勝手に寝転びながら、デス子が言う。

 なんだかポジションが逆のような気もするが……。


「ダーリンが膝枕してほしいって言うなら、わたしはいつでもウェルカムだけどねェ!」


 いや、別にそれはいいですけど……。

 

 水鏡の剣について、当初は拠点に戻ってからセレニアに詳しく聞こうと思っていた。

 しかし、けっきょく帰ってくるなりすぐに乱痴気騒ぎがはじまってしまい、俺とデス子は早々に戦線を離脱したのだが、セレニアとアス子は今なお白熱中である。

 二人の相性は思っていたほど悪くなかったようで、変なところで負けず嫌いな二人の性格がうまく噛み合ったのか、ベッドの上でも気づけば二人だけの世界ができていた。


『やはりセレ姫はまだまだ高みを目指せる逸材』

『もはや姫という表現すら生ぬるい』

『女帝、か……』

『俺、お姫ちゃんのファンもちょっと怖いんだけど』

『まあ少し分かる』

『でも勇者ちゃんとアス子の絡みは良かった』

『まだ続いてるよ』

『マジで?』

『アス子はちょっとケモ要素あるのもいいよね』

『足いいよね』

『あの山羊っぽい足でモフモフしてほしい』

『翼でサワサワしてほしい』

『分かりみ』


 どうやら視聴者にまた新たな性癖が生まれてるみたいだな……。

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