第二九章 はじめてのお出かけ
二匹の悪魔が満足するまでたっぷり搾り取られたあと、俺はダンジョンコアを設置するための部屋づくりをはじめた。
場所について、最初は拠点の奥にしようかとも思ったのだが、そうすると攻め入られた際に拠点が荒らされてしまう可能性が出てくる。
なんとなくダンジョンコアを襲撃されることよりも拠点や農地を荒らされることのほうが嫌だったので、俺はコアルームを拠点と応接室の中間あたりに作ることにした。
また、今後の防衛面のことも考えて、何も考えずに掘っていた最初期の通路をいったんすべて魔トックの機能で埋め立てた。
そして、新たに入口から応接室までの間を長いうねり道のような通路で繋いでいく。
とにかく長い長い通路にして、侵入者がコアルームにたどり着くまでの時間を稼ぐのだ。
もともと防衛に魔物や罠を使うつもりはないので、道筋は一本道で問題ない。
そもそもセレニアのナビボードは勇者用でパーティメンバー以外の所在地を示す機能がないため、下手に迷路状にしてしまうと侵入者を見つけるのに時間がかかってしまう。
コアルームは少し広めの空間にしておいた。
今後、侵入者が集団でやってきた場合など、通路で殲滅しきれずにこの部屋で戦闘をすることになることだってあるかもしれないからだ。
そうなったとき、部屋が狭すぎるよりは広いほうが単純に戦いやすい。
また、コアルームを封じる扉とダンジョンコア用の防護壁にはコスト度外視で最も頑丈なものを選んでおいた。
今まで溜めていたDPのほとんどが消し飛ぶくらいの莫大なコストだったが、これで少しでもダンジョンコアの安全性が担保されるなら安いものだろう。
『いっけん堅実そうには見えるが』
『お姫ちゃんの能力に完全に依存した防衛策やん』
『つーか扉たっかいのな』
『まあ安かったら安かったで扉無双できちゃうから仕方ないね』
『実際、どれくらい堅いか知ってるやついる?』
『ノ 物理でぶっ壊すならたぶん大槌か何かないと無理やな』
『物理でって、そもそも人間は魔術使えんっしょ』
『魔術デバイス持ってれば使えるよ』
『え、なにそれ? 今そんなんあるの?』
『しらんの?』
『いや、人間の事情あんま知らんからさ』
『まあ、持ってたとしても軍人くらいだけど、勇者の中にはけっこう持ってる人もいるよ』
『そーなんや。人間もやるじゃん』
ほう。人間は魔術を使えないのか。
となると、もともと魔術の修行の末に幽鬼属となったデス子は、そうなる前もなんらかの魔族だったということだろうか。
「わたしはもともと魔女属だねェ。実際、そこまで人間と変わるもんでもないよ。寿命はだいぶ違うけど」
一緒にコアルームのセッティング作業を行っていたデス子が言う。
部屋の外観などは俺が魔トックで整えているが、ダンジョンコアをはじめ、警報機や監視デバイスといった防衛および監視用の設備の設置などはデス子に任せていた。
俺たちダンジョンマスターはダンジョンに侵入者が入ってきた時点でアラートが出るため否が応でも気づかされるが、セレニアはそのかぎりではない。
もともと警報機は眷属化していない魔物を呼び寄せるためのトラップだが、通路の折々にしかけておけばセレニアが防衛の際に侵入者の位置を特定しやすくなるはずだ。
監視デバイスも同様で、これは別途獲得できるモニタデバイスと接続することで配信映像のように監視デバイスの映像を確認することができる。
警報機とセットで設置すれば、たとえば寝ていたりシャワーを浴びていたりしたときに急に侵入があったとしてもすぐに侵入者の所在地を特定できるはずだ。
「まァ、通路のほうは追々でいいかもね。当面はわたしも一緒に防衛に回るよォ」
「そうしてもらえると助かるわ。慣れないうちは、どうしても侵入者に気づくのが遅れてしまうだろうし。その、騎士さまを一人で遠征に向かわせるのは心苦しいのですが……」
作業を眺めていたセレニアがため息まじりに言う。
まあ、その点についてはむしろ一人のほうが気が楽な部分もあるので、そこまで気に病む必要はないですよ。
「とはいえ、ダーリンも魔術を使う相手とはまだろくに交戦してないからねェ。そこだけはちょっと不安は残るかなァ……」
コアルームの入口に監視デバイスを設置しながら、少しだけデス子が表情を曇らせる。
確かに、これまで相対した敵で魔術っぽい技を使う敵といえば、岩塊を投げつけてきたヘカトンケイルとかいう魔物くらいだろうか。
あとは、ちょいちょいデス子に肉体操作の魔術をくらわされている気もするな。
「あ、そういえば、ダーリンって肉体操作はそれなりに効くのに精神操作はちっとも効かないんだよねェ。たぶん、わたしの使徒だからってのも大きいんだろうけど」
む? どういうことだ?
「や、眷属化ってそもそもが最上位の精神操作だからねェ。失敗しちゃったせいでぜんぜん言うこと聞いてもらえないけど、ダーリン、いちおう概念的にはわたしの眷属になっているわけだから、他の精神操作で上書きできないってことなんじゃないかなァ?」
ふーむ? それなら、肉体操作だって同じじゃないのか?
「あ、そうかも。だとしたら、肉体操作が効くのは魔術的な云々ではなくて、概念としては使徒への命令に近いのかもしれないねェ。ダーリン、普段はわたしが命令しても聞いてくんないじゃん? でも、魔術で強制力を高めることで通用するようになる……みたいな?」
ちゃんと正当性がある指示なら聞きますよ。
「じゃあ、今すぐエッチしてよ!」
いや、その指示になんの正当性があるんだ……?
『正当性はある』
『エッチはすべてを救う』
『ゾンビが枯れてるだけだから』
『俺たちはいつでもエッチを待ってるぞ』
『ごめん、俺は今はいいや』
『おい、ここに賢者がいるぞ』
おまえらは黙ってろ。
「ひょっとして、わたしがこんなにエッチになってしまったのも、ディスターニアの精神操作のせいなんじゃないかしら……」
――と、急に青ざめた顔をしてセレニアが慄きはじめる。
そう言えば、初期には確かにデス子の精神操作を受けていたこともあったな。
「いや、それはどう考えてもお姫ちゃん自身の素養だから……」
一方、デス子は半眼になりつつ至極冷静にそう答えた。
セレニアには誠に申し訳ないが、俺もその意見に同意させてもらいます……。
※
かくして、コアルームのセッティングも無事に終わり、いよいよ俺がダロスのダンジョンだったであろう地へと出立するときがきた。
「キャメラマンはそっちについてってくれるみたいでよかったよォ。これで侵入者がこないかぎり、ダーリンの様子はこっちでも確認できるからねェ」
そうか。俺のほうに発光体がついてくるのあれば、ナビボードの配信画面からいつでも俺の様子を確認することができるものな。
「こちらの様子を確認したいときは、わたしの配信動画を見ていただければいいのではないかと思います。パーティメンバーであればチャット機能も使えますしね」
チャット機能? また新しい単語が出てきたぞ……?
『騎士くん、たまには事前に調べておこうとか思わないのかな』
『こいつは農作と料理と模様替えのこと以外は調べないぞ』
『家政婦か何かかな?』
『最強の家政婦』
『肉入りバイブの代わりにもなります』
『便利そうではある』
『正直、ちょっと欲しい』
『ここにホモがいます』
『わたし女だけど』
『マジで? 今度どっか食事に行く?』
『ホモ以外は帰ってくれないか!』
とりあえず、チャット機能について誰か教えてくれ。
「こういったコメントのように、パーティメンバー同士で音声を伝えられる機能です。念話とでも言えばイメージしやすいでしょうか」
「これまではずっと一緒にいたから使う機会がなかったけどねェ」
けっきょくセレニアが教えてくれた。
なるほど、遠隔会話か。
ときにはダンジョン内を手分けして探索することもあるだろうし、そういった際でも連絡を取りやすくするための手段ということかな。
いろいろと痒いところにも手がとどくようになっているんだなぁ……。
「たとえ離れていても、わたしを感じていてくださいね!」
「わたしたちは、ちんちん人参でダーリンを感じることにするかねェ……」
思い思いの言葉に見送られ、俺はついにダンジョンの外へと足を踏み出すことになった。
記憶を失ってから、初めて外の世界である。
このまま外の世界でずっとのんびりしてたら、やっぱり怒られちゃうのかなぁ……。
《早く帰ってきてくださいね!》
《あまり遅かったら迎えにいくからねェ!》
うお!? これがチャット機能か!?
くっ、どうやら俺に安息の地はないようだな……。
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