第二七章 侵攻作戦

「見てよコレ! おちんちんに見えない?」

「あら、本当ね。でも、これなら騎士さまのほうが立派かしら」


 無事に完成したポトフをみんなでいただきながら、久々にほのぼのチャンネルらしい光景が繰り広げられていることに俺は少し感動を覚えていた。

 ポトフの味も想定どおり美味しくできたし、これほど充実した時間はいつぶりだろう。


『ほのぼのか?』

『まあ殺伐とはしてないが』

『ミノタウロス属の肉入りポトフを食いながらちんちん型の人参について品評してるこの構図がほのぼのですか』

『やっぱちょっとこのゾンビ狂ってんな』

『脳みそが腐りはじめてんだろうな』


 失礼なやつらだな。俺の体は腐らないってデス子が言ってたぞ。


「まァでも、久々にまともな料理を食べたせいか、本当にめっちゃおいしく感じるねェ」

「騎士さまの愛を感じます。これまでさまざまな料理をいただきましたが、どの料理よりも美味しい……ひょっとしたら、妊娠してしまうかもしれません」


 に、妊娠ですか……?


『どういうことなの』

『おい解釈班急げ』

『ここまで行き着いていたのか……?』

『むしろ推せる』


 コメント欄がザワついていた。

 まあ、うっかり想像妊娠してしまうくらい愛情の感じられる味だったということかな。

 本当なら玉ねぎやセロリなども加えて本格的なポトフにしたかったのだが、いつか材料がそろったらまたリベンジしよう。


 ちなみに塩や胡椒といった調味料は、DPメニューにある炊事場の外観オプションで追加したものを使用している。

 鍋やフライパンなどの調理器具も同様で、とくに炊事場の外観オプションは田畑や水場の比較してもかなり豊富なラインナップが用意されているようだった。

 今後もさまざまな調理が楽しめそうで、今からワクワクがとまらない。


「このまま本当にダンジョンの中でのんびり過ごすのも悪くないかもしれませんね」


 セレニアがポトフの具を口に運びながら言う。

 しかし、それを聞いたデス子の表情は少し暗かった。


「そうしたいところは山々だけど、たぶんダンマス連合が黙っちゃいないかなァ」


 おや、そうなのか?


「ほら、この前、わたしとお姫ちゃんでダンマスの刺客を瞬殺しちゃった件がニュースになってちょっとバズっちゃったでしょ?」

「そんなこともあったわね……」


 セレニアが苦笑いしている。

 ただの瞬殺ならまだ良かったのだろうが、あのとき二人ともスッポンポンだったからな。

 デス子はもう慣れているかもしれないが、セレニアはまだ思うところもあるだろう。


「そのせいで、今度はダンマス連合のほうがちょっと炎上してるんだよね。あんなヤバいダンジョンの攻略に協力を募るだけ募って自分たちは行かないのかって」


 なるほど。デス子とセレニアが撃退したのは外部協力者だったのか。

 となると、協力を募っておきながら『ダンマス連合』の本隊はまだ一度も襲撃らしい襲撃をしてきていないということになる。

 であれば、確かに虫のいい話ではあるか。


「だからね、そろそろ本隊のほうが動いてくるんじゃないかなァって思うわけなのよ」

「まあ、考えてみれば彼らはずっとわたしたちに面目を潰され続けているわけだものね」


 確かに。『ダンマス連合』が俺たちにしたように武力で威圧しながら勢力を拡大していたのだとしたら、その活動にも影響が出てくることだろう。

 となれば、なんとしてでも俺たちに一矢報いようと行動を起こしてくるのも時間の問題ではあるか。


「そゆこと。でね、ものは相談なんだけどォ……」


 デス子がスプーンを加えながらニヤッと口の端を歪め、ピーンと人差し指を立てた。


「一度、こっちから攻勢に出てみるってのはどうかなァ?」


     ※


 デス子がナビボードに表示させてたのは、このダンジョンの周辺地域の地図だった。


「ダーリンのために説明してあげると、この地図全体が中原って呼ばれるエリアで、その中にこのドルーア地区みたいな区画がいっぱいあるわけよ」


 地図の右隅のあたりを指さしながら、デス子が言う。


 俺が想像していたよりも『中原』というのはずっと広いエリアであるようだ。

 魔族の治める地域と人族の治める地域をそれぞれ1とした場合、おおよそ1.5くらいの規模があるだろうか。

 聞けば、この地はおよそ二〇〇年前にあった戦争において魔族と人族の双方による大規模な破壊活動が行われた結果、ほぼその全域が荒野と化してしまったらしい。

 そのため、戦争終結後から今にいたるまで大して緑が蘇ることもなく、人魔両陣営とも領有権を放棄して緩衝地帯となってしまったようだ。


 それでもこの二〇〇年の間にただただ放置されていたわけではなく、例えば各陣営の領土間には交通を円滑にするための大道路が血管のように張り巡らされているし、種族や国家にとらわれない自治都市のようなものなども点在しているらしい。

 これは人魔の間に友好関係が築かれていたときの名残で、今でも『中原』内にある人族や魔族の集落を往来する行商人にとって重要な要所となっているとのことだ。


 そして、俺達にとって何よりも重要なのは、今回の神魔大戦の舞台がまさにこの『中原』と呼ばれる地域だということである。

 このエリアの中においてのみ俺たちダンジョンマスターと勇者はその特異な力を発揮することができ、そして、勝敗のためのポイント合戦に繋がっていく――ということだった。


「……で、この辺にわたしたちが美味しくいただいているミノちゃんがマスターをしていたダンジョンがあるっぽいんだよねェ」


 デス子が地図上のドルーア地区の中でもちょうど真ん中あたりを指差しながら言う。

 そうか。俺は知らなかったが、あのミノタウロス属のダロスとか言う男もダンジョンマスターだったのか。

 用心棒か何かだと思っていたが、考えてみればわざわざ金のかかる用心棒を雇うよりも腕の立つ仲間のダンジョンマスターを同行させるほうが自然ではあるか。


「そういえば、マスターが死んだダンジョンはどうなるの? この場合でも、わたしが攻略した扱いになるのかしら」


 ミノタウロス属の肉を口に運びながら、セレニアが首を傾げる。

 自分でシメた肉のお味はいかがかな?


「うっ……騎士さま、そういう言いかたはよくないですよ」


『わざと言ってんのか天然なのか判断がつかねえ』

『マジもんのサイコ野郎だな』

『お似合いだよ』

『変態姫とサイコゾンビか』


 そ、そんなに変なこと言ったか……?


「まあ、美味しいですけど……その、お世辞抜きで」


 おお、それは良かった!


「……くっ、そんな風に純粋に喜ばれては……子宮が疼いてしまいます……っ!」


『このお姫さんもマジもんだな』

『子宮ってそんなすぐに出てくるワードだっけ?』

『お似合いだよ』

『デス子ちゃんがんばれ』


「うォい!? 勝手にラブラブしないでくれたまえよ!?」

「ご、ごめんなさい。続けてもらっていい?」


 目ン玉をひん剥いて怒鳴るデス子に、セレニアが慌ててとりなしている。

 俺は料理の感想を聞いただけなんだがなぁ……。


「ゥおほん! ダンジョンマスターが死んでも、コアが残っているかぎりはダンジョンはそのまま残り続けるよ! そのあとについては、コアを誰が壊したかによって変わってくるねェ」

「なるほど……つまり、勇者が壊せばダンジョンが攻略された扱いになるし、ダンジョンマスターが壊せばそのダンジョンを乗っ取れるってことよね?」

「イグザクトリィ! もちろん、この前のミノちゃんのダンジョンはもうダンマス連合の誰かのものにはなっているとは思うけどねェ」


 それは確かにそうか。

 ヴォルグは無事に逃げおおせたわけだし、もし『ダンマス連合』のメンバーの中に俺たちの配信をチェックしている者がいたとすれば、あの戦闘の最中でもダロスの死には気づいたはずだ。

 となれば、勇者にむざむざダンジョンを攻略されるよりは身内で有効活用しようと考えたとておかしくはない。


「でも、考えてもみたまえよ。わたしたちは最初から二人だからまだマシだけど、普通はダンジョンが二箇所あったらどっちかの防衛が手薄になると思わないかね?」

「……確かに。ダンジョンマスターが直接戦闘をする必要はないとは言え、状況を見て魔物の召喚とかをする必要はあるわけだものね」

「そうなのさァ! そして、おそらく普通は自分のものじゃないダンジョンをわざわざ本腰入れて防衛したりはしないはず!」


 つまり、狙い目ということか。

 しかし、仮にダロスのダンジョンを奪ったとして、俺たちに何かメリットはあるのだろうか。


「実はいっぱいあるよォ!」


 おお、そうなのか?


「まずは立地だね! 見てのとおり、ミノちゃんのダンジョンはドルーア地区のほぼ中心にあるから、この地区の中なら何処でもアクセスしやすくなるよ!」

「逆に何処からも狙われやすいってことでもありそうだけど……あ、つまり、前線基地にしようってこと?」

「イェース! 知ってのとおりダンジョンコアにはポータル機能があるから、ミノちゃんダンジョンとここの両方にコアをおけば自由に行き来できるようにもなるしねェ!」

「なるほど……ということは、そのダンジョンに敵勢を誘い出して撃退しつつ、隙を見て攻め上がることも可能ってわけね」

「そういうことだねェ!」

「ちなにそのポータル機能って、勇者のわたしも使えるの?」

「たぶん無理じゃないかなァ?」

「うっ……じゃあ、わたしは基本的にお留守番なのね……」


 まあ、それは別にかまわんのではないか?

 セレニアがここにいてくれれば、俺も安心して他のダンジョンに攻めていけるし。


「そ、そんな、勇者であるわたしをそこまで信用していただけるなんて……わ、わたしが急に裏切ってダンジョンコアを破壊する危険性は考えないんですか?」


 えっ!? そんなことするの!?


「し、しません! 絶対に! たとえ何があろうと、命に換えてもこのダンジョンはわたしがお護りいたします!」


 良かった。セレニアならそう言ってくれると思っていたぜ。

 でも、命のほうが大事だから、万が一のときは自分を優先するんだぞ。


「くっ……いくらなんでも愛おしすぎる……」


 セレニアが顔を真っ赤にしながらガツガツとポトフに喰らいつきはじめた。

 照れてるのかな。可愛いやつめ。


「ラブラブすんなって言ってんだろうがよォ!」


 ぐおっ、いよいよデス子が俺の首を絞めてきた。

 ——って、本気で首を絞めるな! 死ぬから! いや、もう死んでるのか!


『ラブコメはじまた』

『てぇてぇ』

『最高かよ。これからもよろしく頼むぜ:500DP』


 うぐぐぐ……まあ、お小遣いもらえたから良しとするか……。

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