第二五章 萌えに飢える

 農地エリアの畑に植えた野菜たちは、今やすっかり実りの時期を迎えていた。

 いろいろあって予定よりも収穫の時期が遅れてしまったので、一部の成長の早い作物に関しては逆に枯れたりしないか少し心配していたが、幸いにもDPメニューで獲得できる畑に関してはそういったことが起こらない親切設計になっているらしい。


「お姫ちゃん、口では怒ってるふりしてたけど、本音ではダーリンにウンチやおしっこまで利用されてることに興奮しちゃったんだとおもうんだよねェ」


 パンツにブラジャーのみといういつもの下着オンリースタイルで一緒に畑の作物を収穫していたデス子が、唐突にそんなことを言った。

 最近ではローブを着ていることのほうがむしろ珍しくなってきている。

 というか、デス子の言い分を認めてしまうとセレニアがとんでもない変態だということになってしまうのだが、さすがにそれは彼女に対して失礼ではなかろうか……。


「いや、人間のくせに三日三晩ろくに寝もせずエッチに明け暮れるお姫ちゃんがとんでもない変態以外のなんだって言うんだい!?」


 目ン玉をひん剥きながら突っ込まれてしまった。

 デス子って実はわりと突っ込みもいけるんだよな……。


『奇遇だな。俺も最近ゾンビくんのほうが実はポンコツなことに気づいたぜ』

『誰か剣を持たせて上げて』

『剣持ってないと畑いじるかムスコいじられてるかだもんな』

『まあお似合いだよ』

『ポンコツとポンコツの間に変態をひとつまみ』

『ひとつまみにしてはちょっとデカいなー』

『セレ姫に関してはまた新たな解釈が必要であるとは思っているよ』

『俺たちの推しは常に変化し続けてるからな』

『まだまだ成長中よ』

『おまえらも大概極まってんな』


 セレニアは三日三晩の『お仕置き』でさすがに精根尽き果てたのか、少し前からベッドで死んだように眠りについている。

 そのためか、今はセレニアの視聴者もこちらのコメント欄に集まっているようだ。

 最近では双方の視聴者にサイコパスだとか狂人だとか言われている俺だが、やはりゾンビになってしまったことで人間とか感覚が変わってきているのだろうか。


『むしろ魔族から見てもヤベエよ。普通はミノタウロス食おうとは思わん』

『人族の間でも魔物食は邪道とされてるよ』

『まあ、ミノタウロスの肉は牛肉っぽいのかなとは思うけど』

『やっぱ人型は拒否感あるよね』

『解体シーンはさすがにちょっとブラウザ閉じたわ』

『まあデス子やお姫ちゃんがイヤイヤ手伝わされてるところはそれなりに良かったぞ』

『ああいうのもちょっと興奮するよな』

『先生、ここにも変態がいます』

 

「さすがにダーリンのためとはいえ、アレはちょっとキツかったよ……」


 畑から育った人参を引っこ抜きつつ、デス子が口許をおさえて顔を青ざめさせている。

 まあ、そのうち慣れるって。


「そのうち!? またやらせる気なの!?」


『マジでサイコ』

『普通、そこは「ゴメンね」って謝るところだからな?』

『ゾンビを癒やしとか言ってたやつ出てこいよ』

『こうしてる間にも鍋でミノタウロスの骨煮込んでるからな』


 実はそのとおりで、こうやって収穫作業をしている傍ら、拠点の釜戸ではじっくりコトコトとミノタウロス属の骨付きスネ肉を煮込んでスープを作っているところである。

 今日はそのスープと収穫した野菜を使ってポトフを作る予定なのだ。

 今回収穫できた野菜はキャベツ、人参、カブ、馬鈴薯の四種類で、先に入手したミノタウロス属の肉と合わせて作れそうな料理だと最も相性が良さそうなのがポトフだった。

 本当は玉ねぎがあればなお良かったのだが、野菜の種セットは中身を指定することができないので、こればっかりは運が悪かったと思って諦めるしかない。


 セレニアのGショップで野菜を単品購入できないかも調べてみたのだが、そもそも勇者の場合は街などに戻って買い出しを行なうこともできるため、Gショップには各種装備品以外だと攻略に必要とされる消耗品くらいしかラインナップされていないらしい。

 さすがにカロリースティックのような食料品くらいは販売されているようだったが、他に目立ったものと言えば煙草やお酒といった嗜好品がいくつかあったくらいだろうか。

 あいにくと俺たちの中にそういったものを嗜む者はいないようだったが。


「まァでも、ダーリンが作る手料理が食べられるなら、ミノタウロスの肉でもなんでも食べるけどさァ……」


 畑から引き抜いた人参を見つめ、唇を尖らせながらデス子が言う。

 またそうやって不意打ちみたいに可愛いことを言ってさ……。


「……あっ! 見てよダーリン! この人参、逆から見たらおちんちんみたいな形してるよォ!」


『せっかくの萌えパートを自ら台無しにしていくスタイル』

『少年のような目をしやがって……』

『ゾンビくんのとどっちが立派やろうな』

『つーてゾンビのアレ馬並やからな』

『デカいよな。そりゃお姫ちゃんも夢中になるって』

『上にも下にも名剣を持つ男』


「うーん……先まで太いダーリンの勝ち!」


 おまえらマジで野菜の神様に怒られても知らんぞ。


     ※


 野菜の収穫を終えて魔トックで畑の整地をしたあと、俺たちは改めてDPショップで獲得した春野菜の種をその畑に蒔いていった。

 今回はさらに農地エリアを拡張して畑も増やしたので、次の収穫が楽しみだ。

 畑が増えた分、世話にかかる時間は増えてしまったので、今後は水撒きの効率化も考えていく必要があるかもしれないな。


 デス子と一緒に収穫した野菜を荷台に積んで拠点の部屋に戻ると、二人で木箱や樽の中に野菜を仕分け、それから必要な分だけ炊事場に持って行った。

 野菜を洗うのはデス子に任せて、俺はスープに浮いてきた灰汁取りをはじめる。


「料理するなんて何十年ぶりかなァ」


 洗い場で野菜の土汚れを落としながら、デス子が言う。

 そういえばデス子はもともと実体のない死神だったわけだが、料理をしたことがあるということは、生まれたときからそうだったわけではないということだろうか。


「そりゃそうだよ。そもそも死神ってのは称号みたいなもんで、別に種属じゃないしねェ」


 あ、そうなの?


「だって死神みたいなのがホイホイいたら怖いでしょ?」


 まあ、そうか? その辺の感覚は分からんが……。


「そもそも死神ってのはさァ、幽鬼属っていうアンデッドの一種属の中でも、さらに死霊術を極めた者だけが名乗ることを認められる特別な称号なのだよ!」


 ほう。じゃあ、デス子はけっこう凄い魔術師なのか?


「そーだぜェ? そもそもわたしは普通の幽鬼属と違って、魔女としての修行の末に肉体を捨てて幽鬼になったタイプだから、もともと魔術師としてもエリートなのだよ! さらにその中でも生え抜きのスーパーエリートとして死神になったってわけ! 敬いたまえよ?」


 ぬう、なんかややこしくなってきたな。

 まあ、一度死んだはずの俺がこうやって眷属として再誕させられているわけだから、とんでもない魔術が使われていることには違いない。

 というか、だとすると今のデス子はいったい何に該当するんだ?


「んー……ただの死霊使い? まあでも、この体は栄養を必要としないから、たぶん召喚された魔物と一緒で仮初の肉体なんじゃないかなァ」


 そういえば、この前倒したヘカトンケイルは倒したら死体を残さず消えてしまったな。


「そそ。それと同じで、わたしの体もDPショップで作られたものだから、実は破壊されても元の幽鬼に戻るだけって可能性はあるんだよねェ。怖いから試しはしないけど」


 なるほど。そもそも今のデス子の体も元はと言えば『デス子のマッサージ極』とかいうふざけたリワードの結果として得たものだものな。


「いやー、でも、そのおふざけのおかげでダーリンとの愛を知ったわけだからねェ……あのまま肉体を得なかったら、きっと何も知らずに空虚な余生を過ごしていたことだと思うよ」


 野菜を洗い終えたデス子が、意味ありげな流し目をくれながら身を寄せてくる。

 今からスープの鍋を濾すんで、近くにいると危ないですよ。


「……もォ! ここは優しく肩を抱き寄せてキスの一つでもするところだろうがよォ!」


『これにはさすがにデス子もご立腹』

『だからゾンビもポンコツって言われるんだよ』

『二度も萌えパートを潰してきやがって……』

『DP返せ!』

『最近エロばっかりだったからみんな萌えに飢えてんな』


 しまった。またポンコツ呼ばわりされてしまった。

 い、今からでも挽回できますか……!?


「……しゃーない! ちょっと長めのキッスで許す!」


 そう言って、デス子がこちらを見上げながら唇を突き出してきた。

 うえー……正直、これはだいぶ恥ずかしいな。今さらだが。

 とはいえ、このまま何もしないとまた怒られそうなので、俺は腹を括ってデス子の小さな唇にそっと口づけをした。

 その瞬間、ものすごい勢いでデス子の腕が俺の首の後ろに回ってきて、ちょっと長めとしか言ってなかったくせに、けっきょくかなり濃厚なキスをさせられてしまった。


「んんっ……はァ! なんかムラムラしてきちゃった! ねェ、料理なんて後回しにして一発ヤっちゃわない?」


 いや、もうそうなるとそれは萌えではなくただのエッチなんよ……。


『いいよ』

『いっこうに構わん』

『ポトフなんてどうでもええわ』

『はやくして役目でしょ』


 いや、ポトフは大事だから。そこは譲らねえぞ。

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