第二三章 ダンマスバトル

「……は?」


 その言葉は、はたしてヴォルグのものだったのかダロスのものだったのか——。

 首を失ったダロスの体は、そのまま噴水のように血を噴き出しながらゆっくりと仰向けに倒れて行った。

 牛頭なのだから、その死肉は牛肉っぽい味がしたりするんだろうか。

 もしそうならできるだけ早めに血抜きをしておいたほうがいいかもしれないな……。


「くっ、バカな……こんなはずでは……!」


 ヴォルグが慌てたようにナビメニューを開いて何か操作をはじめている。

 しかし、それよりも早く俺の目の前に勝手にナビメニューが出現し、戦闘モードを示すアラートが表示された。


「はい、ざんねーん! 逃げられませーん!」


 デス子がめちゃくちゃ悪い笑みを浮かべながらヴォルグに向かって舌を出している。

 なんだ? 何が起こっている?


「ダンジョンコアにはポータル機能があって、ダンジョンマスターはナビメニューからいつでも自分のダンジョンに転移することができるんだよねェ」


 マジか。ダンジョンコアにそんな便利機能があったとは。


『知らなかったのかよ』

『相変わらずゾンビは剣の腕以外はアホだな』

『脳みそ入ってる?』

『脳みそも死んでるんだろ』

『はい1コメー』

『いや遅すぎんだろ』


 うわー! なんかコメントも復活してるー!


「もう配信切っておく必要もないからねェ」

「なるほど。わたしのほうもつけておきますね」


 セレニアもナビメニューを操作し、それと同時にセレニアの背後にふわりと発光体が現れる。


「くっ……貴様ら……」


 ヴォルグは苦々しい顔をしながらジリジリと部屋の出口のほうに向かって後退っていた。

 先ほどのデス子の話によれば、ダンジョンコアを設置しているダンジョンマスターであれば瞬時に自分のダンジョンに戻れるという話だったと思うが……。


「戦闘モードじゃなければ……ね!」


 バッチーンとデス子が盛大にウィンクしてくる。

 なるほど。つまり、デス子はヴォルグを逃さないために敢えて戦闘モードに切り替えたということか。


『デス子優秀やん』

『ていうか、なんか一人死んでね?』

『同士討ちキタコレ?』

『人族にも魔族にも喧嘩売っていくスタイルか』

『それでこそデス子』

『やったれやったれ』


 意外とうちの視聴者は乗り気なようだ。


「やったのはわたしなんですけどね……」


 何故か手柄を横取りされたような顔つきでセレニアが唇を尖らせている。

 そういう可愛いところもあるのね。


「か、可愛いだなんて……今すぐ挙式をあげましょう!」


 い、いや、今はそういうタイミングじゃないから……。


『緊張感のねーヤツら』

『もう早く終わらせてエッチなことしてくれ』

『緊張するのはムスコだけでいいんだよ』


 おまえらもだいぶ緊張感ないけどな。


「ちっ……! ここでむざむざやられると思うなよ!」


 ヴォルグが呻くように言い、そのままナビボードを操作する。

 すると、彼の傍らに闇のオーラのようなものが立ち上り、その中から身を屈めた巨人のような影が現れた。

 立ち上がった巨人の体躯はゆうに3メートル近くはあるようで、頭がほとんど天井についてしまっている。

 さらにその頭も一つどころか二つも三つもについていて、腕に関しても肩と言わず背中と言わずムカデのように何本も生えていた。

 もはや見てくれだけでただの魔物でないことを十分に察せられるレベルの異様さだった。


「うわォ、これはヘカトンケイルだよォ!」


 デス子が興奮したように飛び跳ねている。

 なんだかよく分からんが、DPメニューから魔物を召喚したと考えるのが妥当だろうか。


「そうだろうねェ! これはなかなかの強敵だよ!」


 ——と、言いながらも、デス子は何故か期待のこもった目で俺を見ている。

 はいはい……やれば良いんでしょうよ。


 ヴォルグはこの場をヘカトンケイルとやらに任せることにしたのか、そのまま応接室の扉を蹴破って外に飛び出して行った。

 今から行って追いつくとも思えないし、まずは目の前の異形の巨人を成敗していくか。


 ヘカトンケイルは何やら魔術的な力で無数にある手の中に岩塊を召喚すると、それを次から次へとこちらに向けて投げつけてきた。

 雑な戦いかただが、こんな障害物もろくにない小部屋の中では実に効果的だ。

 そんなに広くもない部屋では躱すだけでも一苦労なので、もう俺は飛んできた岩をそのまま斬り捨てることにした。


 鞘を滑らせながら長剣を抜き放ち、そのまま眼前へと迫る岩塊を払い抜ける。

 魔術的な力で召喚されたこともあってか、幸いにも真っ二つになった岩塊はその場で砂粒のように飛散しながら消滅していき、積み上がって足場を悪くするといったことはなさそうだ。

 これなら大した障害になることもないだろう。


「いやいや! そんなにあっさり切り払えないからね!?」

「こんなの、正面から斬ったとあっては剣のほうが折れてしまいます!」


 デス子とセレニアは狭い部屋の中を必死に駆けずり回って避けているようだ。

 それはそれでコイツらも十分に凄いな。


『やっぱゾンビは剣を持つと無敵やな』

『なんであの剣、あんなにスパスパ切れるんだ?』

『深夜の通販で買ったんじゃね』

『あーそういう感じ?』

『でも穴は空いてないみたいだけど』

『最近のは穴空いてないぜ』


 人の剣を深夜通販の包丁扱いすんな。

 まだちゃんと調べてないけど、たぶん立派な業物だから。

 

 俺が飛んでくる岩を切り払ったり避けたりしながらヘカトンケイルの懐まで詰め寄ると、今度は無数にある腕のうちのいくつかが殴りかかってきた。

 身を捩って躱しながらその腕を長剣で斬り落とすと、俺はさらに低い姿勢をとってヘカトンケイルの脚を薙ぎ払う。

 ――と、片脚を切断されてバランスを大きく崩したことで、ヘカトンケイルの投石がとまった。

 そして、その隙を待っていましたとばかりに大鎌を構えたデス子と長剣を構えたセレニアがそれぞれに踊りかかってくる。

 二人の狙いはもちろんヘカトンケイルの頭部だ。

 身体中に顔がついているように見えるその異形だが、よく見ると三箇所だけ首から生えている頭がある。


「たまには良いとこ見せるぜェ!」

「二つ目の首級、いただくわよ!」


 デス子とセレニアがそれぞれの獲物で左右からヘカトンケイルの首を斬り落とす。

 俺も二人に遅れること数拍、残った首を薙いだ。

 一瞬にして三つの首を飛ばされたヘカトンケイルはその場に力なくくずおれ、煙のように黒いオーラを撒き散らしながらやがてその亡骸を霧散させていく。

 なるほど、ヒトの死体と違って魔物の死体は残らないのか。


「ヴォルグとかいうやつ、けっきょく逃げちゃったみたいだねェ」


 ナビボードでダンジョンの全体図を確認しながら、デス子が言った。

 気づけば戦闘モードも解除されているようで、もうダンジョン内に敵対する存在はいないらしい。

 まあ、このダンジョンは本当に単純な構造をしているから、自分の足でダンジョンの外に逃げるにしても大した時間はかからないだろう。


『相変わらず一瞬で終わった』

『ヘカトンケイルって超級の魔物だよな?』

『狼頭くんDPもったいなかったねー』

『やつは超級魔物の中でも最弱……』

『そうなん?』

『いや、知らんけど』


 相変わらずテキトーなコメント欄だぜ。

 まあいいや。牛頭野郎の肉が食えるのかどうか、持ち帰って調べてみよう。


『カニバリズムだー!』

『ミノタウロス属のやついたらしばらく離脱しておけ』

『これだから人間ってやつは……』

『エロだけじゃなくてグロもやるのかよ』


 うわ、なんかちょっとコメ欄が荒れてしまった。

 そうか。俺は感性がちょっと人間寄りだから気にならなかったが、視聴者の中にも牛頭と同じ種属の魔族がいるかもしれないものな……。

 ——あ、でもなんかチャンネル登録者数は増えてるわ。コレはコレで需要ありってことで。


『ゾンビちょっとサイコパス入っとるな』

『ゾンビくんだけはまだまともだと思ったのに』

『狂人のみで構成されたチャンネルです』


「わ、わたしはまだマシなほうではありませんか?」


 何故かここにきてセレニアが謎の自己弁護をはじめた。


『淫乱お姫さまはちょっと……』

『まあ好きですけど』

『戦闘中にいきなり求婚しはじめる人はマシではないんよ』

『でも、そんなセレちゃんも好きだぜ』


 良かったな。優しいファンばっかりでさ。

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