第二二章 ダンマス会合

「このたびはお時間を作っていただきありがとうございます」


 俺たちが応接室に入るなり恭しくそう言ってきたのは、狼の顔を持つ男だった。

 逞しい体つきを無理やりスーツの中に押し込んだような風体をしていて、ぱっと見だけでもなかなか迫力がある。

 傍らには牛の頭を持つ男も控えていて、こちらもやはり筋骨隆々な体躯の上にピッチピチのドレスシャツというなかなかに厳しい格好をしていた。

 いちおう先に声をかけてきた狼頭のほうがヴォルグ氏とやらだろうか。


「はい。ドルーア地区ダンマス連合の仲介役を務めています、ヴォルグと言います。改めてよろしくお願いします。こちらは補佐役のダロスです」

「ダロスだ」


 ヴォルグに促されて、牛頭が愛想のない態度で名乗った。

 丁寧な口調で話すヴォルグとは違い、こちらは少なくとも友好的な感じではなさそうだ。

 まあ、ヴォルグにしたってにこやかな面の裏で何を考えているかまでは分からない。


 ひとまず俺は二人にソファに座るよう促すと、自分たちもその対面に座った。


「さっそくですが、ドルーア地区ダンマス連合について軽くご案内をさせてください」


 ヴォルグがそう言いつつ、テーブルの上に資料のようなものを広げながら話しはじめる。

 いわく、ドルーア地区ダンマス連合というのはドルーア地区と呼ばれるこのあたり一帯において、ダンマスを支援しようという名目で組織された連合であるらしい。

 とくに俺たちのようなダンマスになったばかりの初心者にはあっさりと勇者に攻略されてしまうことも多いため、早めに連合への加入を勧めているとのことだ。

 ちなみにドルーア地区というのは『中原』と呼ばれる緩衝地帯――魔族のものでも人族のものでもない広大な地域のなかの一地区のことで、ダンジョン以外にも魔族や人族の暮らす集落などがポツポツとあったりするらしい。


 連合に加盟することでのメリットは主に二つ——。


 まず一つ目は、加盟済みの他のダンジョンマスターとパーティを組みやすくなることだ。

 例えば利害の一致する仲間が見つかった場合などは、共同でのダンジョン運営を行なえるようにブッキングしてくれたりもするようだ。

 俺自身も以前に考えたことだが、ダンジョンマスター同士でパーティを組んでダンジョンを運営すれば、DPをより効率よく運用していくことができるというメリットもある。


 そして、もう一つはダンジョンに勇者が侵入してきたときに救援を向かわせることができるという点だった。

 『ダンマス連合』には連絡役となる担当者がいて、そこにダイレクトメールを送ることで近くの加盟ダンジョンマスターに救難支援を要請してくれるらしい。

 コアさえ設置しておけば命を奪われることまではないとはいえ、コアを破壊されてダンジョンマスターとしての権限がなくなれば、それまでに稼いだ富も水の泡だ。

 まあ、俺にはそもそもDPがどう富に結びついていくのかいまいち仕組みが分かっていないのでどうでもいいが、多くのダンジョンマスターにとっては重要なことなのだろう。


「……以上を踏まえた上で、あなたたちにもぜひ我々ドルーア地区ダンマス連合にご加盟いただきたいのです」


 ひととおり話し終えたあと、にっこりと笑ってヴォルグが言った。

 思わずつられて笑い返してしまうような、実に見事な営業スマイルだった。


「どう思うね、お姫ちゃん」


 ——と、俺の左隣に座るデス子が、唐突にセレニアに話を振る。


「そうね……」


 俺を挟んで右隣に座るセレニアは、しばらくテーブルの上に広げられた資料を見てから、すっと目を細めた。


「この、上納金というのはなんでしょうか?」


 む……そんなこと書いてあったか?


「ここです」


 セレニアが示したのは、誓約書の中に記されている約款の一項目だった。

 確かに、一週間あたり1000DPの納入を義務づけるものとするという記述がある。

 俺たちの現状の稼ぎであれば決して払えない額ではないが、そもそもDPとは他者に譲渡できるものだったのか。


「支払いが滞った場合、ダンジョンの運営権を譲渡することを了承したものとする……ともありますね」


 おお、本当だ。なんか高利貸しっぽい感じだな。


「というか、コレって高利貸しだよねェ?」


 デス子がニヤニヤと膝の上で頬杖をつきながらヴォルグの

顔を見つめている。

 なるほど。デス子は最初から『ダンマス連合』がこういったいかがわしい組織であると当たりをつけていたのか。


 ——配信をとめておいてよかった。

 あやうくコメント欄で『やっぱゾンビはアホだな』『剣は使えても頭は使えねえ』『脳みそも死んでるから仕方ない』などと煽り散らされるところだったぜ。


「……ご賛同いただけないということでしょうか?」


 ヴォルグの目つきが変わる。

 口許は相変わらず穏やかな笑みを浮かべているように見えるが、その体からは剣呑な気配が立ち上りはじめている。


「ダロス」


 ヴォルグが片手を上げると、牛頭のダロスがおもむろに腕を振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろすとともに目の前のローテーブルを粉砕した。

 あーあー、わざわざちょっと高価なガラス製のローテーブルを用意したというのに……。


「言っておくが、俺たちはそもそも交渉に来たわけじゃねえ」


 ダロスはそう言いながらゆっくり立ち上がり、正面のセレニアを見下ろしながらぐるりと肩を回した。


「おまえらに与えられた選択肢は、連合に入って俺たちに上納金を納めるか、それともここで痛い目を見るかだ。そもそも、なんでここに人間の小娘がいる? さっきからぶっ殺してやりたくて仕方がねえ」

「奇遇ね。わたしも先ほどから剣を抜きたくて仕方がなかったところよ」


 何故かセレニアも異様に殺気立っていた。

 すっとその場に立ち上がり、腰に差した剣の柄に手をかけている。

 俺と初めて対峙していたときはあんなにもビビり散らしていたというのに、よほど気に触ることでもあったのだろうか。


「まあ、魔族と人族ってこうなりがちだよねェ。わたしは見た目が人族に近いせいか、あんまりピンと来ないんだけどさァ」


 なんだそれは。

 つまり、魔族と人族は目と目が合うだけで喧嘩をはじめちゃうくらい遺伝子レベルで憎しみあっているということか?


「そんな感じ? とくに戦争がはじまってからは顕著なんだよねェ」

「おい、呑気にペラペラとくっちゃべってるんじゃねえ」


 ダロスがローテーブルの残骸を蹴り飛ばしてきた。

 コラ! 怪我でもしたらどうするんだ!


「申し訳ありません。普段はここまで乱暴ではないのですが、人族のかたがおられるせいで少し興奮しているようです」


 ヴォルグが苦笑ぎみに言う。ただ、この男にダロスを静止するつもりはなさそうだ。


「騎士さま、この者を斬るよう命じてください」

「てめぇごとき小娘が俺の相手になるとでも思ってるのかよ」


 セレニアとダロスは一触即発といった様子である。

 デス子は未だにニヤニヤとしているだけだし、ヴォルグは今ひとつ何を考えてるか分からないし、どうしようかな。


「それでは、交渉決裂ということでよろしいでしょうか?」


 ヴォルグがやれやれと言った様子で肩をすくめる。

 俺が隣のデス子に顔を向けると、デス子はニヤついた顔のままで小さくサムズアップをしていた。

 まあ、ここまできたら答えなんて決まってるよな。

 わざわざご足労いただいたのに申し訳ないが、今回の話はなかったということで……。


「そうですか。それは残念です」


 ヴォルグの顔から表情が消え、彼はそのままふーっと長いため息を吐くと、ソファから立ち上がって言った。


「やりなさい、ダロス」

「待っていたぜ、その一言をよォ!」


 そして、ダロスがセレニアに向かって意気揚々とその剛腕を振り上げた瞬間——。

 彼の首は、宙を舞っていた。


 ああ、やっぱりセレニアくっそ強いわ。

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