第二一章 再解釈の必要性
「確かに、なんでもかんでも望みどおりになるとは思いませんが……」
椅子に座ってカロリースティックを齧りながら、セレニアが不機嫌そうに言った。
「愛に包まれて眠りに落ち、そして、穏やかに覚め、最初に目にした光景が……」
俺はチクチクと言葉を並べたてるセレニアに背を向けながら、いそいそと脱ぎ散らかした服を集めて着替えを行っていた。
一方のデス子はスッポンポンのままソファの背もたれに顎を乗せ、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらセレニアを見ている。
「どうして貴方たちのまぐわっている姿なのですか! これ見よがしに!」
ダンッ! ――と、セレニアがテーブルを叩く。
いや、申し訳ないとは思っているのだが、そんなに怒らなくてもさ……。
「そりゃ、これ見よがしに見せつけるためさァ!」
デス子は実に悪い笑みを浮かべている。
くそ、だからわざとあんなに大きな声を出していたのか……。
『昼ドラはじまた』
『お姫ちゃんガチギレやん』
『怒ってるセレちゃんでしか得られない栄養素もある』
『極まってんな』
『まあ、もともとこんなに感情出すタイプじゃなかったし』
『もはやキャラ変に近い』
『あらたな解釈が必要になるな』
『まあ嫌いではないです』
『むしろ好き』
よかったな。プリプリしててもセレニアの視聴者は好意的に捉えてくれてるぞ。
「誰のせいでこんなに不愉快な気分になってると思っているんですか!」
うぇ!? お、俺のせいなの!?
『ゾンビくんも基本拒否らんからな』
『たぶん抵抗するくらいならさっさと終わらせて農作業したいとか考えてる』
『ありそう』
『さっさと終わらせるためか知らんけど、どんどん上手くなってるよね』
『早さにテクがおいついたな』
『剣技:S S 性技:S 弾数:SSS』
『マジで弾数だけはすげえよ』
そこは誉められても嬉しくねえなぁ……。
ちなみに、怒り心頭に発しながらカロリースティックを貪っているセレニアだが、俺は寝起きの彼女がいきなり襲いかかってきた事実を忘れたわけではない。
今でこそ冷静な素振りで不満を口にしているが、そもそも真の被害者は俺なのだ。
セレニアだって未だに服を着ずにスッポンポンのままだし、ひょっとしたら俺に反省を促すことでさらなるお詫びエッチをさせようと考えているのかもしれない。
「そ、そんなことはありません!」
ほら、ちょっと狼狽えてる。世の中そんなに甘くないんだからな。
『ゾンビくん擦れてきてんなぁ』
『しゃーない。こいつらちょっとスケベすぎる』
『俺らはゾンビの味方だよ』
『みんな賢者タイムだからな』
『ここは賢者の集うチャンネルです』
賢者タイムだけ味方されても何も嬉しくねえ。
――と、上着を着ながらぼやいていると、急にナビボードが表示されて黄色いアラートが画面いっぱいに踊りはじめた。
画面の中央には『ダンジョン内に別のダンジョンマスターの侵入を確認しました。戦闘モードに移行しますか?』というメッセージが表示されている。
また、それと同時に赤いメッセージが視界の端に現れた。例のヴォルグとかいう男からのものだった。
『お世話になります。予定より少し早いですが、お邪魔させていただきました。何処か目印になるようなものがあれば、そこで落ち合いたいと思うのですが、いかがでしょう?』
なるほど。ダンジョン内に勇者が来たときは強制的に戦闘モードになるが、ダンジョンマスターの場合はこうやって確認メッセージが出るようになっているのか。
――って、つまり、ときにはダンジョンマスター同士で戦うこともあるということか?
「そうだねェ。実はダンジョンマスターが別のダンジョンマスターを倒すと、相手のダンジョンを乗っ取ることができるんだよ」
マジかよ。じゃあ、武闘派のダンジョンマスターがいてもおかしくないってことか。
「まあ、相手のダンジョンがよっぽど魅力的でもないかぎり、無駄に敷地が増えるだけだしそんなにメリットも多くないと思うけどねェ」
確かに、さまざまな罠や優秀な魔物がセッティングされた難攻不落なダンジョンならいざしらず、うちみたいな何もないダンジョンをわざわざ奪い取るほどのメリットはないか。
とはいえ、魔トックの消費回数にはかぎりがあるわけで、敷地が広くなるというだけでもまったくメリットがないとは言い切れないが。
「勇者の間でも同士討ちを狙う者がいると言いますよ」
イクイップメントメニューでいつもの早着替えを行いながら、暗い顔でセレニアが言う。
勇者同士の場合でも、倒した相手から何か強奪できたりするということだろうか。
「装備品とストレージ内のアイテム……それにお金ですね」
「勇者同士での争いってことは、つまり殺し合いってことだよねェ?」
「はい。ダンジョンマスターの場合は違うのですか?」
「うーん、ダンジョンマスターはコアを置いておけば命は助かるからなァ」
あ、そうか。最初のころにそんな説明を受けていたな。
完全に忘却の彼方であった。
となると、勇者同士の同士討ちのほうがより陰惨な感じがするな。
『まあでも、下手にコアを置くよりも今のほうが安全かもな』
『ゾンビくん強すぎやからな』
『というか、この場合はゾンビとデス子どっちがメインなんだ?』
『どうなんだろ』
どうなんだろうな?
まあ、とりあえずヴォルグとやらには応接室のほうで待っていてもらうことにするか。
俺が先方に応接室までのルートを説明するメッセージを送ると、すぐに返信が返ってきた。
『応接室までご用意いただき、お心遣いありがとうございます。ところで、手前勝手なお願いで誠に恐縮なのですが、連合についての話し合いを行っている間、配信をとめていただくようお願いしてもよろしいでしょうか?」
ほう。配信をとめることくらいなら造作もないが……。
『まるで何か技でも使うような言いかた』
『あたかも最初から配信をとめられると知っていたかのような口ぶり』
『おいゾンビ分かってるよな』
『「えっ? 配信ってとめられたのか?」』
『俺たちが教えてやらないと↑こうなってたんだぞ』
う、うるさいヤツらだな……。
「……配信をとめろだなんて、怪しくないでしょうか」
——と、不意にセレニアが訝しむように言ってくる。
それについてはデス子も同意見のようで、こちらはいちおうパンツだけはいた姿で腕組みをしながら頷いていた。
とりあえず早くブラジャーを着けてローブを着ろ。
『ヴォルグってダンマス、ほとんど配信してないな』
『配信なしでやるタイプなんかね』
『まあ怪しいっちゃ怪しいか』
『アーカイブがちょこっとだけ残ってた。ほぼテスト配信みたいな内容だったけど』
アーカイブってなんだ……?
『マジで何も知らねーのな』
『配信の録画だよ』
『アーカイブの再生数もインセンティブ対象だぜ』
『またひとつ賢くなったな』
『ちなみに成人指定チャンネルはアーカイブが残りません』
『だからこそいつヌきどころが来るか目が離せんのだ』
『俺たちもまた戦っているのさ』
おいおい、マジかよ。成人指定チャンネル化は本当に両刃の剣なんだな。
まあ、その分だけライブ配信の重要性が高まるとも言えるが……。
「まァ、ダンマス連合について勇者サイドにあんまり情報を流したくないってことなのかもしれないけど、やっぱりちょっと怪しいよねェ」
デス子がソファの背もたれで頬杖をつきながら言う。
とはいえ、もうそこまで来てしまっているのだから今さら追い返すのも失礼だろう。
面倒なことになってきたら、そのときな改めて追い返せばいいだけのことだし。
「まあ、そうですね。騎士さまのお力であれば、そういったことも十分に可能でしょう」
言いながら、セレニアがその場にすっくと立ち上がる。
あれ……ひょっとして、キミも一緒に行く気ですか。
「当然です。騎士さまのお力は信用していますが、わたしの目の届かぬところで何かあったとなれば死んでも悔やみきれません」
キリッとした表情で決意表明をされる。
ううむ、勇者であるセレニアが一緒にいてややこしいことにならんだろうか……。
「わたしはむしろ、お姫ちゃんを見た相手がどう出てくるか判断するほうがいいと思うなァ」
デス子もようやくソファから立ち上がり、闇のオーラを纏うとともにいつものローブを召喚する。
ふむ……まあ、セレニアとはこれからも一蓮托生なわけだし、変に隠し立てするほうが余計に面倒か。
「い、一蓮托生……そんなふうに言ってもらえるだなんて……」
何やらセレニアが両手を組み合わせながら潤んだ瞳でこちらを見つめている。
いかん。迂闊にもセレニアの琴線に触れる発言をしてしまったらしい。
「不肖セレニア、騎士さまのお気持ちしかと受け取りました! 今すぐ結婚いたしましょう! わたしの身も心も一生涯貴方さまとともにあります!」
ぐおっ!? ——ものすごい勢いで俺の体に飛びついてきた。
というか、踏み込みの速度が尋常じゃないな。
今のは分かってても避けようがなかったぞ……。
その光景を見ていたデス子が、半眼になりながらポリポリと頭を掻いている。
「お姫ちゃんって、なァんか思ってたの違うんだよねェ……」
うむ、確かにそうかもしれん……。
『デス子ですら軽く引くレベル』
『誰かお姫ちゃんのブレーキ修理してあげて』
『これはちょっと再解釈の必要がありますね』
『まあお似合いではあるよ』
『ゾンビくんと?』
『いやデス子と』
『あーね』
『ちょっと分かる』
「なんでディスターニアとなんですか!?」
ついにコメントにまで突っ込み出したぞ。
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