第二十章 ダンマス連合

「お姫ちゃんも、なかなかテクニシャンになってきたみたいだねェ……」

「次こそは、一方的にヒィヒィ言わせてあげるわ……」


 部屋に戻ると、スケベどもが素っ裸でソファに座ったまま荒い息を吐いていた。

 二人の手には水色の液体が入ったフラスコ瓶のようなものが握られていて、口の端からこぼれるのも気にせずガブガブと煽っている。

 ただの水――ではないよな? ポーションの類か何かだろうか。


『Gショップで買える汎用エリクサーっぽいな』


 え、エリクサー!? なんかめっちゃすごそうなの飲んでるね!?


『汎用だって。いわゆる廉価版』

『普通に市販されてるよね』

『騎士くんだってたぶん死ぬ前は使ったことあると思うぞ』

『つーか死神がエリクサー飲んで大丈夫なん?』

『ジェネリックだからいけんじゃね?』

『ジェネリックではねえだろ』

『つーかジェネリックだからいける理論もおかしくね?』


 うーむ、いまいちピンと来ないな。

 というか、ポーション類を飲んだ記憶がないぞ。

 忘れてるだけ――なのだろうか。


『最初から強すぎてポーション必要なかったとか』

『ありえそう』

『マジで漫画のキャラやん』

『漫画のキャラでも少しくらい苦戦するって』

『でもポーション飲む主人公キャラってあんまいなくね』

『たし蟹』

『ゾンビくん漫画の主人公説』


 勝手に変な説を作るな。


 しかし、エリクサーを飲水代わりに使うとは、随分と優雅なことだ。

 それだけ大運動会を終えて疲労困憊といったところかな。


「まあ、汎用エリクサーに疲労回復効果はありませんけどね……」

「とにかく喉が乾いたってだけさァ」


 マジで優雅な使いかたをしてやがる。

 セレニアのことだからお金に困ってはいないだろうが、それでもこんな不健全なお金の使いかたは見ていられない。

 今後は飲水の確保についても考えておく必要があるな……。


 ――と、そんなことより『ダンマス連合』についてだ。

 俺は明日のお昼にアポイントを取る方向で調整中であることを二人に伝えた。


「明日っていつでしょうか?」


 セレニアが自分のナビボードを見ながら訊いてくる。

 いや、明日は明日だろ……?


「いえ、今、ちょうど0時になったところなので」


 あ、そういうことか。

 やりとりをしたのは日付が変わる前だから、たぶん今日のお昼ってことではないかな。


「そうですか。それなら、さすがに一度睡眠をとっておいたほうが良さそうですね……」


 言いながら、セレニアがあくびをしている。

 そうか。どうにもこの環境になってから時間の感覚に疎くなってしまったが、一般的な生活サイクルで考えればそろそろ就寝時間になるのか。


「よーっし! お姫ちゃんが寝たら、ダーリンはわたしとラブラブチュッチュしようねェ!」

「くっ……ダメです! 騎士さま、寝る前に今一度わたしと一戦交えましょう!」


 えええ……一戦って、もちろんそっちのほうですよね?

 ま、まだやるの……?


『ゾンビくんも真っ青なお姫ちゃん淫乱化』

『勇者ちゃんファンとしてはどうなん?』

『むしろアリだが』

『なしなやつは今さら残ってないよ』

『なんだったらもっとあまあまラブラブして欲しい』

『くやしい……でも……みたいな感じで興奮するわけよ』

『素質あるよ』


 あまあまラブラブねえ……。


「まァ、寝る前の最後の一戦くらいは譲ってあげるよ! わたしだって鬼じゃァないからねェ! その代わり、お姫ちゃんがオネンネしたあとはよろしく頼むよ!」


 バッチーンとデス子が星でも飛んできそうなウインクをしてくる。

 というか、セレニアもセレニアで今日は起きてからずっとエッチなことしてないか……?


「ち、違うんです……これは……これは、すべて死神さんと騎士さまがいけないんです!」


 はたして本当にそうだろうか。

 どうにも、もともとそういう気質があったような気がしてならぬ。


『俺らもサッサとヌいて寝たいから早くしてくれ』

『俺はもう今日はいいわ。おやす』

『おーおやす』

『こっちはここまで溜めに溜めてたんだよ』

『逆にスゲエな』

『よく今まで我慢できたな』

『本日のレジェンド』

『もう日付変わってるけどな』

『ゾンビくんもう一踏ん張り最後にがんばって』


 仕方ない。ゾン子も応援してくれてるし、一肌脱ぐか。


「そんなのダメ……ゾン子さんに言われたからじゃなくて、心からわたしを愛して……」


 ソファを飛び出して、セレニアが俺に抱きついてきた。

 汗ばんだ体を強引に押しつけてきながら、無理やり俺の服を脱がそうとしてくる。

 ぬおお、スケベがすぎませんかねえ……。


「はァ……ダメだ、我慢できなさそ……わたしもダーリンとお姫ちゃんのラブラブ大相撲を見ながらシちゃおっかなァ……」


『NTRにも適正があるデス子』

『素質あった』

『NTRされてるときの一人遊びデス子が一番エロい』

『俺たちからどれだけ絞りとれば気が済むんだよ』


 どうせだったらDPで還元してくれ。


     ※


「はァ……こんなこと知らなければよかった……底なし沼って本当にあるんだねェ……」


 俺の腰に齧りついたまま離れようとしないデス子を引きずりながら、俺はダンジョンの入口と拠点の中間地点あたりに新しい部屋を作っていた。

 応接室を作るのだ。

 お昼ごろに来るという『ダンマス連合』の使者をまさか最奥の拠点で出迎えるわけにもいかないし、今後のことも考えてそういった部屋があったほうがいいと思ったのだ。


 あれからけっきょく一戦では終わらなかったセレニアをなんとか寝かしつけ、そのあとにデス子の相手もしていたら朝になってしまっていた。

 ご覧のとおりデス子は相変わらず俺に引っついているが、残された時間を考えると、引きずり倒してでも作業をはじめなければ間に合わなくなる恐れがある。


 ひとまず魔トックで9メートル四方の部屋を作り、そこにDPメニューから獲得したでローテーブルや一人がけのソファなどを設置していった。

 せっかくだから今回は壁や床にもこだわってみよう。

 魔トックの機能で変更できる外観の種類は非常に限定的だが、実はDPメニューから壁紙や絨毯を獲得することでかなり大きく雰囲気を変えることができる。

 例えば壁を木目調の落ち着いた雰囲気にしたり、床を大理石風の豪奢な感じにしてみたりといった感じだ。

 さらには額縁に入れた絵画を飾ってみたり、部屋の角に観葉植物の鉢植えを置いてみたり、あとは間接照明も置いてみたりして、ちょっとラグジュアリーな雰囲気も演出しよう。


 そうだ――相手はダンジョンマスターだから魔族には違いないだろうが、どんな種属の者が来るかは分からない。

 種属によっては用を足すこともあるかもしれないし、念の為にお手洗いくらいは用意しておいたほうが親切かもしれないな。


「ダーリン、こんな部屋、勇者がきたときに見たらびっくりしちゃうよォ?」


 デス子がやや呆れたように言ってくる。

 むう、確かに勇者がこれを見たら何事かと思うかもしれないな。

 迎撃どころか接待されてるみたいだものな。


 とはいえ、現状では罠やら魔物やらを配置して勇者を迎え撃つよりも、セレニアのときのように自らの手で撃退したほうがコスパが良い気がするのだ。

 そのせいで、どうにもそういった方向にDPを使う気になれないんだよな……。


「だからって、快適性ばっかり上げるのもダンマスとしてどうかと思うけどォ?」


『珍しくデス子側が正論ティ』

『ゾンビくんマジでダンジョンを家か何かと思っとる』

『誰がこんなダンジョン攻めて来るんだ』

『お姫ちゃんは来たけど』

『あのときはガチで無名やったからな』

『そういやニュースになったせいでゾンビの悪名も少しは広がってるのか』

『俺が勇者ならぜったいこのダンジョンは避けるね』

『難易度詐欺だし実入もないしな』

『もう配信で食っていくしかねえわ』


 視聴者にも若干呆れられているようだ。


 まあ、幸いにも登録者数が1万人を超えたことで24時間ごとに視聴者数に応じたインセンティブが入ってくるようになったし、何やかやで少額ながら投げ銭もある。

 デス子の目標である大金ガッポガッポにはほど遠いかもしれないが、このまま細く長く生きていく分にはなんの問題もないのではなかろうか。


「まァ、わたしはもうダーリンがいればなんにもいらないけどねェ……」


 デス子がそう言いながらギュッと俺の体を抱きしめて頬ずりしてくる。

 むむむ、可愛いことを言われておる……。


『不意におとずれる萌えパート』

『早起きして良かった』

『やはりデスゾンが至高か』

『原点にして頂点』

『良いもん見せてもらったぜ:500DP』


 なんかお小遣いまでもらってしまった。

 デス子さん、エロ以外にもちゃんと需要はあるみたいですよ。


「そうは言ってもエッチなことはしたいよ!?」


 そ、そうスか……。


『さすがデス子』

『エロに脳を支配された残念な死神』

『やっぱバランス大事だから』

『エロ8:萌え2くらいで』

『黄金比やな』


 まったく、うちの視聴者たちは本当にスケベだぜ。

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