第十九章 それは規約違反です
そういえば、ふと妙案を思いついたのだが……。
「ほう、言ってみたまえよ」
発光体に向かってプリプリと怒り心頭だったデス子が、興味深そうに俺のほうを見る。
うむ。思ったのだが、俺がDPメニューから豪華な宝箱系アイテムを獲得し、その中身をセレニアに入手させるというのはどうだろう。
お宝系のアイテムは獲得すればするほどこちらのDPが増えるという仕様だったはずだ。
もちろん、だからこそ俺たちダンジョンマスターには触れられないという制限がある。
しかし、その点で言えばセレニアはパーティメンバーでこそあれ勇者なのだ。
もし俺たちが配置した宝箱にインタラクトできたとすれば、俺たちは無限にDPを入手し続けられるし、セレニアは無限にアイテムを入手することができる。
『ゾンビの発想がデス子化しつつある』
『悪に染まるゾンビ』
『なんかめっちゃデュープくさい』
『デュープって何?』
『システムの穴をついた不正行為やな』
『ゾンビくん不正はダメだよ』
え、不正とかあるのか……?
「うーん……実はそれ、ダンマスの認定講習のときに禁止事項って言われてるんだよねェ」
「わたしも、勇者の認定講習で似たような禁止事例を聞かされています」
ま、マジすか。
「うん。まァざっくり言うと、ダンマスと勇者で結託して不正に利益を得るような行為は原則禁止なんだよね。やってることが発覚した場合、それに関わったダンマスおよび勇者は資格を剥奪されちゃうことになってるのさァ」
えー、戦争やってるんですよ。不正もクソもなくないですか。
「戦争にだってルールはあります。騎士さまはそんなこともお忘れなのですか?」
うっ……す、すみません……。確かに戦争にもルールはありますね。
しかし、そうか。確かに、戦争をしているという観点からすれば、ダンジョンマスターと勇者がパーティを組むということ自体がそもそもイリーガルなことではあるな。
「うん、そだね。でも、不思議なことに、何故かダンマスと勇者がパーティを組んだりすること自体は禁止されていないわけよ」
「……確かに、それはそうね」
「なんか変だと思わなァい?」
「違和感はあるわね。そもそもダンジョンマスターと勇者が結託を組むこと自体を禁止すれば、そういった不正行為に及ぶ以前の段階で防ぐことも可能でしょうし……」
む……確かに、それはそうだな。
「つまり、魔王さまか神か、はたまたユス局かユーステ本社か知らないけど、運営はダンマスと勇者の結託については想定して動いてるんじゃないかと思うんだよねェ」
『謎に頭の回るデス子』
『知恵熱出てもしらんぞ』
『ただの空回りに1万DP賭けるわ』
『じゃあ俺は10万DPで』
「うォいっ!? 賭け金妙に多くないかい!?」
デス子がまたしても発光体に向かって怒鳴り散らしている。
うーむ……確かに、どうしてダンジョンマスターと勇者でパーティを組むことに制限がないのだろう。
ダンジョンマスターと勇者による共謀についてはわざわざ禁止事項を設けている――にも関わらず、パーティを組む、協力関係を結ぶといった部分に制限をかけていないということは、やはり何か特別な狙いがあるのだろうか。
「人族と魔族の融和……とか?」
ふと、セレニアが椅子から立ち上がり、こちらのほうに歩み寄ってくる。
そして、やや潤んだ瞳で俺の顔を見上げながら、ふわりと俺の胸許に滑り込んできた。
「こうしてわたしと騎士さまが魂を重ね合わせたように、この戦争を通じて人族と魔族もまた解け合おうというのです。これからのわたしたちのように……」
熱っぽいで口調で言いながら、セレニアが俺の顔に手を伸ばしてくる。
ああ、コレ、キスされるやつだ。それもけっこうガッツリされるやつだ。
たまにはちゃんと抵抗したほうがいいのかな。
でも、下手に抵抗してめっちゃ怒られたりしてもあとが怖いしな……。
「何をしようとしてるのかなァ……!?」
唇が触れ合うか否かというところで、デス子のインターセプトが入った。
そのまま俺の後頭部を掴み、恐るべき力でポイッとソファのほうに放り投げれる。
『デス子、謎のパワーを発揮する』
『バフ:「嫉妬」』
『筋力と素早さが一時的に100倍になります』
『強すぎ修正されるね』
『正直、嫉妬に狂ってるときのデス子が一番好きまである』
『分かりみ』
『勇者ちゃん最大の功績かもしれん』
『お姫ちゃんありがとう』
うちの視聴者はうちの視聴者でちょっと変な趣味に目覚めつつあるな。
「邪魔をしないでいただける……!?」
「分かってないなァ、お姫ちゃん……邪魔なのはキミのほうなんだよねェ……!」
もういいや、コイツらは放っておこう。
それよりも、当初の議題だった『ダンマス連合』について考えてみるか。
確かに、現状ではデス子の言うとおり敢えて他のダンジョンマスターと手を組むメリットはないかもしれない。
ただ、見聞を広めるという意味ではありな気もする。
記憶を失っているということもあるが、そもそも俺はダンジョンマスターとして知らないことが多すぎるのだ。
もちろん、分からないことについてはデス子に聞けばいいのかもしれない。
ただ、俺にはデス子以外のダンジョンマスターによるダンジョン運営との向き合いかたについて知りたいという気持ちも生まれつつあった。
好奇心とでもいうのだろうか。
そもそもデス子はダンジョンマスターとしてはほとんど何もしていないしな……。
とりあえず、送られてきたメッセージには話だけでも聞かせてほしいと返答しておくか。
ええと、返答方法は……なるほど、ここからメッセージを返信すればいいんだな。
一度お話をしたいので、ご都合のよろしい日時と場所を教えていただけませんか――と。
よし、これでおそらく問題ないだろう。
「んっ……あっ、ダメ、お姫ちゃんっ……そこ、はァ……っ!」
「いつもいつも……ハァっ……やられてるばかりじゃないんだから……んんっ!」
いつの間にか二人は戦場をベッドに移しているようだ。ほんと、二人とも好きね……。
スケベたちは放っておいて、俺は農地エリアのほうに向かった。
もう本日の田畑の世話は終わっているので、目的は別にある。
俺は魔トックの残りのポイントを使って農地エリアの奥に新たな小部屋を作り、そこに新しく畑を設置した。
さらに魔トックを使い、その小部屋と拠点となる部屋にあるトイレとを通路で連結する。
俺はゾンビであるためほとんど排泄をしないのだが、それでも出ることは出た。
ただ、それについては別に垂れ流しておくか、堆肥にでもすればいいと考えていた。
しかし、セレニアはそういうわけにはいかない。
だから、彼女を拠点に連れ帰ったタイミングでトイレを設置していたのだ。
もちろん、DPメニューから獲得したトイレは汲み取り式のものである。
このダンジョンに上下水道などないから、当然といえば当然だ。
よって、当初、俺はセレニアの排泄物を使って本当に堆肥でも作ろうかと考えていた。
せっかく溜まっていくのだから、何かに使わないともったいないと思ったのだ。
ただ、そこでひとつ心理的な問題にぶち当たった。
これから主にセレニアが食べることになる野菜に、本人の糞尿から作った堆肥を撒くという行為がはたして許されるのだろうか——という人道的な問題である。
もちろん、別に問題はないはずなのだ。少なくとも農家の人だったら気にしないだろう。
しかし、セレニアは曲がりなりにも伯爵令嬢である。
もしそういった事実を知ってしまったとき、彼女は美味しく野菜を食べられるだろうか。
――無理だと思うんだよなぁ……。
というわけで、セレニアの排泄物については別の利用方法を考えることにした。
それが、この小部屋と畑である。
DPメニューで獲得した畑は魔術的な力によって植物の成長を促進する効果が付与されているのだが、調べて見るとそれ以外は一般的な腐葉土と変わらないことが分かった。
つまり、バクテリアなどの微生物も通常どおり繁殖しているらしいのだ。
となれば、ここに糞尿を撒いて放置することで、硝石を生み出すことができるのでは——そう思いついたのだ。
人間の糞尿に含まれた成分と腐葉土の中に発生したバクテリアや菌が反応することで、硝石を生み出すための科学反応が起こる可能性があるのだ。
本来であれば年単位での放置が必要だが、成長促進の効果が時間に干渉するタイプの魔術によるものだとすれば、数ヶ月程度で硝石が生成されることだってあるかもしれない。
そして、俺の狙いどおり硝石を確保することができれば、あとは木炭さえあれば黒色火薬を作ることができる。
ダンジョン運営において火薬がなんの役に立つかはまだ分からないが、少なくとも爆薬として使えるだけで戦闘にはかなり役に立つ。
そんなわけで、俺はおまけでついてきた汲み上げポンプでタンクに溜まった糞尿を汲み上げると、それを専用のバケツにいれて畑まで運び、柄杓で振り撒いていった。
念のため、この小部屋について魔トックで扉の外観をいじって外からは分からないようにしておこう。
勝手に排泄物を利用していることがセレニアにバレたら怒られるかもしれないからな。
『伯爵令嬢のウンチが見れるチャンネルはここですか』
『おしっこも見れます』
『ちょっといくらなんでも上級者向けすぎんか?』
『ゾンビはいたって真面目です』
『賢者タイムからウンチの流れはさすがに予想外』
『騎士くんさすがにこれは酷いぜ』
『セレちゃんのウンチか……』
『これじゃ賢者タイムにならないよ』
『上級者いたじゃん』
おお、セレニアのチャンネルで一仕事終えた視聴者たちが流れてきたみたいだな。
――と、そんなコメント欄を眺めていると、それらに紛れて再び赤い文字のメッセージがポップアップしてきていることに気がついた。
『さっそくのお返事ありがとうございます。よろしければ、明日のお昼にでもさっそくそちらのダンジョンにお伺いさせていただきたいのですが、ご都合のほうは問題ございませんでしょうか?』
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