第十七章 ポンコツ死神

「わたしのことは話したのだし、貴方のこともお聞かせいただきたいのだけれど」


 田植え作業を手伝ってくれているセレニアが、デス子に質問を投げかけている。

 元伯爵令嬢に田植え作業を手伝わさせるなどという罪深いことがはたして許されるのかという迷いはあったが、意外にも本人はこういった手伝いに関してはかなり乗り気だった。

 わざわざGショップで防水力のある不思議な素材のツナギを購入してくれたほどだ。


「んー? わたしの何が訊きたいってェ?」


 一方のデス子は、DPメニューから獲得した折りたたみベッドのようなものの上に横たわりながら、ナビボードで動画視聴をしているようだ。

 もちろん、まったく俺たちの作業を手伝わないというわけではなく、彼女によって召喚されたスケルトンたちが代わりに甲斐甲斐しく田植えを手伝ってくれている。


『女王さまデス子』

『汚れ仕事は下僕にやらせるというスタンス』

『お姫ちゃん見習えよ』

『これはゾンビの愛が枯れる日も近いわ』


「そ、そんなことないよねェ!? ちゃんとスケルトンには手伝わせてるし!」


 コメントでの突っ込みにデス子が慌てたように体を起こす。

 まあ、そもそも最初からそんなに愛はないから気にしなくても良いですよ。


「なんでそんなこと言うのォ!?」


 デス子が涙目になりながら折りたたみベッドの縁をバンバンと殴っている。

 それでもあくまで自ら田植えを手伝おうというつもりはないらしい。

 まあ、そういうブレなさは嫌いじゃないですよ。


「騎士さまは死神さんの使徒……なのですよね?」


 不意に小首を傾げながらセレニアがそんなことを訊いてきた。

 いちおう、そのはずだが……。


「そのわりには、騎士さまからはあまり死神さんへの忠誠心を感じないのですが……」


 そりゃまあ、こんなポンコツ死神に忠誠なんて誓えんだろ。


「まあ、仰りたいことはよく分かるんですけど……」

「そこは分かっちゃダメでしょうよォ!」


 デス子がプンプンと怒りながら突っ込みを入れてくる。

 とりあえず、ややこしくなりそうだからおまえは黙っとけ。


「ああ、まさにそういうところです。普通、使徒というのは、ここで田植えを手伝ってくれているスケルトンたちのように盟主には絶対服従なのではないかと思いまして……」


 む……確かに、言われてみれば、そんな気もするな。


『ゾンビくん使徒の自覚ゼロ疑惑』

『疑惑じゃねえだろ』

『むしろデス子のほうが言うこと聞かされてる説』

『惚れた側の弱みやね』

『でもあっちのほうは完全にデス子が盟主』

『ゾンビくんそっちはザァコだからしゃーない』

『デス子が強すぎるとも言える』

『たし蟹』

『ゾンビくんがんばれ』


 おまえらも違和感あったなら教えてくれよ。


『別に違和感はない』

『デス子がポンコツなのは自明』

『むしろ解釈一致やな』


「なんでよォ!?」


『そういえば、なんでセレちゃんは使徒にしないんだろうな』

『使徒になって死神ちゃんにかしずくセレ姫か』

『ありですね』

『いや俺はあくまでセレデス派』

『セレデス派とデスセレ派の抗争勃発の予感』

『セレ騎士派も忘れないでくれ』

『騎士セレ派もいるぞ』

『こっちのチャンネルカプ厨多すぎやろ』


 それぞれのチャンネルごとに視聴者にも色があるようだな……。


「まあ、お姫ちゃんを使徒にしない理由はいくつかあるよ」


 デス子が折りたたみベッドの上に再び寝そべりながら、少しだけ真面目な顔をして言った。


「まず、わたしが使っているのは死霊術だから、使徒にするには殺す必要があること。殺すこと自体はできそうだけど、たぶんそうすると勇者としての資格も失うから、できれば勇者のまま籠絡したかった」


 なるほど。確かに、ダンジョンマスターと勇者ではナビボードの仕様一つとってもかなり大きな違いがある。

 今の状況であれば、俺たちはダンジョンマスターとしてDPメニューを利用しながらセレニアを介して勇者専用のGショップを利用することも可能なわけだ。

 それは俺達にとっても大きなメリットだった。

 とくに今後のことを考えると、武器や防具関連を手軽に入手できるのはありがたい。

 どうやらダンジョンマスターは俺のように自分自身で戦闘するタイプのことはあまり想定されていないらしく、そういったものはDPメニューに並んでいないのだ。


「それと、実はコレ、あんまし言いたくなかったんだけど、わたし、もう追加で使徒を増やすことができないんだよねェ……」


 そう言って、デス子が溜息を吐きながら苦笑する。


「……どういうこと?」


 一方、セレニアは言っていることの意味が理解できないと言うように首を傾げていた。

 確かに、いったいどういうことだろう。


「いやァ、キャパオーバーっていうのかな……本来のわたしの使徒を使役できる最大容量が100だとして、今もう120くらいまでいっちゃってる感じなんだよね」


 ……は? どういう意味だ?


「ていうか、騎士くんのせいだよ!」


 え? 俺?


「騎士くんが強すぎたんだよ! あまりに好みのイケメン直球どストライクだったから死にものぐるいで眷属化したけど、もうそれだけでいっぱいいっぱいっていうか、なんだったら騎士くんの魂が強すぎて眷属化にちょっと失敗しちゃったくらいだよ!」


 なぬ!? 失敗してんの!?

 ――って、それじゃ、まさか俺の記憶がないのもそのせいだったり……?


「たぶん、というか、まず間違いなくそうだねェ……テヘペロ」


『テヘペロって実際に口に出すやつ初めて見た』

『いてぇ』

『イテテテテテ』

『自分のこと可愛いと思うのやめろや』

『わたしは可愛いと思うよ』

『ゾン子はやさしすぎなんよ』

『ちゃんと現実を教えてやらねえと勘違いして調子に乗るぞ』

『ごめんデス子ちゃんやっぱりちょっと痛いかも』

『ほらね』

『正直に言えて偉いぞ』


「うるっさァーい!」


 大きな声を出すな。うるさいのはおまえだ。


「な、なるほど……いろいろと納得できたわ。ある意味では、貴方もわたしと同じということだったのね」

「へ? なんでそうなんのォ?」


 何故か訳知り顔で頷くセレニアに、デス子が首を傾げている。

 俺にもセレニアが言っていることの意味がいまひとつ分からないのだが……。


「その、騎士さまに運命を狂わされた者同士……ということよ」


 そう言いながら、セレニアがじっと俺の顔を見つめてくる。


「あァ……まァ、確かにそれはそうかもねェ……」


 デス子もふっと力なく笑いながら、こちらに流し目を向けてきた。

 ぬおお……なんか急に甘酢っぱい空気が流れておらんか……。


『テレてるゾンビくん可愛い』

『実はゾンビこそ最萌えキャラ説』

『まあ癒やしではある』

『賢者タイムになっても配信切らないで済む理由』

『普通はすぐチャンネル変えるよな』

『控えめに言って好き』


 これは褒められている……のか?


 ――と、そんなコメント欄の中に、一つだけ目立つ赤文字でいつまでも視界の中に残り続けているものがあることに気がついた。

 どうやらそれは配信に対するコメントではなく、ダイレクトメッセージと呼ばれる機能を利用した別の配信者から送られてきたものであるらしい。


 メッセージの送信者の名はヴォルグという名であるらしく、内容は次のとおりだった。


『ドルーナ地区ダンマス連合に参加しませんか? 現在、我々はこのドルーナ地区におけるダンジョンマスターたちでチームを結成し、ダンジョン運営のノウハウを共有したりコラボ配信をするなど、ダンマス同士で協力しやすい環境を構築しようと考えております。もしご参加を検討していただけるようでしたら、その旨、ご返答いただけますと幸いです』

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