第十六章 配信設定
『ゾンビまじよえー』
『あっちの剣は強くてもこっちの剣はマジでザコ』
『いや、騎士くんの剣自体は立派だったよ』
『弾数とリロード速度もな』
『あのときの騎士くんと本当に同一人物?』
『マジでこっちのほうはザァコだから』
『これはお灸を据えてやる必要があるな(キリッ)』
『まあキャベツは守ったよ』
『ゾンビくんもうちょっとがんばれ』
くそ、何故だ……。
いろいろと分からせてやるつもりだったのに、逆に分からされてしまった。
もともとデス子に対してはまったく歯が立っていなかったが、こちらの方面に関してはセレニアにも終始押され気味だった。
けっきょく途中で逃げ出そうとしたが、引き戻されて慰みものにされてしまった。
「は、はしたない真似をして申し訳ありませんでした……」
泥まみれになった体を水源の水で流しながら、羞恥に染まった顔でセレニアが言った。
こんなふうに何度も泥まみれになるのであれば、ちゃんと体を洗うための施設を作ったほうがいいかもしれない。
普通はそう何度もあることではないと思うのだが、少なくともこの農地エリアができてからもう二度もどろんこズモウが行われているのだ。次がないとは言えない。
「まったく、これが本当に伯爵令嬢なのかねェ? 愛がどうのこうの言うくせに、ありゃもうただのケモノだよ、ケモノ。あんなんじゃダーリンの愛が枯れる日も近いねェ」
デス子はいちいちバケツで体を流すのが面倒なのか、そのまま水源の中に飛び込んでプカプカと大の字に浮かんでいる。
そんなことをするために水源を拡張したわけではないんだがな……。
「そ、そんなことない! 騎士さまは最後までわたしの愛に答えてくれたわ!」
「それは単にダーリンが絶倫なだけだよ!」
す、すいません、なんか体は反応しちゃうんで……。
「だいたい、ちょっと前まで襲われたショックでゲロ吐いてたくせに、変わり身がすぎるんじゃないかねェ?」
「うっ……そ、それは……あ、あのときは愛がなかったからよ!」
『いうてデス子だってつい最近まで処女だったよな』
『初体験を生配信される女たち』
『お似合いじゃん』
『たし蟹』
『せめて配信制限設定かけとけばな』
『あーね』
『まあでもあんな負けかたするとか思わんっしょ』
『それはそう』
『でも配信制限かけてりゃもちっと登録者残ったかもな』
配信制限――?
何やらまだまだ俺たちが知らないことがあるのだろうか。
『騎士くん、まさか配信制限も知らんの?』
『コイツらアホだから』
『俺らが教えてやってるレベル』
『教えてたっけ?』
『まあ、聞かれたら』
『おまえら騎士くんたちのファンじゃねえの』
『アホなコイツらが好きなんよ』
『わかりみ』
ありがとよ。俺もおまえらのこと、嫌いじゃないぜ。
まあ、それはそれとして、配信制限についてちょっと調べてみるか。
『配信画面の端っこに歯車のアイコンあるから、そこからいろいろ設定できるよ』
ほうほう。言われたとおりにナビボードで配信画面を開いてみると、確かに右上のほうに歯車のようなマークのアイコンがあるようだ。
そのアイコンに触れてみると、配信設定と記されたリストが表示される。
そこには、例えばあらかじめ配信する時間帯を決めてそれ以外の時間は配信停止状態にする機能であったり、コメント欄における禁止ワード設定、そして、先ほどの話題にも出ていた配信制限設定などがあった。
というか、俺は完全に配信はユストリア放送局側が勝手に行っているものだと思っていたから、こちらの意思で停止したり再開したりできるなんて想像すらしなかったぞ。
『ちょっと考えれば分かるだろ常識的に考えて』
『な、アホだろ?』
『そこがコイツラのいいところよ』
『配信制限についての反応も聞かせてくれ』
ふむ、配信制限か――。
どうやらこの機能は、配信画面に映り込んだ内容があまりに過激なものだった際、即座に配信を停止したり画面をブラックアウトさせてくれるものらしいな。
この設定をせずに視聴制限のかかる内容を配信してしまった場合、そのチャンネルは成人指定チャンネルとなり、配信を行なう上で様々な制約がかかるとのことだ。
その中でもとくに大きな制約は、放送局の公式トップページに表示されなくなったり公式のおすすめチャンネルリストに掲載されなくなったりすることだろうか。
つまり、成人指定チャンネルになってしまうと、新規視聴者を獲得するための動線が減ってしまうのだ。
「ちょちょちょ、それってつまり、ちゃんと最初から配信制限の設定しておけば、わたしの嬉し恥ずかし初体験を生ライブしなくても済んだってことォ!?」
水源からザバァと上がりながら、デス子が声を上げる。
『そうだよ』
『この反応が見たかった』
『アホでよかった』
『アーカイブに残らないのが残念でならねえ』
「の、残してたまるかァ!」
今ではすっかり情事の配信に抵抗のなくなったデス子でも、初体験を生ライブしてしまったことに関しては未だに思うところがあるらしい。
セレニアも浴布で体を拭きながら、真っ赤な顔で溜息を吐いている。
「わたしも、こんなことになるなら配信制限をかけておくべきでした。わたしのチャンネルには未成年の登録者もたくさんおられたので……」
なるほど。セレニアのチャンネルも今回の諸々で成人指定になってしまったことで、未成年の視聴者がごっそりと離れてしまったのか。
ひょっとしたら、俺たちのチャンネルが伸びそうで伸びないのもこの辺りの問題が関係しているのかもしれないな。
しかし、過激と判断される基準みたいなものはあるんだろうか。
なんとなく人を傷つける行為や猥褻な行為については該当しそうな気もするが……。
「分かりやすいところでは、魔物や守護者を傷つけたり傷つけられたりは問題なく、猥褻な行為や猥褻なものは問答無用でアウト……といったところでしょうか」
体を拭き終えたセレニアが、ナビボードの機能を使ってまた早着替えをしている。
便利だな。勇者側のナビボードの機能についても、また改めて教えてもらおうかな。
「早着替えならわたしだってできるさ! とォー!」
デス子が魔術的な力か何かで体中についた水滴を弾き飛ばし、腕を掲げると同時に何処からともなく下着類がフワフワっと飛んでくる。
そして、それらが装着されるや否や、今度は黒いオーラを纏った風が竜巻のようにデス子の体を包み込み、次の瞬間にはそれが暗黒のローブとなっていた。
むう、こっちはこっちでカッコいいな……。
『分かるよ』
『男は変身ヒーローに憧れる生き物だからな』
『デス子相変わらず縞パンなのな』
『下着のセンスは勇者ちゃんのほうが良いね』
『俺は死神ちゃんの縞パン嫌いじゃないよ』
『まあいかにも陰キャで擦れてない感じはある』
『スケベな陰キャが一番エロい』
『わかりみ』
『ゾンビくんがいちばんエロいよ』
『ゾン子コテハン消えとるで』
『あ、ほんとだ。チャンネル出入りすると消えるみたい』
ハンドル名消えてるのに特定するほうもされるほうも別の意味で凄いな。
「あ、その……ゾン子……さん? よかったら、わたしのほうのチャンネルでもモデレータをしてもらえないかしら。以前のモデレータさんには登録を解除されちゃって……」
——と、不意にセレニアが俺たちのほうの発光体を見上げながら言う。
そういえば、セレニアのチャンネルのモデレータはこのほどの騒動でチャンネル登録を解除してしまったのだったな。
まあ、そのときにブロック設定などを消してくれていたおかげで両チャンネルの視聴者の融和が進んだわけだから、結果オーライではあったのだろうが。
というか、なんでブロック設定を解除していったんだろうな?
『俺らが煽りに行くと思ったんじゃね?』
『どうせなら最後にコメ欄荒らすだけ荒らしたろみたいな?』
『そうそう』
『ガチ恋勢マジでキモいよ』
『あのときは俺らとガチ恋勢の間でもレスバになってたからな』
『デスゾン勢まで乱入してたらマジでカオスだったわ』
なるほど。視聴者同士でもいろいろと派閥があったりするんだな。
というか、デスゾン勢……? デス子&ゾンビチャンネルだから……?
『お姫ちゃんありがとう。登録確認した。でも、こっちもわたしがやっていいの?』
セレニアの顔の前にゾン子のコメントが表示されている。
「ありがとうございます。わたしはもうこの身果てるまで騎士さまとともにいることを誓った身……であれば、モデレータも同じかたにお願いしたほうが便利かなと」
まあ、確かに連携は取りやすくなるかもしれないな。
そんな重たい覚悟を勝手に誓われても恐縮してしまうが……。
『分かった。でも、わたしもずっと配信を見てられるわけじゃないから、モデレータは何人か用意しといたほうがいいと思う』
む、それはそうか。俺やデス子は別に寝る必要がないから24時間動きっぱなしだし配信もつけっぱなしだが、普通の魔族や人族は寝食もあれば仕事や学業もあるだろう。
さすがにいつなんどきも配信画面に貼りついている……というわけにはいかないものな。
『はいはーい、俺やりまーす』
『俺もれも』
『絶対荒らす気やん』
『間違いない』
『やらせてくれー』
ダメだ、おまえらには絶対にやらせん。
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