第十五章 賢者のチャンネル
「ネットニュース……ですか?」
セレニアが小首を傾げて訊き返している。
デス子は自分のナビボードを表示しながら、生あくびを噛み殺しつつセレニアのほうへと歩み寄る。
「ほらコレ。ユス局の公式戦時ニュース。『筆頭勇者候補にしてアナトリア伯爵家の次女セレニア、ダンジョンマスターに捕縛され懐柔されたか』……だってさ」
デス子のナビボードにはユーストネットのブラウザ画面が表示され、そこにはユス局公式のニュース記事が映し出されているようだった。
いわく、筆頭勇者の一人として期待されていたセレニアが無名のダンジョンマスターの餌食となり、そのまま篭絡されて魔族側に寝返った公算が高い――との内容である。
まあ、概ねあってはいるか。
「お姫ちゃん、どうやらホントにお姫ちゃんだったみたいだねェ」
そういえば、伯爵家の次女ともなればいちおうは貴族のお嬢さんということになるのか。
しかし、そんな由緒ある身分の御仁がなんだって勇者なんぞをやっているのだろう。
「わたし、もともと家を勘当されかかっているんですよ」
セレニアが苦笑交じりに言った。
「侯爵家の次男と縁談があったんですけど、あまりに不躾な男だったせいでうっかり手を上げてしまって、そのまま破談になってしまったんです。そのあと、家の顔を潰したということで無理やり勇者にされてしまった、という感じですね……」
おお、意外とアグレッシブな過去をお持ちなのね……。
「ただ、その結果、こうして真の愛を知ることができましたから。わたしを勇者として送り出してくれた家族には、今となっては感謝しかありません」
そう言いながら、セレニアが俺の胸許にしなだれかかってくる――が、すぐにデス子がそれをベリッと引き剥がした。
「勘違いしないでもらいたいんだけどォ、お姫ちゃんはわたしの支配下に堕ちただけでダーリンの恋人になったわけでもなんでもないんでェ……ていうか、ダーリンはわたしの旦那さまになるのが確定的に明らかだから、色目つかわないでもらっていいかなァ?」
「……わたしは騎士さまにこそ身も心も捧げたけれど、貴方の支配下に堕ちた覚えはないわ。我が剣、我が忠誠は騎士さまの許にあります」
何やらデス子とセレニアの間でバチバチと火花が散っている。
こ、これって、ひょっとして俺の争奪戦がはじまっちゃってる感じですかぁ!?
――なんでだろう。ちっとも嬉しくないな……。
コイツらは放っておいて、農地エリアの拡張でもしに行こうかな。
「さっきはわたしのテクニックであんなによがり散らしていたくせに、まだまだ教育が足りないみたいだねェ!」
「あ、あれは、場の雰囲気につられてしまっただけよ! 本意ではないわ!」
「それはつまり、カラダは正直ってことさ! 再教育してやる!」
「あっ……!? くっ、魔術を使うなんて……! 正々堂々と勝負なさい!」
「自分の持てる最大限の力を使うってのが正々堂々だろォ?」
「んんっ……あ、あ、はぁ……っ! や、やめてっ……ああっ、ダメ……!」
おいおい、おっぱじめるのはかまわんが、畑は壊さないでくれよ。
『女だらけのエッチなどろんこズモウ開戦のお知らせ』
『まだのやつ勇者ちゃんの配信つけろ』
『俺BANされてんだけど』
『もう解除されとるぞ』
『マジで?』
『モデレータやってたやつがチャンネル登録解除するときにぜんぶ設定消したっぽい』
『ほーん。見に行くわ』
『こっちのカメラはゾンビ映してるとこが空気読んでる』
『一発ヌいたら戻ってくるからゾンビはそのまま畑いじってて』
『ここは賢者が集うチャンネルです』
マジでこいつら自由だな。
まあ、言われるまでもなくそうさせてもらうよ。
俺は農地エリアの奥に向かい、残りのMPを使ってエリアの拡張を行うと、そこに生け簀にするための新たな水源の設置、さらに水田の設置も行い、米の苗も獲得しておいた。
DPメニューから購入した水田も畑と同じように魔術的な力で穀物の成長を促進してくれる効果があるようだが、さすがに野菜類に比べると収穫までは時間がかかるらしい。
それでも稲作をはじめることには、もちろん理由があった。
実は稲作中にかぎって、DPメニューのリストに『合鴨』という限定アイテムが追加されることが分かったのだ。
もともとダンジョン内の水田に雑草や害虫が発生することはないのだが、どうやら雰囲気を良くするための外観オプションとして利用できるらしい。
しかも、この合鴨は獲得後からとくに何もせずとも一週間ほどで生体となり、そのまま放置することも可能だが、シメることで食用にすることもできるのだ。
つまり、稲作には米を収穫できるだけでなく、同時に合鴨肉をゲットできるというメリットもあるのである。
ちなみに水源における魚もこの外観オプションに該当するらしい。
もちろん購入にはDPが必要だが、水源の中にうまく生態系を構築することができれば、追加で購入しなくても自然と増えてくれるようだ。
ただ、生態系の構築なんてそんなに簡単に行くものでもないだろうから、これについては当面は野菜くずなどを利用して養殖用の餌を作るのがいいかもしれない。
ユーステネットで調べたところ、特定の栄養素を豊富に含んだ餌を食べさせることで、保存性がよくなったり風味に変化が出たりすることもあるようだ。なかなか奥が深い。
もう少しエリアが広くできたら果樹の生育をはじめるのもよさそうだ。
DPメニューから獲得できる果樹はいずれも魔力を帯びた果物を実らせるらしく、本来はダンジョンを攻略しにきた勇者の手助けになるものらしい。
つまり、お宝と同じように、設置すればするほどこちらのDPが増えるというメリットもあるのだ。
ただ、逆に言うと設置するほどお宝レベルが上がってしまい、このダンジョンが勇者の目につきやすくなってしまうというデメリットもある。
設置する数には気をつけたほうがいいかもしれない。
――そう言えば、セレニアはどうしてこのダンジョンを攻略しようと思ったのだろう?
ナビボードに表示されている情報が確かなら、俺たちのダンジョンは未だに危険度もお宝レベルも最低ランクで、わざわざ攻略するメリットなどなさそうなものだが……。
『まあ、この辺でいちばん安全そうだったからね』
『腕試しのつもりだったんだよ』
『セレちゃん、ダンジョン攻略は慎重派だったからな』
『つーても完全に難易度詐欺だったが』
『騎士くん強すぎんよ』
『事前の配信チェックじゃポンコツペアにしか見えなかったんだけどな』
『ゾンビの強さには俺らもワロタ』
『マジで生前は有名な騎士なんじゃね?』
『名前なんてーの?』
『記憶喪失なんだってよ』
『はーん。ワケアリってこと?』
『しらねー。人間の事情とか興味ないし』
『鎧に紋章でもついてれば所属くらいは分かるかもね』
あれ? コレ、ひょっとしてセレニアのチャンネルの視聴者もこっちに来てる?
『いや、賢者タイムなんで……』
『一仕事終えたあとはこういう動画が染みるわけよ』
『癒やされるわ』
『ここは賢者の集まるチャンネルです』
ああ、そういう……。
というか、そうか。鎧か何かに紋章でもあれば、そこから俺の素性を調べることもできるかもしれないな。
それに、俺が持っていた長剣はたぶん普通のものではない。
あの透明な刀身といい異様な切れ味の良さといい、間違いなく名のあるものだろう。
作業が一段落したら調べてみてもいいかもしれない。
『ゾンビくん、メスどもがハッスルしすぎてキャベツの畑がまずいぞ』
『これは育て直しですかね』
『せめてカブとか馬鈴薯の畑で暴れてくれればな』
『キャベツ涙目』
……は!? なんでそんな大乱闘みたいになってんだ!?
『なんかどっちもタチ同士っぽい』
『最初はセレ姫が押されてたけど、途中で逆転した』
『さっきからいったん形勢が決まるまで暴れ散らしてるよ』
『今んとこ2勝1敗でデス子優位』
『勇者ちゃんの攻めもけっこう良かったよな』
『分かりみ』
というか、すでに3戦もしてんのかよ。
なんにせよ、キャベツ畑を荒らされたらたまらん。キャベツは生育に時間がかかるんだ。
これはちょっとお灸をすえる必要があるな。
『お仕置きエッチの流れか』
『3P不可避』
『ゾンビくんがんばれ』
『おいおい、俺さっきヌいたばっかりなんだけど』
『真のヌきどころはいつ来るか分からない』
『タイミングの見極め力を試されるチャンネル』
『俺たちも緊張感を持たないとな』
『ムスコは緊張しっぱなしよ』
『いや、今は休憩中だ』
『こっちは賢者向けチャンネルだからな』
くそ、あくまで俺はあくまでキャベツ畑を守りに行くだけだからな!
そこんところ勘違いしないでくれよ!
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