第十三章 せめて愛をもって

 今回、俺はデス子に無理やり体を操られるということはなかった。

 ただ一つだけ、何故かは分からないが、これだけは肝に命ぜよと指示があった。


 ――たっぷり愛をもって、優しく抱くこと。


 そんなこと言われても……と、思いはしたが、セレニアのほうはもう完全にスイッチが入ってしまっていて、俺としてもせめてそれくらいしか配慮できることができなかった。


 すべてが終わったあと、セレニアは俺の体にしがみついたまま完全に意識を失っていた。

 俺たちの行為を見届けたデス子は、実に満足気に薄ら笑いを浮かべていた。

 本人も行為の最中に一人で楽しんでいたのか、全身汗ぐっしょりだった。うーむ……。


『完全に快楽堕ちしるやん』

『これはゾンビくん甘々すぎるわ』

『純愛はヌけない』

『純愛か?』

『勇者ちゃん完全に女にされとる』

『まあゾンビくんわりと優しく世話焼いとったし』

『あれは惚れてもしゃーない』

『ゾンビのNTRシーンを見ながら自分を慰めるデス子』

『むしろこっちのほうがヌける』

『本人もだいぶ興奮してそう』

『素質あるよ』


 コメント欄はいつもどおり賑わっており、本日もいくらか投げ銭をゲットできているようだ。

 皆さんのご協力により、我々のダンジョン運営は成り立っています。


「いやァ、あまりの甘々プレイにわたしも新しい世界の扉を開いてしまったみたいだよ!」


 デス子は上気した顔のまま、力強くガッツポーズをしていた。

 さ、さいですか……。


「まァ、とりあえずダーリンはこのままお姫ちゃんが目を覚ますまで添い寝してあげてくれたまえ。彼女が目を覚ましたときには、わたしたちの目的は達せられてるはずだよ!」


 よくは分からないが、そう言いながらデス子は俺たちが行為に及んでいたダブルベッドに乗り上がってきて、今度は俺の腕を取りながら汗ばんだ体を押しつけてくる。


「んんっ……はァ……お姫ちゃんが目覚めたあとは、ちゃんとわたしの相手もしてくれたまえよ? わたしにも我慢の限界はあるからねェ……!」


 そして、デス子が俺の手で勝手に一人遊び――と言って良いのかは分からないが、とにかく俺の手を勝手に使いはじめる。

 まあ、ひとまず好きにさせておくことにするか。


「せめて放置はせずに動かしたまえよ!」


 あ、はい……。


『肉入りバイブ』

『俺と変われと迂闊に言えない底しれぬ恐怖感』

『ゾンビじゃなきゃ絞り殺されてるだろ』

『つーかゾンビくんすでに死んどる』

『勇者も教育完了してるしコレからさらにやばそう』

『まあ弾数だけは多いから大丈夫やろ』

『たし蟹』

『ゾンビくんがんばれ』


 うーむ……相変わらず暢気なコメント欄である。

 というか、そもそもデス子は何を目的としてセレニアにこんなことをしているのだろう。

 この三日あまりの間で、彼女はすっかりエッチな女の子にされてしまった。

 しかし、それがいったい何を意味するのか、俺にはさっぱり分からない。

 それに、実を言うとセレニアがこのダンジョンの中にいるせいでナビボードの戦闘状態が解除されず、ずっと一部の機能が制限されたままになっているのだ。

 別に第三者の配信が見たいわけではないが、ユーステネットも使えないというのは大誤算だった。

 ユーステネットでの情報収集は俺の密かな娯楽でもあったので、これができないのは不便で仕方がない。


 ――と、思っていたのだが、なんとはなしにナビボードをいじっていたら、いつの間にか普通にユーステネットへのアクセスも配信動画の視聴もできるようになっていた。


「んんっ……あっ、あっ……どうやら、支配完了、したみたいだ……ねェ……!」


 デス子が熱い吐息を吐きながら言う。

 支配完了――?

 俺が訝しげに一人遊びに耽るデス子を見ていると、反対側でモゾモゾとセレニアが身じろぎしはじめた。


「ん……こ、ここは……?」


 どうやら意識を取り戻したらしい。

 そちらに顔を向けると、セレニアが長い睫毛を震わせながらゆっくりと目を開けている。


「あ……」


 そして、バッチリと目があった。

 俺は思わず身構える。

 軽蔑の眼差しや侮蔑の言葉くらいは浴びせられるだろうと思っていたからだ。

 しかし、何故か次の瞬間にセレニアが見せたのは、頬を染めながら上目遣いにこちらを見つめるという、なんとも気恥ずかしさに満ちた甘酸っぱい仕草だった。

 こ、コレ……朝チュンのときのやつだーっ!


『謎に朝チュンを知ってるゾンビくん』

『ネットで知ったんかな』

『なんか無料配信の漫画でも読んだのかも』

『漫画で記憶を補うゾンビワロタ』


 コメントで突っ込まれた。

 うむ、ちょっと大人向けな配信漫画で得た知識です。


「あ、あの……申し訳ありませんでした……あんなに乱れてしまって……」


 羞恥に染まった顔で、セレニアがそんなことを言ってくる。

 あ、いえ……別に大丈夫なんで……。

 というか、なんだなんだ、随分とこれまでの彼女と雰囲気が違うぞ。

 セレニアは体を起こすわけでもなく、俺の腕の中で身動ぎしながら、むしろこちらの胸許に顔を埋めてきている。

 ど、どうしよう。反対側ではデス子がそろそろクライマックスを迎えそうだし……。


「わたし、騎士さまのことを誤解しておりました……あなたもまたあの死神に自由を奪われた悲しき虜囚だったのですね……それなのに、わたしをあんなに優しく愛してくれて……わたし、生まれて初めて本当の愛を知った気がいたします……」


 セレニアが潤んだ瞳でこちらを見上げながらそう告げ、ゆっくりとその手を俺の顔に伸ばしてきた。

 そして、まるでそれがさも当然とでもいうかのように口づけをしてくる。

 まずは触れるほど優しさで、そのあとはひたすら深く甘く――見た目の可憐さとは裏腹な貪欲さで、俺の口腔をねぶるように舌を絡めてきた。

 一方、反対側ではいよいよデス子が昂ぶりの頂点に達し、嬌声を上げながらビクンッビクンッと激しくその身を震わせている。


 いや、いくらなんでもカオスすぎやしませんかね……?


 とりあえず、セレニアがいろいろと状況を曲解していることだけは確かなようだ。

 おそらく彼女は俺をデス子の奴隷か何かだと思っているのだろう。

 俺がセレニアを襲ったのも、デス子の命令で仕方なくやったものと解釈しているのだ。


 まあ、別に根本から間違っているわけではない。

 というか、概ね正しい。

 ただ、この前提がおそらくセレニアの認知を少し歪めてしまっている。

 セレニアはこの状況を、俺がデス子の支配下という苦境にありながらも自らを省みず優しく身の回りの世話をした上に愛してくれたもの――と、認識しているのだ。

 その結果、こうして俺に対して身も心も許してくれる結果となったのだろう。


 ――というか、デス子はこうなることを想定してこの状況をお膳立てしたのか……?


『騎士くんになら抱かれてもいい』

『セレちゃん幸せになれてよかったねぇ』

『上からも下からも涙がとまらねえ』

『ティッシュ一箱使った』

『ハッピーエンド』

『次は死神との絡みもみたい』

『ちょっと分かる』

『百合は解釈違いと言っちゃうやついる?』

『まあセレ騎士が尊いとは思う』

『分かりみ』


 すっかり層が変わってしまったセレニア側の視聴者も、何故か歓迎ムードだ。

 どうやら俺たちは、視聴者も含めてセレニアをすっかり抱き込んでしまったらしい。


『デス子:支配力S』

『この点に関してはさすがプロ』

『ゾンビくんもよく働いた』

『うちにもこんな部下が欲しい』

『デス子みたいな上司は?』

『いらね』

『デスよね』

『つーかコイツ一人で勝手に果ててんぞ』

『逆にすげえわ』

『ゾンビは指使いもテクニシャン』


 こちら側のコメント欄はいつものように勝手なことを言っているが、コレ、考えてみたらセレニアも見れるんだよな。

 おまえらちょっとの間で良いから黙っといてくれんか。


「良いのです、騎士さま……すべて存じ上げております」


 唇を離したセレニアが、じっと俺の顔を見つめながら言った。

 あれ、そうなの……?


「はい……それでも、すべて理解したうえで、騎士さまの心根の優しさに心を奪われたのです。わたしは騎士としても敗れた身……ゆえに、この身も心も、貴方のために捧げましょう」


 セレニアの細い指が俺の頬を撫で、再びその顔がゆっくりと近づいてくる。

 ――と、俺の後ろからニュッと伸びてきた手がそんなセレニアの顔をガシッと掴んだ。


「調子に乗らないでもらおうかねェ、お姫ちゃん……!」


 デス子だった。明らかに怒気をはらんだ声をしている。


 まあ、そうなるよな……これは面倒なことになる予感しかしねえぜ……。

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