第十一章 勇者姫の実力

「くっ……わ、わたしは逃げません! 最後まで戦います!」


 すっかり気勢を削いだものと思っていたが、勇者の少女は瞳に涙を溜めながらも自らを奮い立たせるようにそう言って剣を構えた。


『す、すごいよセレ姫!』

『セレちゃんならやれる!』

『さすが勇者姫!』

『ゾンビ野郎なんて膾切りにしてやれ!』


 向こうのコメント欄も賑わっているようだ。


「おゥおゥ、可愛い顔して威勢だけはいっちょ前だなァ? ウチの旦那を誑かした罪はその体で払ってもらうよォ?」


 デス子はデス子で大鎌を構えながら瞳をギラつかせている。

 別に誑かされた覚えはないが……。


『正直嫉妬に狂ったデス子は推せる』

『分かりみしかない』

『デス子は常に暗い感情に狂っててほしい』

『ゾンビくん誑かされて』

『ゾン子も理解を示しているようです』


「ゾン子ちゃん!?」


 デス子が俺たち側の発光体を向きながら悲痛な顔をしている。

 ゾン子の趣味はまだちょっとよく分からんな……。


 それはそれとして、勇者の少女はいちおうまだ戦うつもりではあるようだ。

 どうせ投げ銭でたんまり資金があるのであれば、何かしら勇者側の手段で守護者でもなんでも召喚すれば良いと思うのだが、そういったところまでは頭が回らないらしい。

 自棄になって立ち向かおうとしてるだけで、あくまで冷静さはないということだろうか。


 まあいい。かかってくるというなら好きにすればいい。

 もういろいろと面倒になってきた俺が無造作に少女に向かって歩み寄って行くと、それを隙ととったのか彼女は豪奢な長剣を素早く振り抜いてきた。


 む……? コレは思ったより――早いッ!?


 予想外のその動きに、気づけば俺の体は勝手に動いていた。

 身をよじりながらギリギリのところで一太刀目を躱し、さらに少女が振り下ろしてきた二の太刀も避けて、その切っ先を足で踏みつける。

 しかし、そんなこちらの動きに対して彼女は素早く腕を引くと、俺の足の下から切っ先を引き抜ぬいた流れのままに今度は胴体を狙って鋭い刺突を放ってきた。

 俺は後ろに飛び退きながら長剣でその刺突を払うと、さらに一太刀を浴びせて来ようと踏み込んでくる少女の懐に向かって敢えて突っ込み、その小さな体に思い切り肩から当身をする。

 ドンッ!――と、衝撃とともに少女の体が後方に吹っ飛んでいく。

 俺はそのあと追うように疾駆して少女の体を掴むと、そのまま地面に組み伏せて首許に長剣を突き立てた。


「……ッ……ハァッ……!」


 硬い地面に組み伏せられた少女は、そこで初めて呼吸をしたとばかりに荒い息を吐く。

 どうやら完全に呼吸をとめていたらしい。

 あるいは無意識で本能のままに体を突き動かしていたのか……?

 だとしたら、とんでもないセンスだ。

 先ほどの守護者を相手にしていたときなんかよりも、遥かに身の危険を感じた。


『勇者つえー』

『でもゾンビさらにつえー』

『あの突き弾くのありえなくね』

『いやむしろ当身がやばい』

『当身&押し倒しの流れは神ってた』

『そのまま合体しよう』

『いいね。ヤッちゃえヤッちゃえ』

『ゾンビくんがんばれ』


 いやいや、さすがにそんな流れじゃないだろうよ……。


 少女の長剣は当身の衝撃で手許を離れ、もはや彼女に反撃の術は残されていない。

 あとは俺が少しでも地面に突き立てた長剣を動かせば勝負はつく。


 最初はただ視聴者に煽てられてのぼせ上がっただけの小娘だろうと勝手なことを思っていたが、おそらくこの少女はそんな半端者ではない。

 歴とした騎士なのだ。俺の中にかすかに残った戦士としての残滓がそう告げている。

 この少女を無様に辱めるくらいなら、いっそこの場で切り捨ててやったほうが彼女の名誉のためなのではないか――そんなふうにすら思った。


「だァめだよ、ダーリン……」


 ――と、怪しげな笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込むようにデス子がしなだれかかってくる。

 そして、やんわりと俺の後頭部に手を添えたかと思うと、そのまま少女の顔に向けて無理やり――むぐぐっ! な、なんでェ!?


「んんっ……!? な、なにをするのですっ!」


 少女が思い切り俺の体を蹴り上げてくるが、デス子が背後から乗りかかっているせいで飛びのくこともできない。

 た、頼む――! 股間だけは勘弁してくれ! ゾンビになっても辛いものは辛いんだ!


『ああああセレちゃんの唇があああああ』

『殺すゾンビマジ殺す』

『セレちゃん早くそんなゴミぶっころして!』

『姫が汚された……』


 ポコンポコンと少女の顔の前でコメントが滝のように流れていく。

 というか、なんでデス子は俺とこの少女をキスさせたんだ……?


「そんなの、このお姫ちゃんを汚してやるために決まってるじゃないかァ」


 デス子の口許には非常にいやらしい笑みが浮かんでいる。

 コイツ、ちょっとSっ気あるのかな……。


「ただのお飾りお姫さまかと思ったけど、あんな立派な体技を見せられちゃったら見逃してあげるわけにはいかないなァ……」


 ――なるほど。デス子の考えが分かったぞ。


 コイツ、この少女を眷属化するつもりだ。

 今回は辛くも俺が勝利を収められたが、そもそもこの少女が最初から守護者たちと連携をとり、全力で俺を潰しにかかって来ていたとしたらどうなっていたか分からない。

 つまり、この少女は間違いなく強い騎士なのだ。

 もしも手中に収められたとなれば、間違いなく今後は強力な手駒となってくれるだろう。


 しかし、死者でもないこの少女をどうやって眷属化するつもりだ……?


「女を屈服させる方法なんて、古来から決まってるよねェ?」


 デス子が俺の目をじっと覗き込んできた。


 ――しまった! コイツの魔術は目を見ることで発動するんだ!


 刹那、俺の体が硬直したように動かなくなる——と、思いきや、今度は自分の意思とは無関係に動き出し、気づけば地面に組み敷いていた少女に向かって再び口づけをさせられた。

 しかも、今度はより深く、より長くだ。

 少女の目が見開かれるとともに涙が浮かび、抵抗するように手足に力が込められる。


「ダメだよォ、お姫ちゃん……あなたも楽しまなくっちゃァ……」

「んん……っ!?」


 デス子が俺の頭越しに少女の瞳を見つめ、その瞬間、術中に落ちたのか、それまでの激しい抵抗が嘘のように静まっていく。

 それまでは宝石のように輝いて見えた少女の瞳も深海を思わせる暗い色に淀み、それとは逆に息遣いは荒く、頬の色は紅潮していく。

 俺が長い口づけを終えて唇を離しても少女の口は薄く開いたままで、何かを求めるように舌先だけがこちらに向かってチロチロと伸ばされていた。


『エロすぎワロタ』

『これはメスの顔ですわ』

『デス子は淫魔だった?』

『種族:淫魔 職業:性豪』

『アップデートされた』

『死神要素、鎌だけやんけ』

『さっきスケルトン出してたぞ』

『そういえばそうだったわ』

『ゾンビくんもがんばれ』


 ゾンビくん『も』ってなんだ……?

 アレか、デス子の怪しい術じゃなくて俺のテクニックで堕とせってことか……?

 いや、確かに俺はデス子の使徒ではあるが、別にそういう役回りでは……。


『やめろおおおこれ以上セレ姫を汚すなあああ』

『ころすころすころす』

『ああダメだちょっとティッシュとってくる』

『おま、それでもセレニア親衛隊か!?』

『セレちゃん正気にもどってえええ』


 少女のほうのコメント欄は阿鼻叫喚になっている。

 若干、性癖を拗らせつつある者たちのコメントも散見されるが……。


「まだまだ、こんなもんじゃないよォ?」


 デス子が少女の頬に顔を寄せ、ぺろりと青白い下で舐め上げている。

 そう言えば可愛い子ならイケるとかなんとか言っていたな。

 そして、いつぞやのときのように少女の身につけていた鎧の留め具がパチンパチンと音を立てながら弾けていき、俺の体も自分の意思とは無関係に鎧を外しはじめている。


 はあ、もうどうなっても知らんからな……。

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