第十章 ゾンビ騎士に二の太刀はいらず
疾駆しながら鞘から剣を抜き放つ。
闇の中でも分かるのはその刀身が水面を思わせるような美しく透明な刀身をしていることだった。
僅かな光を反射することで刀身の輪郭は見て取れるが、それでも走りながらだとその正確な形状は分からない。おそらくは両刃の長剣ではあるのだろうが――。
チリチリと、前方から嫌な気配を感じる。
走りながら身をひねると、少し前まで俺の頭が合ったところを光刃が貫いていった。
「ギャーっ!」
後方から悲鳴が聞こえる。
ちゃんと避けてくれてると良いが……。
『デス子の意外と鮮やかな身のこなし』
『ゾンビくんうつして』
『ゾンビ足早すぎてカメラが追いつけてねえ』
『カメラ撃ち落とされたりしない?』
『さすがに大丈夫っしょ』
ポコンポコンと視界の端にコメントが浮かび上がってくる。
とりあえず、デス子は無事だと信じよう。
やがて、前方の薄明かりの中に目標の勇者たちが見えてきた。
背中から光る翼のようなものを生やした鎧のようなやつは――なるほど、アレが守護者というやつか。
ぜんぶで五体おり、そのうちの二体が弓矢のようなものを構えている。
おそらくはコイツらが先ほどから光刃を飛ばしてきているのだろう。
その後ろには剣をもった一回り大きな守護者がおり、うち一体の体には刃物で切りつけられたような大きな傷がついていた。
どうやらデス子が放った大鎌の一撃を受けとめたものらしい。
とはいえ、大したダメージにはなっていないようだ。なかなか頑丈なやつだ。
その後ろにはさらにひときわ大きな守護者がいて、コイツはデカい盾と片手槍のようなものを持っていた。
勇者を守る最後の守護者といったところだろう。
そして、一番後ろに勇者と思しき一人の少女がいた。
その手に豪奢な飾り鍔を備えた長剣を持ち、舞踏会でも出向くのかと思うほど華やかな鎧を身に纏っている。
絹糸を思わせる美しい金髪に宝石のような輝きを持つ碧い瞳、可憐な面立ちながらもその顔は戦いに赴く者の強い意思が宿り、信者ができるのも頷けるといった可憐さである。
『何かを察したデス子』
『人を殺す目をしている』
『嫉妬こわ』
『これは間違いなく死神』
『はじめて死神っぽいところを見た』
『ゾンビくんデレデレしないで』
し、してねえ! 大いなる誤解だ!
刹那、前方の守護者たちが同時に放ってきた光の矢を身をよじりながら躱すと、俺は低い姿勢から踏み込み、守護者の足許を払うように長剣を疾走らせる。
ギィン!――という金切り音とともに火花が散り、しかし、俺が思ったよりもずっと軽い手応えで弓の守護者の脚が両断された。
どうやら、この透明な刃を持つ長剣は相当な業物らしい。
気を良くした俺は、そのまま返す刃でまずは目の前にいる弓の守護者の胴体を薙いだ。
まるで血液のように光の粒子を撒き散らしながらその体が両断され、眩い閃光を放ちながら守護者そのものが弾けるように爆散する。
その閃光の奥で、ようやく状況に気づいた勇者の少女が目を見開くのが見えた。
さて、どう出てくる――?
彼女の指令かどうかは分からないが、無事なほうの弓の守護霊が後退し、代わりに剣の守護霊が獲物を振りかぶりながら前進してくる。
巨大な体躯に巨大な武器――まともに喰らえばひとたまりもないことは想像に難くない。
――ただ、その動きは俺にとってあまりに鈍重すぎた。
俺は一体目が振り下ろしてきた剣を半歩横に踏み込んで躱し、もう一体が薙いできた一刀を姿勢を低くしてやり過ごした。
そして、その低い姿勢から地面を踏み抜きつつ、逆袈裟に切り上げてまずは近いほうの胴体を一閃――両断すると、袈裟懸けに返す一刀でもう一体の守護者も払い抜ける。
二体の守護者が同時に光の粒子を撒き散らしながら弾け飛び、その衝撃を背中で受けとめながら、俺はさらに光の矢をつがえようとする弓の守護者も横薙ぎに両断した。
『無双はじまた』
『おいゾンビくん強すぎる』
『やばすぎん?』
『これは勇者オワタ』
『こんだけ強くてどうして死んだし』
いやほんと、なんでだろうな……?
俺は長剣を構え直しながら、最後に残った盾の守護者に向き合う。
その奥に控える勇者の少女はあまりに一瞬の出来事に頭がついていってないのか、目を見開いたまま完全に硬直しているようだった。
上級の守護者ということだから一時はどうなることかと思ったが、蓋を開けてみれば大した脅威ではなかったな。
盾の騎士はこちらに向かって片手槍を突きつけてきたが、俺は身を捻ってそれをやり過ごすと、まずは槍とともに伸びてきたその腕を切り落とし、そのまま鎧の継ぎ目を縫うように首筋に長剣の切っ先を突き立てた。
そのまま刃を滑らせて切り裂くように長剣を振り抜き、返す刀で再び守護者の首を薙ぐ。
角飾りのついた兜が弾かれたように飛んでいき、首のあった場所から噴水のように光の粒子を撒き散らしてたあと、盾の守護者はその身を爆散させた。
「あ、あ、あ……」
ようやく状況を理解したらしい少女が、目尻に涙を浮かべながら後退る。
その顔の前には、向こうの配信を見ている視聴者からのコメントがポコンポコンと次から次へと浮かび上がってきていた。
なるほど、ポップアップしてきたコメントは第三者にも普通に見えるのか……。
『セレちゃんはやく逃げて』
『ゾンビ野郎マジ殺す』
『にげてにげてにげてにげて』
『頼む魔族セレニア殺さないで』
『難易度詐欺じゃん運営仕事しろ』
『セレ姫逃げてはやく』
ふむ。セレニアとかいうこの少女が酷い目に合うことを望むようなコメントがないのは、モデレータがそういう書き込みをする視聴者をあらかじめ排除していたからだろうか。
となると、仮に今から俺がこの勇者を手にかけようものなら、コメント欄が大荒れになってしまうわけだよな。
それはなんというか、ちょっと心が痛まないでもないな……。
「なァにを甘っちょろいことを言っているんだい!」
デス子がやってきた。
そういえば、スケルトンの援護とかまるで必要なかったな。
「いやー、わたしも配信画面を見てびっくりしたよ! 強い騎士だというのは知っていたんだけど、ホントにとんでもないね! やっぱりあのときは薬でも盛られてたのかなァ……」
あのとき……? そういえば、デス子は俺が死んだときの状況を知ってるんだったな。
まあ、あまり深くは言及しないでおくか。
以前にも思ったが、あまり自分が死んだときのことは知らないほうが良い気がするのだ。
『ゾンビくん毒殺説?』
『そういえば顔色悪いよね』
『たし蟹』
『それはゾンビだからだろ』
『顔色良いゾンビもいるかもしれねえじゃん』
『たし蟹』
『蟹って言いたいだけだろおまえ』
うちのコメント欄は平和だなぁ……。
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