第九章 モデレータ:ゾン子

 そういえば、現場に行かずとも侵入してきた勇者側の配信を特定してナビボードから相手の状況を確認したりはできないのだろうか。


「実はそれ、わたしも考えたんだけど、残念ながら警告が出た時点で自分の配信画面しか見れなくなっちゃうみたいだねェ……ま、当たり前の仕様っちゃ当たり前だけど」


 まあ、それもそうか。

 それじゃ、とりあえず行くだけ行ってみますかね。


『ちなみに俺らは両方見れるよ』

『良かったなゾンビくん、勇者は可愛い女の子だぞ』

『デス子NTR不可避』

『闇落ち反転デス子が見れるわけか』


「甘ァい! 甘いよ、諸君! こう見えてわたしは可愛い女の子ならいけちゃう口さァ!」


『3Pくるコレ?』

『ヤベエ期待あげ』

『でも、勇者つよそう』

『魔物オワタ』

『もう1セットくらい召喚しといたら?:200DP』


 うわ、なんか流れで投げ銭もらえちゃった。

 というか、それってもう撃退されてしまったってことか……?


「おゥ……ダーリン、ちょっとヤバいかも」


 デス子が青い顔でこちらにナビボードの画面を向けてくる。

 覗いてみると、マップ上から召喚した魔物を示す点がすべて消えてしまっていた。


 えっ、瞬殺……ってコト!?

 ま、マジかよ。だとしたら、魔物を召喚するだけDPの無駄かもしれないな……。


「背後の部隊もやられてるということは、こっちの情報を向こうに流してる視聴者もいると思ったほうがいいねェ!」


 なるほど……まあ、俺たちが向こうの勇者の性別を教えて貰えたように、俺たちのやりとりを勇者側に伝える視聴者がいてもおかしくはないか。


 ひとまずナビボードで勇者の位置を確認しながら、俺たちはダンジョンを進んでいく。

 このダンジョンは畑に作った疑似太陽以外に光源はないため、勇者が普通の人間なら何かしら明かりを灯して探索をしているはずだ。

 一方、夜目の効く俺たちに光源は必要なく、これは大きなアドバンテージになる。

 言ってみればそれは闇の中に潜伏ができるということであり、見通しの良い通路で待ち構えていれば、場合によっては相手の不意を打つことだってできるかもしれない。


 俺たちはダンジョン内で最も長い直線通路の端で勇者の到来を待ち構えることにした。


『向こうの配信BANされたわ』

『モデレータ優秀じゃん』

『こっちの情報は筒抜けです』

『ここはモデレータおらんの?』

『いるわけないじゃん。こいつらアホだもん』

『ゾンビくんがんばれ。わたし、モデレータやろうか?』

『うわ、ゾンビくんがんばれが喋った』

『シャベッタァー!』


 どうやら配信中のコメントは通知設定をオンにすることでナビボードの状況に関わらず表示させることができるようだ。

 今の俺はナビボードでマップを表示させている状態だが、視界の端っこにポコンポコンとコメントの文字だけがポップアップしてくる。

 しかし、モデレータというのはいったいなんだろう。


「悪質な視聴者をブロックしてくれたりする管理者のことだねェ! 本来はわたしたちがするべきことなんだけど、その権限を視聴者にも分けてあげることができるのだよ!」


 なるほど。よく見れば、それぞれのコメントの横にはIDであったり固定の名前が表示されていて、誰がどんなコメントをしたのか分かるようになっている。

 いつも俺を応援してくれる視聴者には、いつの間にかゾン子という固定名がついていた。


 あれ? 前からそんな名前ついてたかな……?


『いまつけた。IDは固定だから隠しておかないと向こうの配信に凸ったときバレる』

『ゾン子優秀じゃん』

『デス子より優秀』

『ゾンビくん抱いてやれよ』


「デス子ちゃんモデレータ任命するからさっそくコイツらをBANしてェ!」


 敵が近いから大きな声を出すな。

 というか、向こうの配信ではゾン子って表示されたりしないのか?


『ハンドルはチャンネルごとに設定するものだから大丈夫だと思う』


 ほう、そういうものなのか。


『ゾンビくん何も知らねえじゃん』

『記憶喪失なんじゃん?』

『あーさよけ』

『デス子は記憶あるけど何も知らねえ』

『デス子はもちっと勉強しろ』

『ゾン子と変われ』


「ゾン子ちゃん、今すぐコイツらをBANしてェーっ!」


 だから大きな声を出すな。


 ――と、コメント欄に急に何人かの視聴者を強制退出させたとのアナウンスが流れる。


『BANキタコレ』

『ゾン子仕事早いやん』

『マジ優秀』

『でも俺たち無事じゃん』

『そこも含めて優秀』

『ほぼ全員BANしたけど、向こうのモデレータがたぶんまだ潜伏してる。わたしと同じで仮ハンドルつけてたから、IDが分からない』


 なるほど、その辺りの条件はイーブンというわけか。


『じゃあ、これからはゾン子がスパイやればいいじゃん』

『ゾン子の腕が試されるな』

『期待あげ』


 そうか、今後の勇者との戦いはこうやって互いに視聴者の手も借りながらやっていくことになるわけか。

 これはちょっと難しい戦術が要求されそうだな……。


『今分かってること。勇者の名はセレニア。本人の強さは分からないけど、すでに視聴者の中に信者っぽい人がたくさんいて、投げ銭でかなり強い守護者を召喚してる。たぶん引き連れてるのはぜんぶ上級以上だと思う。装備もかなり強そう』

『あーね』

『俺らが見れてたときでも投げ銭でトータル10万Gくらいいってたよ』

『なんかすごい剣買ってなかった?』

『防具は見た目重視の指定されてたな』


「姫プレイってやつだねェ……」


 何か思うところがあるのか、デス子が奥歯をギリギリと噛み締めている。


『デス子嫉妬なう』

『しゃーねぇ俺が恵んでやるよ:100DP』

『マジかよ男前』

『これはデス子のアソコもびしょ濡れですわ』


「100DPは最小単位だろうがよォ!」


 だから大きな声を出すなって……。


 ――と、いよいよ通路の先にぼんやりと光が見えてきた。

 どうやら接敵のときは近いようだな。

 デス子が魔術的な何かで遠距離攻撃ができるなら先制攻撃をしかけたいところだが……。


「ごめんよ、ダーリン、わたしの魔術は相手の目を見る必要があるんだ」


 あー……確かに、体を拘束されたときはいつも目を見られていた気がするな。


「あとはまあ、役に立つかは分からないけど……」


 デス子がその場で大鎌をひと振りすると、地面に赤い光で次々に魔法陣のようなものが浮かび上がってくる。

 そして、その魔法陣の中から人間の骨と思しきものが次から次へと生えてきた。

 これは――スケルトンか!?

 そうか。死神だから俺のように死体を使徒にするだけでなく、そもそもこうやってDPを使わずに死霊の類を召喚することができるのか。


『デス子やるじゃん』

『さっさとやっとけよ』

『つっかえ』

『わたしはデス子ちゃんも応援してるよ』

『ゾン子優しい』

『デス子と変われ』


「ええい、この腹立たしさとともに行けェ! 我が軍勢よォ!」


 デス子が大鎌を通路の前方に向けて振りかざし、それを合図にワラワラとスケルトンたちが通路の奥に向かって進軍していく。

 せめて黙って見送ってくれれば良いものを、今の声で相手にバレてやしないだろうな。


 ――と、何故か不意に首筋がチリチリっとするような感覚がした。 

 次の瞬間、俺は自分でも気づかぬうちにデス子をその場に押し倒していた。


「うぇあっ!? ちょ、ココで!? わたしはいつでもウェルカムだけどォ!」


 そんな場違いなことを言うデス子と俺の真上を、ものすごい勢いで光の筋が貫いていく。

 おそらくは勇者――あるいは守護者が放った攻撃だろう。

 まともに食らっていたらどうなっていたことか……。


『おお、ゾンビくんやるやん』

『なんで分かったん?』

『騎士の勘じゃね』

『ゾン子ちゃん攻撃くるなら教えてやれよ』

『無茶言わないで。映像にはラグあるし間に合わない。ていうか、今のはわたしが見るより先にゾンビくんのほうが動いてた』

『ゾンビくんやばいやん』


「おォ……ダーリン、やっぱイケメンなだけじゃなくて強い騎士だったんだねェ」


 何故か俺の下でデス子が感激したように瞳を潤ませている。

 まあ、よく分からんが、おまえの見る目も良かったんだろうよ。


「くっ……その言葉はいくらなんでもラブすぎるぜっ! んーっ!」


 んぶっ……!? こ、こんなところでキスをしてくるな! 戦闘中だぞ!?


『デス子ブレねえ』

『ここでおっぱじめてこそ本物』

『さすがに死ぬわ』

『本人は別に死んでもよさそう』

『それでこそデス子』


 くそ、暢気なコメント欄だな……!

 俺はデス子を引っ剥がすと、そのまま通路の奥を見やった。

 デス子が召喚したスケルトンは謎の光によってあっという間に爆散されている。

 どうやら思った以上に勇者側の守護者とやらが強力なようだ。


 デス子、おまえはちょっとここで待機してろ。


「うぇ? ダーリンはどうするわけ?」


 俺一人ならどうにかなる……気がする。

 もともと実体化したせいでデス子はすでに本来の状態ではないのだし、後ろから先ほどみたいにスケルトンでも召喚してくれればいい。今は前に出るべきじゃない。


「……分かった。でも、それなら突破口はわたしが作るぜ!」


 デス子はそう言うと、両手で大鎌を腰だめに構え、そのまま前方に向かってブーメランのように放り投げた。


「死神の大鎌はよく斬れるよォ! さあ、ゾンビくん、行ってきなァ!」


 なるほど、花道というわけか。

 よし、記憶はないが、元騎士としてひと暴れしてくるとしよう。


 俺は通路の奥に見える薄明かりに向かって、思い切り地面を蹴り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る