第八章 勇者姫きたる
どろんこまみれになった甲斐あって、無事に500DPを拝領することができた。
視聴者の皆様には感謝したい。
「視聴者のニーズを適切に理解するわたしにも感謝してほしいねェ!」
パンツすらはかずに種植えをするデス子は無視して、俺は植え終わった畝から順番にバケツで水を撒いていった。
畝に直接かけると根腐れをする可能性もあるから、あくまで土を湿らせるように水を撒くのがポイントなのだそうだ。
とはいえ、根が伸びていない状態では水を吸い上げる力も弱い。
芽が出るまでは種の植えられている周辺についてもしっかりと土を湿らせておこう。
次に俺はDPメニューから疑似太陽という現時点でリストに載っている中で最大級の光源を一つ獲得した。
これは1フロアを丸ごと真昼なみの明るさにしてくれる光源で、植物の生育にも非常に適したもののようだ。
しかも、光源は勇者にとって有利に働くということから、これだけ強力な光源であるにも関わらず必要DPが低いというおまけつきだった。
もちろん、光源を設置するごとにダンジョンの危険度が下がってしまうため、本来であれば全体のバランスを考慮した上で設置しなければならないものではある。
ただ、俺たちの場合はそもそも現時点の危険度が最低値なので、あまり気にする必要はない。もとより、勇者を呼び込もうという気概すらないわけだし……。
さて、これでとくに問題がなければ、一週間後には季節の野菜が実ってくるはずだ。
あとは毎日の水撒きだけしっかり忘れないようにしよう。
野菜を収穫できたときのことも考えて、調理器具などもDPメニューから獲得しておいたほうがよいだろうか……。
――と、そんなことを考えていた矢先、急にナビボードが真っ赤に点滅しはじめ、画面全面に『警告』という文字が大きく表示された。
「うォっと! ついに勇者が侵入してきたみたいだねェ!」
な、なんだと!?
デス子がその場で手を掲げ、その瞬間に脱ぎ散らかされていたパンツやブラジャーが吸い寄せられるようにデス子のもとへと戻ってくる。
そして、それらが身につけられると同時にバサッと黒いローブが出現してデス子の体を包みこんだ。
す、すげえ。こんな早着替えができたのか。
「そりゃ、死神だからねェ! それより、ダーリンもすぐに装備を取ってくるといいよ!」
そういえば、俺にもいちおう剣と鎧くらいはあったな。
慌てて隣の小部屋に戻ると、俺は大急ぎで鎧と長剣を身に着けた。
俺のあとを追って、魔トックを携えたデス子もこちらの部屋に駆け込んでくる。
「この大鎌ちゃん、普段は穴掘り道具でも戦闘となればわたしの武器だからねェ! 今だけは返してもらうよ!」
そういえばそうだったな。というか、別にそのまま持っててくれていいけどな。
「穴掘りとかは面倒くさいからゴメンこうむるよ!」
そうスか……。
それはそれとして、勇者についてだ。
ひとまずナビボードでダンジョンの全体図を表示してみると、入口のあたりに今まで見たことのない剣のようなマークが表示されていた。
「コレが勇者の現在地だねェ」
なるほど。ダンジョンマスターは侵入者の位置が分かるようになっているのか。
逆に勇者側はダンジョンの構造や俺たちの位置といったものは分からないのだろうか?
「うーん、わたしは勇者側のことはよく分からないからなァ……」
――と、そのとき、デス子のナビボードに表示されていた配信画面でズラズラっとコメントが動いた。
『勇者側はマッピング機能はあるけど全体図まではないよ』
『ダンマスの位置とかも表示されんね』
『有益情報キタコレ』
『センセー、ここに人族のスパイがいます!』
『いや、勇者側の配信も見てるだけやで』
『魔族のスパイでした! 通報しますね!』
『ワロタ。やめてやれ』
おお、なんかよく分からんが親切な人が教えてくれたぞ。
そういえば前に見た人族の配信では、視聴者とやりとりをしながらゴブリンを嬲り殺しにしていたな。
つまり、交戦中であっても基本的にライブ配信は継続されているということか。
「まァ、魔族と人族の血みどろの争い自体が見たいっていうニーズもあるからねェ。わたしたちのチャンネルを見てくれる人たちはたぶん違うと思うけど……」
『勇者が可愛い女の子だったときはゾンビくん頼むぞ』
『ゾンビくんがんばれ』
『全裸待機』
『男だったら殺していいから』
『俺は男でもいいよ』
『デス子が襲うのもあり』
『それってNTRになるん?』
『ゾンビくんNTRれても別に気にしなさそう』
「そ、そんなことないよねェ!? わたしの心も体もダーリンのものだよ!? だから勇者が男だったらちゃんとわたしを守ってくれたまえよ!? 嫉妬してくれたまえよ!?」
はいはい、分かった分かった。
『むしろゾンビくんをNTRれる展開希望』
『デス子闇落ち不可避やろ』
『死神が闇落ちとか逆に反転するんじゃね』
『天使として再誕か』
『ゾンビくんをNTRれたショックで性のシガラミから開放されるんやな』
『そのほうが良いんじゃね』
『たし蟹』
「よくなァーい!」
何やらデス子が発光体に向かって叫び散らかしている。
そんなことより侵入者のほうだ。
ダンジョンマップに表示されている剣マークの周りには小さな点がいくつもあるが、これはひょっとして勇者の仲間を示しているのだろうか。
『そうだよ。守護者ってやつ』
『人族側の魔物みたいなもんやな』
なるほど。魔族側が魔物を使役するように、人族側は守護者とかいうものを使役することができるわけか。
そういえば、俺たちもDPメニューから魔物を呼び出せるのだったな。
基本的にはそうやってダンジョン内に魔物を召喚して勇者を撃退するというのがセオリーになってくるのだろうか。
「そうだね! ただ、幸いにも相手は一人、わたしたちは二人だから、魔物なんかに頼らず自らの手で返り討ちにするという方法もあるよ!」
デス子が何やら好戦的なことを言っている。
まあ、デス子は俺を拘束したときのような何か攻撃的な魔術を使えるのだろうが、俺は満足に戦えるのかどうかも分からんしな。
そもそも鎧が傷だらけになって死んだということは、戦いに負けて死んだのだろうし。
「いやいや、ダーリンは強い騎士だったよ! 多勢に無勢でやられただけだからね!」
む……? デス子は俺が死んだときの状況を知ってるのか?
「そりゃ知ってるさァ! わりと悲惨な死にかただったって言っただろォ?」
そういえばそんなこと言ってたな。
まあ、自分の死んだときのことなんて別に振り返りたいとも思わないし、このまま記憶の闇に葬っておくことにするか。
「まあ、せっかくだから魔物召喚をしてみるのも手かもねェ! ほら、DPメニューの中に魔物召喚パックってのがあるのが分かるかなァ?」
デス子に言われるがままに、DPメニューを確認してみる。
――確かに、魔物召喚パックというものがあるようだ。
下級、中級、上級、超級とあり、下級と中級に関しては(自)と(眷)の二種類がある。
説明によると、(自)については自発的に動く魔物であり、ダンジョンマスターや勇者の区別なく目についた標的に襲いかかるもののようだ。
一方で(眷)のほうは最初から眷属化されたものだが、その分だけ(自)に比べて必要なDPが高めに設定されている。
上級や超級に関しては最初から眷属化されたものしかないようだが、その分、必要なDPはおいそれと手が出せない数値設定になっているようだ。
「個人的には下級魔物パック(自)あたりを適当に2、3セット召喚して適当にぶつけてみたらいいんじゃないかなァ? 下級の魔物なら万が一があっても対処できるだろうしねェ」
ふむ。デス子がそう言うならそうしてみるか。
まずはDPメニューから獲得して……なるほど、ダンジョン内の何処に召喚するかは自由に選べるみたいだな。
勇者にあまり近いところは選択できないみたいだから、まずは進行方向側に1セット召喚して、退路を塞ぐため背後側にも1セット召喚しておこう。
先ほど投げ銭でもらった500DPがさっそく役に立ってくれるわけだ。
「良い感じだねェ! それじゃ、さっそくどんな感じになってるか現場を見に行ってみようか!」
デス子が実にウキウキとした様子で言った。
いやいや、遠足に行くんじゃないんだからさ……。
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