第三章 はじめてのお買いもの
「はっはァ! 実はダンマスにできることは穴掘りだけではないのだよ! ……っていうか、穴掘りだけじゃダンジョンにならないでしょ! 常識的に考えて!」
デス子がテンション高めに突っ込んできた。
まあ、確かに。記憶喪失の俺でも、ダンジョンといえば魔物がいたり宝箱があったりという程度のイメージはあるな。
それだけダンジョンというものには普遍的なイメージがあるということか。
「そのとおり! このダンマスメニューを見たまえ!」
そう言って、デス子が半透明のボードを最初に見た画面に切り替える。
彼女の指はボードに記されたDPという文字列を指していた。
DP——さしずめダンジョンポイントといったところか。
「惜しい! ダンマスポイントだよ!」
別にどっちでもよかろうよ。
「ともあれ、このDPを使ってダンジョンをより魅力的にするのもダンマスの仕事のひとつなのさァ!」
ダンジョンを魅力的に……か。
——いや、待て。
ここに来て今さらだが、そもそもなんでダンジョンなんて作ってるんだ?
「そりゃ戦争に勝つためさァ!」
いや、ダンジョン作ってそこに引き篭ってたって、戦争には勝てんでしょうよ。
「違う違う! この戦争はポイント制! 魔族側はいかに勇者を返り討ちにするか、人族側はいかにダンジョンを攻略するかでポイントを競い合うんだよ!」
ま、マジか。わりと平和的な戦争……なのか?
「まあ、返り討ちにしても色々あるからねェ! そのへんはダンマスの裁量次第じゃないかなァ? それに、勇者サイドだってダンマスを手にかけないとはかぎらないからね!」
まあ、それもそうか。
というか、ダンジョンの攻略っていうのは何をもって成否が判断されるんだ?
「そりゃダンジョンコアを破壊されたらアウトさ! ブレイクダウンさ!」
ダンジョンコア? ここにはそんなものはないが……。
「作ってないからね! その場合はダンマスが死んだらアウトさ! つまり、デッドオアアライブということだねェ!」
おいおい、マジか。じゃあ、ダンジョンコアを作っといたほうがいいのかな。
というか、さっきからちょいちょい謎の言語を使ってるが、ちゃんと用途に合った使いかたできてんのか……?
「ノープロブレムさァ! ちなみにダンジョンコアはDPを使って作ることができるよ! さっそくDPメニューを見てみよう!」
そう言って、デス子が今度はそのDPメニューとやらに表示を切り替えてくれる。
すると、ずらっとリストのようなものが現れ、イメージ画像のようなものとその名称と簡単な説明、それに必要DPが記載されていた。
メニューの表にはリワードリストと書いてあり、どうやらDPという対価に応じた報酬を獲得できるという仕組みになっているらしい。
ちなみにダンジョンコアは——100DPか。
今の所持DPが200DPだから、半分くらい使う計算になるわけだな。
……ん? 必要DPの数字がマイナスになってるものもあるな。
「よく気づいたね!」
デス子がニカッと笑った。
必要DPがマイナス表記になっているものは、どうやら宝箱や金貨袋といった勇者側にとって有利になるもののようだった。
「DPはさまざまな入手方法があるけど、最も手っ取り早いのはこうやって勇者が喜びそうなお宝を配置することなのさァ! こういったダンジョン内のお宝のグレードは勇者たちにも伝わるようになっているから、高価なお宝を置けば置くほど強い勇者たちが攻めてくる可能性も高くなるけどねェ!」
なるほど。つまり、高価な宝をたくさん置いて、その分で得たDPでダンジョンを強化、攻めてくる勇者たちをバッタバッタと返り討ちにするという戦法も可能なわけか。
「イグザクトリィ! ハイリスクハイリターンというわけだねェ! あ、ちなみに設置した宝箱にインタラクトできるのは勇者たちだけだから、わたしたちが中身をいただくということはできないよ! ヒジョーに残念だけども!」
まあ、それはそうだよな……。
「もちろん、はなからそう言った方法は避けて、ローリスクローリターンでシコシコと配信業に勤しむってのもありさァ!」
あ、そうか。敢えて勇者たちと戦わなくても、配信のほうで注目を浴びることができればそれで生計を立てることができるんだったな。
ふうむ、どうしたものか……。
「ま、視聴者はダンマスと勇者の熱い攻防戦を期待してるだろうし、スローライフで視聴者を稼げるのは一部の才能ある配信者くらいさ! わたしたちは地道にダンジョンを作って勇者と小競り合いをしていこうぜェ!」
小競り合いとか言っているあたり、小物感が漂うな。
まあ、あまり大きなリスクを取るつもりはないってことか。
「痛いのはイヤだぜェ!」
俺のような使徒を作ってまでダンジョンマスターに志願したくせに、いまいち肝の座らない女だな。
まあいい。魔トックが使えるようになるまで他にやることもないし、ひとまずDPを使って何ができるのか確認してみるか……。
——ん? なんだ、これ。『デス子のマッサージ』……?
「え? ……あっ……え、ええーっ!? の、残ってたの!?」
何故かデス子がめちゃくちゃ慌てている。
なんだなんだ……?
「あ、えと……DPメニューって、実はダンマスに申請するときに三つだけ自分の好きなメニューを追加できることになってて、例えばものすごいお宝を召喚するとか、すごい回復の泉を作るとか、あと、定番だとめっちゃ強い魔物を召喚するとかできるんだけどォ……」
ふむ。ちなみにこのメニューには謎に『デス子のマッサージ』が三つも並んでいるわけだが……。
「いや、いや、ちょっとそれは戯れで! 思いつきで登録したんだけど、やっぱあとで消そうと思ってたやつでェ……!」
デス子は顔を真っ赤にしてDPメニューの表示されたボードを消してしまった。
むう。こんな露骨に怪しい態度を取られると気になってしまうな。
あの半透明なボード、俺でも出したりできないのか……?
——と、試しに念じていたら今度は俺の目の前に先ほどの半透明のボードが出現した。
なんだ。俺でもできるじゃないか。
「あーっ! わーっ! ダメっ! ダメだよ! 絶対にダメーっ!」
デス子が俺の表示したボードの前に手を突っ込みながら執拗に操作の邪魔をしてくる。
よほど都合が悪いと見えるな。
ここまでされると逆に嗜虐心を唆られてしまうのだが……。
「ひどいっ! ダメだよ! 命令です! 今すぐにメニューボードを閉じなさいっ!」
知らぬ。どうやら俺はデス子の使徒ではあるらしいが、彼女に俺の行動を束縛するまでの権限はないらしい。
俺はそのまま先ほどのDPメニューを開くと、リストの一番下にある『デス子のマッサージ』を改めて確認する。
どうやらランクが三つあるようで、上から『軽』『並』『極』となっている。
必要DPは下から50、100、200だ。
今の状態でも普通に購入——という表現で良いのかは分からないが、とりあえず獲得可能なようだな。
ちなみに説明欄にはシンプルに『気持ちよくなる』とだけ書いてある。
「な、なんでェ!? わたしにはその程度の価値しかないってこと!? ちょ、いくらなんでも失礼じゃない!? 半人前だから!?」
なんか急に怒り出してる。
面白そうだから『極』を買ってみるか。
別に疲れを感じてるわけではないが、いちおう死者蘇生だかなんだかを受けたばかりだし、いきなり穴掘り作業もやらされているわけで、肉体自体は酷使されてることだろう。
「あーっ!? あああ……ど、どうなるの!? コレ、どうなるの!?」
俺がDPメニューから『デス子のマッサージ・極』を獲得したのを見て、デス子が目を白黒させながらそこらじゅうを飛び回りはじめる。
——と、急に糸が切れたようにその体が地面に落下した。
びたんっとその場に突っ伏して、大の字になったまま動かなくなる。
心なしか、それまでは背後が透けているように見えていたその体もはっきりと見えるようになっている気がした。
——まさか、実体化したのか?
「う、うっ……こうなるのねェ……わたしのバカ……なァんであんなふざけた内容を登録しちゃったのよォ……」
デス子がゆっくりと顔を上げた。
もうしっかり完璧に泣きべそをかいていた。
なんかちょっと可哀想になってきたな……。
相変わらずまったく状況は理解できていなかったが、俺はひとまずデス子のそばまで歩み寄ると、その手を取って立ち上がらせてやった。
どういったわけか、やはりデス子は実体化しているようだった。
「ダメ……触らないで……」
何故かデス子は俺の手を振り解いた。
ギュッと両手を握りしめたまま、真っ赤な顔で俯いている。
というか、赤くなるのか。実体化した影響かな。
ずっとプカプカと浮いているせいで気づかなかったが、並んで立ってみるとデス子の身長は俺よりも随分と低いようだった。
あるいは俺が高身長だという可能性もあるが……。
「あ、あの……」
――と、急にデス子が額をコツンと俺の胸に押しつけてきた。
なんだ? 触らないでと言っていたのではなかったか?
「……マッサージ……するから……」
熱っぽい口調でデス子が言い、それと同時にものすごい勢いでその場に押し倒してくる。
そして、不可思議な力で俺の四肢は拘束され、何故か身につけていた鎧の繋ぎ目が音を立てて弾け飛んでいく。
な、なんだ……!? 何が起こっている……!?
「ご、ゴメンねェ……正直、わたしもワケわかんないんだけどォ……ちょっとコレは、自分でも抑えられないかもォ……」
そのままデス子は俺の上に馬乗りになると、荒い息を吐きながら顔を寄せてきて——そのまま、貪るように俺の唇に吸いついてきた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
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