第3話 「主人公」と「モブ」

モブの俺がこんなスラム街にいたらいつ殺されるかも分からない。やはり主人公が住む街に行きたい。主人公が住む街ならなかなか殺されることもないだろう。


そしてこれまでモブとして生きてきた経験からすると主人公とは仲良くなっておくに限る。いるだろ?馴染みの店の店主的な奴。そういう奴は生き残りやすいんだ。


主人公を探すと決めたら、あとは簡単だ。

有名なやつを探すといい。

大体そいつが主要人物だ。案外すぐ見つかるかもしれない。


「おい!辺境の国の王子が伝説の剣を抜いたそうだ!」

「勇者が見つかったらしい!」

「この王都に呼ばれたらしいぞ!」



…本当にすぐだったな。こいつが主人公なら、モブのやることはひとつだ。


「…勇者…すごい人なんだろうな(棒読み)」


「はっ…気楽なもんだな」


モブの役割を全うする俺を見て、表通りからやってきた商人モブが声をあげて嘲笑する。


「ケッ…勇者の何がすごいんだか!あんなやつすぐ死ぬだけだろうよ」


!?


何をやっているんだ…死ぬぞ…

主人公やヒロインを馬鹿にするのはモブとして危険な行為だ。即不幸な目に遭う。


「おい!やめた方がいいぞ」

「はぁ?本当のことだろうがよ…今回の勇者はそんなに強くない軟弱者って噂だぞ」


「軟弱者ですまなかった」

「!?」


突然、後ろから降りかかった声に商人は慌てて振り返った。


ほら…こういう時に主人公は現れる。


「軟弱者ながら、平和のために命を捧ぐ覚悟だ。応援願いたい。」

「あ、あぁ…」


勇者らしき男に手首を掴まれ、商人は動けなくなっていた。

さすが主人公だ。俺達モブとは存在感が違う。

こいつと友好的な関係を築ければ生き残れるだろう。


「勇者様ー?どこにいったのー?」

仲間らしき女の声が聞こえ、やっと勇者が手を離すと、商人は一目散に逃げていった。


「勇者様ー?あっ、いたー!」

声のする方向を振り返ると3人のドレスを着た女がいた。

ドタドタと音を立てながら3人は競うように勇者に擦り寄った。

そのうちの1人がリヒトを蹴飛ばし、顔にヒールが刺さる


「っ…」

痛みを堪えていると、女が甲高い声を上げる。

「キャァ!!汚いガキが靴についたわっ!!」

「可哀想に!靴を洗わないと」

「もう履けないわ!」


…本気か?


泣き叫ぶ女達はこちらを蔑むというよりも、本気でスラム街に住む俺たちと触れた靴が汚れたと思っているようだった。


「あぁ…」


初めて勇者がこちらに顔を向けた。

勇者は眉目秀麗だった。金髪を靡かせ、自信満々に剣を背負っている。


そして…彼の身体から見えるモヤのような光。

前世の「主人公」に会った時にも、こいつと同じような光が見えた。間違いなくこいつが主人公だ。そう思わせるオーラがあった。


勇者は口を開いた。


「スラム街のものなど、触れずとも空気ごと汚れてしまっただろう。ドレスを買い直した方がいい。」


………。


勇者がリヒトに話しかける


「どうしたんだ少年。勇者はすごいって言っていたよな?」


…モブが生き残るには、主人公と友好的に過ごすしかない。


「…はい、すごいと思います。」


フン、と鼻で笑って勇者は続けた。


「この辺りは法が行き届いていない。だからこその無法地帯だが…ならば俺も何をしても構わない、かっ」


言い切ると同時に勇者はパン屋の品を蹴飛ばした。

ガシャンと音を立てて木を並べただけの店はすぐに崩れ落ちた。


パン屋のおばさんは黙ってパンを拾う。

勇者という名前を聞いて言い返してもどうしようもないことを悟ったのだろう。


「おい、そこの女!こんなとこでガキ産んでも不幸なだけだ!」


赤ん坊を抱えた若い女性を勇者は笑いながら押し倒そうとする。赤ん坊の泣き声が大きくなり、路地に響く。


………これが、主人公か?


思わず飛びかかろうとするのを堪える。自分が馬鹿にされるのはいいが、母同然の人々が侮辱されるのは耐えられなかった。


前世でのことを思い出す。

俺はとにかく目立たないようにしていた。

ウイルスが蔓延する世界。昨日の味方が今日、ウイルスに感染し化け物になりうる世界。


俺はとにかく生き延びることを優先した。虫を食い、限界の時には人の死体すら食った。ナイフを握り、かつての仲間を容赦なく殺した。そして、主人公に媚を売り、なんだかんだ助けてもらうポジションを手に入れた。


モブの俺にとって生きるために主人公に媚びることは必要だった。


「おい、底辺の奴らが喚くな!」


主人公には能力があり、運がある。物語を進める力がある。それを持たない俺達モブは頼るしかない。主人公に逆らえば生きていけない。


今世でも前世のように、主人公に頼るしかない。


…前世?


前世のあいつらが、主人公だったから俺はついていったのか?


「この抗体が完成したら…今生きてる、お前らは自由に暮らすことができるんだ」

「あいつらは戻ってこないけど、せめて生き残って力を貸してくれたお前らを助けたいんだ」


前世の主人公はそう言っていた。


そうか。思い出した。

俺は、彼が元々主人公だったから彼に媚びた訳じゃない。


彼が世界を救う意志を持って立ち上がり、主人公に、なったから俺は力を貸したんだ。


「こいつらにはどうせ戸籍もない。何をしても罪にはならないぞ」


勇者は、取り巻きの女達の方を向いたまま、その場にあったバケツをこちらに投げた。


ガシャン!


ずぶ濡れになった俺を見て、勇者はさらに笑った。


「はっ、悪いな少年。隣のババアにかけるつもりだったんだが……っ、は?」


俺はしゃがんでその場にあった石を拾い、勇者に投げつけた。


「…何をする、このガキ」


勇者がゆっくりと下を向く。

しかし俺はそこにはいない。


死角に入り、パン屋から鍋を借り、中身を下に捨てると洗濯紐にかけて遠心力で強打した。


「っ、ああ"っ?」


勇者が睨みつける。


「お前、俺が誰だかわかってるのか。」


勇者が剣を抜こうとこちらに進み、先ほど下に引いた油に滑って尻餅をつく。


前の世界で必要だったのは、美しい戦い方ではなく、その場にあるものを活かした戦い方だ。


「!っ…ああ"?おい、手を貸せ!」


勇者はなんとか立ちあがろうと、周りの女に助けを求めた。


俺はその隙に勇者が背負う剣を抜き、彼に向けた。


「少なくとも、主人公じゃない。」

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