第19話 ギルドの裏切り
張り紙の内容、それを一瞬僕は理解することはできなかった。
冒険者の迷宮入りを禁じることは、冒険者に対するこの迷宮都市で最大の罰則だ。
だが僕の記憶が正しければ、そんな罰則を与えられるような罪を犯した記憶など無かった。
そもそも冒険者に対して不当な暴力を振るった記憶など、まるでない。
「はは、いい気味だなぁ」
…… 背後から聞こえてきたのは、動揺する僕に対する嘲りを隠そうともしない言葉だった。
動揺していたせいか、僕はその声の主に苛立ちを覚える。
「………え?」
だが、背後を振り向き声の主の正体に気づいた瞬間、僕の中の苛立ちは霧散した。
「昨日ぶりだな、欠陥治癒師」
冒険者ギルドの受付から、僕に声を浴びせてきたのは、昨日返り討ちにした戦神の大剣のリーダーだった。
彼は昨日、完膚無きまでに負けたにもかかわらず、僕に対して怯えなどの感情を浮かべていなかった。
それは明らかに不審で、だからこそその態度を見た僕はある可能性に気づくことになった。
そんな理由で罰せられることは、通常であれば絶対にあり得ない。
しかし、それ以外にこの罰を受ける理由が思いつかなかった僕は、ありえないと思いながらも、その可能性を口にしていた。
「………まさか、僕に不当な暴力を振るわれたと訴えたのは」
そう尋ねながらも、僕はそんな理由で自分が罰を受けることになったなんてまるで信じていなかった。
他の冒険者ギルドは知らないが、この迷宮都市のギルドに関しては、冒険者の私闘に過剰に干渉してくることなどありえない。
それこそが、戦神の大剣に襲われたことをギルドに報告しなかった理由だ。
冒険者が死ねば話は別だが、それ以外なら冒険者ギルドは関わろうとしない。
それに、もし冒険者ギルドが私闘に介入してきても、罰に問われるのは先に仕掛けてきた戦神の大剣の方だ。
あの一件で、迷宮の出禁が命じられる程の罰を受けるわけがない
「おお、ようやく分かったか?そう俺たちだよ」
だがリーダーの男が、嘲りと優越感の入り混じった醜悪な笑みを浮かべ告げた言葉は、その僕の想像を裏切るものだった。
「…………は?」
その言葉に、僕は同様を隠すことが出来なかった。
一瞬、頭にその言葉が僕を嘲るための嘘なのではという考えが浮かび、誰かが目の前の男の言葉を否定してくれるとを期待して周囲を見回す。
「っ!」
……ギルド職員達が自分に嘲りの目を向けてくるのに気づいたのは、その時だった。
ギルド職員達は、数日前までの媚びるような態度、それが嘘だったかのようにこちらを嘲る視線を向けていた。
一方戦神の大剣の方には、媚びるような視線を送っている。
「……そういうことか」
そのギルド職員達の様子に、僕はギルド職員達が自分を切り捨てたことを悟った。
もう僕とナルセーナが専属冒険者になるつもりはないことを、ギルド職員達は知っている。
だからギルド職員達は、早々に僕たちを切り捨てたらしい。
他の専属冒険者、戦神の大剣のご機嫌伺いをするために不正を働くという形で。
つまり、僕に貸された罰則である迷宮の出入り禁止は、明らかに不当な罰だった。
おそらく、戦神の大剣がギルドに僕への報復を頼み、専属冒険者のつてが欲しいギルド職員達がそれを了承したというところだろう。
「……腐りきっている」
それを理解した僕は、最早怒りを抑えることが出来なかった。
忌々しげに、そう言葉を漏らす。
「っ!」
「ひぃっ」
僕の怒りを隠そうともしない言葉に、ある程度実力のある戦神の大剣のリーダーだけではなく、ギルド職員も動揺を漏らす。
特に、一度僕と戦った戦神の大剣のリーダーは隠しきれない怯えをその顔に浮かべていて、その反応に僕は、脅すような形で交渉すれば、罰則が解除できるかもしれないという希望を覚える。
「これはギルドの決定。余計な抵抗はさらに状況を悪くするだけだぞ」
「………っ」
しかし、そんな僕の考えはギルドの奥から聞こえてきたその言葉に、否定された。
苛立ちを覚えながら僕が声の方向を向くと、そこにいたのは以前災禍の狼の件で関わったギルド職員ハンザムが立っていた。
僕はハンザムへと怒気どころか、殺気さえ込めた視線を送る。
けれど、他のギルド職員たちと違いハンザムはその視線を受けても、まるで反応を示すことはなかった。
そのハンザムの様子に苛立ちをさらに募らせながらも、僕は口を開いた。
「今回の罰則は明らかにおかしい。最初に手を出してきたのは相手だ。疑うならば誓約書を書いてもいい」
「ん?」
僕の言葉に、一瞬ハンザムが表情を変える。
その様子に一瞬僕は、淡い期待を抱く。
もしかしたらハンザムは、話を聞く気があるかもしれないと。
「ああ、すまない。貴様のそのお粗末な頭では理解できなかったか。先程のお前の発言、それが私の言う余計な抵抗だ」
「…………は?」
だからこそ、次の瞬間ハンザムが告げた言葉に僕は、一瞬反応を返すことが出来なかった。
一拍おき、ハンザムの言葉を認識した僕は、怒りで目の前が赤く染まるような錯覚を抱く。
強く噛み締めた歯が、ぎり、と音を鳴らす。
だが、その激情を僕はハンザムに叩きつけることはなかった。
「……不満があるなら王都にでもいけ」
激怒を露にする僕を前にし、ハンザムも緊張を隠すことはできていない。
それでも、ハンザムは頑として僕から目を離そうとはせず、その頑なな態度に僕は抵抗しても事態が悪くなるだけのことを理解させられる。
整理することのできない怒りを覚えながら僕は、最後にハンザムを睨み付けることしか出来なかった。
ギルドの外へと向かいながら、僕はこの先へと思いを向ける。
迷宮を狩り場に出来ないのは、僕とナルセーナだけではなく街の人にとっても大きなことだ。
未だ新しく街に素材を入れるようにになった冒険者達では、下層の素材を得られない。
つまり僕とナルセーナがいなければ、街に下層の素材が行き渡らないのだ。
いや、そもそもその前にナルセーナにこの事を知らせなければならない。
そう、先のことへと思考を回しながら僕は足を進める。
しかし、ギルドを後にしてから暫く歩いた人気のない路地で、僕は立ち止まった。
……今まで必死に、思考を回すことで気持ちが落ち込まないようにしてきたが、もう限界だった。
僕の頭に、ナルセーナに思いを告げるために作っている首飾りが、ナルセーナに隠れて家を見ていた日々が蘇る。
「…何で、今」
耐えきれずこぼした言葉、それを聞くものは誰もいなかった……
◇◆◇
帰宅後、謝罪と共に迷宮のことを告げた僕に、ナルセーナが怒ることは無かった。
それどころか、まるで事態に気づいていなかったことを謝罪された程だ。
そして、それは街の人達も同じだった。
突然の僕達にもう街に素材を入れられない、と告げられたにもかかわらず、街の人達は誰一人として文句を言うことはなかった。
今までのことに感謝こそすれ、文句を言うのは御門違いだと。
けれど、そう告げる街の人達の顔に浮かぶ焦燥は隠しきれていなかった。
「……っ!」
街から宿屋に戻る道すがら、やり切れなさから僕は思わず唇を噛みしめる。
数日前、新たな冒険者の参入を喜んでいた街の人達の顔が頭に浮かぶ。
……だが、どれだけこの事態を悔もうが、僕には最早どうすることもできない。
「……ジークさんなら」
僕の頭に、この事態を打開できるかもしれない存在が浮かんだのは、その時だった。
今までも世話になっているジークさんに、また頼ってしまうことになるが、今は躊躇している場合ではない。
そう覚悟を決めた僕の目には、強い光が浮かんでいた。
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