第18話 ラウストの本心

「……………え?」


僕の言葉に、ジークさんは呆けたような声を上げた。

それから少しの間ジークさんはその状態で固まってしまう。

その姿にまだ意味が分からなかったのだろうか、という心配を僕は抱く。


「あ、いや、すまない。まさか、そこまで覚悟を決めていたとは……」


しかし少しして、ジークさんは我に帰った。

どうやら、僕の心配は杞憂だったらしい。

驚きで少し固まってしまっていただけのようだ。


「いえ、大丈夫ですよ。話を続けても大丈夫ですか?」


「あ、ああ」


そのことを理解した僕は、ジークさんの意識がしっかりしていることを確認し、話を続けることにする。


「パーティー共同住宅についてなのですが、僕は今は買うつもりはありません。……理由は情けないことですが、ナルセーナと同じ家にいて、間違いを犯さないという確証が、僕には持てないからです」


僕は自分自身に自己嫌悪を覚えながら、それでも嘘偽りなくジークさんに話す。

もちろん僕は、欲望に負けてナルセーナに手を出すつもりはない。


……それでも、絶対にそれが可能かと聞かれれば、それに僕は頷けないだろう。


言い訳に聞こえるかもしれないが、それぐらい僕にとってナルセーナは魅力的すぎる女性なのだ。


「だから僕は、ナルセーナが手を出すことを認めてくれる関係にならない限り、共同住宅を買うつもりはないです。もしかしたらナルセーナは、僕が手を出しても許してくれるかもしれない。……それでも、ナルセーナが悲しむ可能性があるなら、僕は安易な行動はとりたくはない」


それが、僕が共同住宅を購入しない理由だった。

僕が同じ宿屋に泊まることを変えようとするのも同じ理由だ。

ナルセーナは恐らく僕を嫌ってはいないだろう。

だけど、ナルセーナが僕に抱いている感情が親愛か、恋愛か分からない限り、僕はナルセーナに手を出すつもりはない。


だから僕は、告白する前に共同住宅を買うつもりはなかった。


「そ、そうか……」


その僕の言葉に、ジークさんは顔に驚きを浮かべ、それだけ告げる。


「……いや、それだけ覚悟を決めているなら、何で告白していないんだ?」


だが次の瞬間、ジークさんは何か疑問を覚えたらしく、顔を怪訝そうなものにして疑問を口にした。

それは、当然の疑問だった。

ナルセーナの話を聞いたならば、彼女がどれだけ共同住宅を望んでいるか分かるだろう。

それだけナルセーナが共同住宅を望んでいながら僕が告白していないのには、とある理由があった。


「……実は、まだ告白の前準備が整っていなくて」


「前準備?」


「はい。実は告白を受けて貰えたなら、ナルセーナに渡そうと思っていた首飾りがまだ未完成なので……」


「あっ」


その僕の言葉に、次の瞬間ジークさんは何かに気づいたように声を上げた。

その表情を見て、僕はジークさんが気づいたことを悟る。

ジークさんと出会う直前、僕が装飾品の店にいた、その理由に。


そう、現在装飾職人のナシアさんに僕が依頼しているものこそが、ナルセーナに渡そうとしている首飾りだった。


「もし、ナルセーナが告白を受けてくれるなら、何か形を残したいって考えていたんです。そうすれば、ナルセーナは間違いなく喜んでくれるだろうから」


僕は、首飾りをナシアさんに依頼した時の気持ちを思い出しながら、ジークさんへと話す。


……装飾品に凝った結果、ナルセーナを待たせ過ぎてしまったのは、迂闊だったとしか言えない。

けれども首飾りを頼んだのは、出来る限りナルセーナの喜ぶようにことを進めたいと考えての行動だった。


「……何というか、そこまでするとは」


僕の話を聞き終わった時、ジークさんの顔に浮かんでいたのは隠しきれない驚きだった。

その言葉は、ジークさんが僕の言葉に疑問を覚えている何よりの証拠。

だが、そのジークさんの言葉に僕が不快感を覚えることはなかった。


何故なら、それが冒険者にとって当然の反応だと僕は知っていたから。


冒険者の間の恋愛、それは普通もっとドライだ。

高位の冒険者の中には、女性を物扱いする人間もいる。

そんな冒険者たちの恋愛とは、肉体関係が主であることが普通だ。

それを知るジークさんからすれば、ここまでする僕が異質に見えても仕方ないだろう。

しかし、他人にどう思われようが、僕にはどうだって良かった。


「これくらいのこと、何でもないですよ」


ナルセーナが喜んでくれるのならば、僕には他の人間がどう思おうが些事でしかないのだから。

そう思える程、僕にとってナルセーナは特別な存在だった。


僕の頭に、今までのナルセーナとの思い出が蘇る。

数年前、馬車の中で話したこと。

稲妻の剣から追放された時、真っ先にパーティーメンバーとなってくれたこと。

変異したヒュドラと二人で戦ったこと。


今や僕にとってナルセーナは、ただ意中の相手というだけの存在ではなかった。

かけがえのない恩人で、唯一無二の信頼できる仲間で、そして誰よりも愛おしく思える存在。

それが、今の僕にとってのナルセーナ。

僕では、そんなナルセーナを特別なんて陳腐な言葉で言い表すことしか出来ない。


だが、その言葉に込められている思いは、決して弱くはない。


「例え不器用だって笑われても、僕は自分のできる限りナルセーナを喜ばせたい。喜ぶナルセーナがみたいんです」


だから僕は、ナルセーナを喜ばすために全力を尽すと決めているのだ。

ナルセーナから貰った大きな恩を返すことはできないかもしれない。

それでも、自分の感謝の気持ちを伝えるようと、そう決めたのだ。


「……本当に、変わっているな」


その僕の言葉を聞いたジークさんは、そうぽつりと言葉を漏らした。

その目は見開かれており、ジークさんの動揺を示している。


「だが、悪くない」


だが次の瞬間、ジークさんはそう笑った。

その言葉に、僕もまた笑みを浮かべる。

どうやらジークさんも僕と同じように考える人間だったらしい。


「……まあ、ナルセーナの気持ち次第で全部無駄骨だったりするんでけどね」


……しかし、とある懸念を思い出した僕は、笑みを曇らせた。

そう、ここまで準備して来て何だが、僕は未だナルセーナが告白を受けてくれるか分からない。

嫌われていないだろうが、ナルセーナが僕に抱いたいる感情が親愛なのか、恋愛なのか、判断出来ていないのだ。


「……鈍いな」


「え?」


しかし、そんな僕の真剣な悩みを聞いたジークさんが浮かべたのは、呆れを隠そうともしない表情だった。


「あの態度をみて………いや、これは俺の口から言ってはならないな」


その表情に唖然とする僕に対し、ジークさんは続けて何かを言おうと口を開くが、直ぐに首を振って言葉を中断した。

その態度に、僕は不審げな目を向けるが、それ以上ジークさんが言葉の続きを口にすることはなかった。


「まあ、なんだ。お前なら大丈夫だと思う」


ただ代わりに、ジークさんは不器用な励ましを口にする。

そのジークさんの言葉に、僕は小さく笑いを漏らした。


ジークさんは僕に対して、冒険者として異様だと言っていたが、それはジークさんも同じだった。

こんな風に恋愛相談を聞いてくれるお人好しの冒険者なんて、僕は見たことない。

そんなことを考えながら、僕は笑う。


「色々とありがとうございました」


そして、もう話さなければならないことを話したと判断した僕は、椅子から立ち上がり頭を下げる。


「ああ。頑張れよ」


そのジークさんの言葉を最後に、僕は店を後にした。




◇◆◇




喫茶店を出た後の僕の足取りは軽いものだった。

ここ数日僕は、もう少しでナルセーナに想いを告げなければならないという想いで、少し緊張を覚えていたのだが、ジークさんに色々と話した後で、いい具合にリラックス出来たらしい。

そのことをジークさんに感謝しながら僕は足を早める。


現在、僕が向かっているのは、ジークさんに止められる前に行こうとしていた冒険者ギルドだった。

資金に関しては、超難易度魔獸を討伐した分が残ってあり、かなり潤沢だ。

だから、本来であれば僕がクエストを受ける必要はない。


だが、資金が多くて困ることはないだろうし、それ以外にも僕にはクエストを受けたい理由があった。

それは戦神の大剣と戦った時には出来なかった身体強化を試すこと。

それ以外にも、ナルセーナへの思いを改めて確認したからかやけに体が昂っていた。


ギルドについた僕はその昂りに背を押されるまま、クエストを探し始める。


「……………は?」


だが次の瞬間、冒険者ギルドの受け付けにでかでかと貼られた張り紙を目にし、僕の顔から血の気が引くこととなった。


……その張り紙には、冒険者パーティーに不当な暴力を働いたとして、僕、ラウストとそのパーティーが迷宮にはいるのを禁じると書かれていた。

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