第20話 迷宮都市に残る理由

ギルドから不当な罰則を与えられた翌日、僕はジークさん達が住まう共同住宅を訪ねた。


「すいません、突然来てしまって」


「いや気にしなくていい。どうしたんだ?」


共同住宅の中一人魔剣を整備していたジークさんは、突然訪れたにも関わらず、僕を快く家の中に招き入れてくれた。

けれど、ジークさんの機嫌が良かったのは初めの間だけだった。


「……実は迷宮の出入りを禁じられてしまって」


「…………は?」


次の瞬間、僕の言葉を聞いたジークさんは、唖然と言葉を失うことになった。

そんなジークさんに僕は、今までの経緯、ナルセーナがギルドに確認に行っていること、そしてなんとか迷宮の出入り禁止を解きたいことを話す。


「……ギルドの連中は何を考えている」


全てを話し終える頃、ジークさんの顔から動揺は消え、代わりに怒りが浮かんでいた。

ジークさんの手には今まで整備していた魔剣が握られており、このままギルドに殴り込みに行きかねない様子で、僕は焦りを覚える。


「……くそ」


だが、ジークさんはギルドに向かうことはなく、少しして悪態をついて魔剣を手放した。

いくらギルドの方に非があろうが、殴り込みに行っても事態は解決しない。

それどころかさらに状況が悪くなりかねない。

いくら冷静でなくとも、その判断をジークさんが誤ることはなかった。


そう今の状況は、最早力押しでどうにかなるものではない。


それこそが、僕がジークさんに相談しに来た理由だった。

ジークさんはギルド直属冒険者として、かなりの権限を有する。

そのジークさんなら、ギルドの不当な罰則を取り下げてもらえるかもしれないと考えたのだ。


「ラウスト達には、アーミアの件とフェニックスの件の恩がある。だから今回の件、俺は出来る限り協力させてもらうつもりだ。……だが、迷宮の出入り禁止を解くことは俺には出来ない」


「……え」


……その僕の希望は、ジークさんの言葉に儚く散ることになった。


「……今回に関しては、俺の権限ではどうすることもできない」


ジークさんの言葉には、僕に対する罪悪感が込められていた。

そしてそれは、ジークさんの言葉が嘘ではない何よりの証拠だった。

ジークさんでもどうすることが出来ないことを理解し、僕は思わず唇を噛みしめる。

その僕の様子に、その顔に苦渋を滲ませながらジークさんは言葉を続ける。


「迷宮の出入りを禁じることは、支部長しか持たない権限だ。俺の権限では、他のギルドならともかく、この迷宮都市支部長の決定を覆すことはできない」


「なっ!?支部長が!」


ジークさんの口から出た支部長という言葉。

それに僕は動揺を隠すことができなかった。


僕の記憶が正しければ、この迷宮都市の支部長となどあったことも無いし、よって恨まれる覚えもない。

それに今回の一件は、戦神の大剣と僕達のパーティーの諍いが原因。

そんな些細な諍いに、支部長程の人間が出てくるのは、明らかにおかしい。


一体何故、自分は支部長に目をつけられたのか、その答えを探してジークさんの方へと目を向ける。

だが、その行為は無駄でしかなかった。


「……すまない。俺にもわからない」


その顔に浮かぶ怪訝そうな表情、それはジークさんもその答えを知らないことを示していた。

つまり、今回の支部長の僕に対する不当な罰則は、ジークさんですら分からない理由で行われたことらしい。

その事実に、得体の知れない怖気を覚えた僕は顔を引攣らせる。


何故、何が目的で僕に支部長が手を出したのか、様々な想像や憶測が僕の頭を支配する。


「一つだけ俺にも分かることがあるとすれば、君達は出来るだけ早く迷宮都市を後にしたほうがいい」


次の瞬間響いたジークさんの真剣な声が、僕を現実に戻すことになった。


「理由は分からないが、この迷宮都市の支部長が君達に何か企んでいるのは明らかだ。だとしたら、速やかに迷宮都市を後にしたほうがいい。王都であれば、俺の伝手があるし、君達なら簡単に名を挙げられる」


そのジークさんの提案は、一番の最善策だった。

その内容は紛れもない正論で、言葉には僕に対する気遣いも込められている。

ジークさんが本当に自分を気遣って、真剣に考えたものであることは間違いないだろう。


「……お気遣い、ありがとうございます。でも、僕は迷宮都市にまだ居たいんです」


それを理解しても、僕はその提案を受け入れることができなかった。

まさか断られると思っていなかったのか、ジークさんが驚きを露わに目を向けてくる。

そのジークさんの反応に罪悪感を覚えるが、僕はジークさんの提案に頷くことはできない。


「今は絶対に迷宮都市を後にするわけにはいかないんです。せめて、僕達の代わりに下層の素材を街に卸せる冒険者が出てくるまでは」


そう告げながら、僕の頭に浮かんだのはこの1ヶ月ですっかりお馴染みになった街の人々の顔だった。

今まで僕にとって迷宮都市は、決して好きになれるような場所ではなかった。

そうだったはずの迷宮都市に、僕が愛着を覚え始めたのがいつだったか、もう僕は覚えていない。


それでも、迷宮都市に愛着を覚えるようになった原因が街の人達の存在であることを、僕は確信していた。

たしかに、今の僕の幸せはナルセーナの存在があったからこそのもので、ナルセーナが唯一無二の存在であることは変わらないだろう。


だが、街の人達の存在が僕の人生にさらなる彩を与えてくれたのも、また事実なのだ。


「僕は、この迷宮都市のあの街を潰したくないんです。ジークさんの提案は、本当に有り難いものなんですが、それでも、まだ僕はこの場所を去ることはできない」


だから僕は、迷宮都市を後にしたほうがいいというジークさんの提案に頷くことができなかった。

僕が迷宮都市を後にすることは、この迷宮都市の街を捨てるのと同義であると、分かっていたから。

せめて、僕達の代わりの冒険者が現れ、自分が居なくなっても立ちゆくようになるまで、僕はこの迷宮都市に居たいと考えていた。


僕が迷宮都市に残りたいと思う理由は、一つではなかった。


「それに……」


もう一つの理由まで口にしようとし、一瞬僕は躊躇してしまう。

もう一つの理由は、あまりにも個人的な理もので、人に積極的に言いたいものではなかった。

けれど、ジークさんにナルセーナへの想いを伝えていたことを思い出し、僕は今更かと微かに笑い、口を開いた。


「もう一つ、ナルセーナのことで僕には迷宮都市でしたいことがあるんです」


「ナルセーナのこと?」


僕の言葉にジークさんの顔に疑問が浮かぶ。


「はい。ナルセーナの家のことで」


だが、次の僕の言葉にジークさんの顔に僅かな動揺が浮かんだ。

それを見て、僕はジークさんもナルセーナの家のことを知っていたことを悟る。


「ナルセーナ自身は上手く隠せていると思っている様子ですが、ナルセーナの家が貴族だろうことは分かっています。……家族との不和も」


「そこまで……」


その言葉にジークさんが驚きを示すが、僕にとってナルセーナの家に関することは決して難しいことではなかった。

貴族の令息や令嬢が人間が冒険者なろうとすれば、親の貴族が反対するのは簡単にわかるし、昨日の王都行きを反対するナルセーナの様子からも、そのことは簡単に想像が出来たのだから。


「おそらく、ナルセーナの両親は僕の存在を決して許さないでしょう。王都の綺麗な冒険者とは違う、僕のような冒険者がナルセーナの側にいることを」


そして、僕が想像できたのはそれだけではなかった。

かつて偶然耳にした他の冒険者の貴族に対する愚痴、それを思い出しながら僕は、自分は貴族に受け入れられないだろうことを確信する。

いや、もしかしたら僕は貴族に受け入れられることがあるかもしてない。

その考えは慢心でもなく、それは歴とした事実だ。

それでも、今の僕とナルセーナの婚姻を貴族が許すことはないだろう。


「だから僕は、貴族でさえ黙らせるような手柄が欲しいんです」


それを理解していたからこそ、僕はある決断を下した。

それは、かつて欠陥治癒師であった頃からは考えられない偉業を成すこと。

だが、その事実に不思議なほど僕の心は揺れ動かなかった。

そんなことは些事でしかない、そう言いたげに。


そんな今までの自分からは考えられない変貌と、その変貌の理由となった少女に思いを寄せながら、僕は口を開いた。


「僕は、この迷宮都市で超一流冒険者になるつもりです」

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