第3話 兄弟子との出会い
突然僕の肩に手を置き、仲間宣言をする人物が現れたのに、ナルセーナは目を見開いて驚きを露わにする。
「……お兄さん?」
そして次の瞬間、その言葉とともに僕へと、疑問に思っていることを隠そうとしない視線を向けてくる。
何が起きたのか、説明してほしいというように。
……だが、説明して欲しいのは僕の方だった。
僕の記憶の中には、こんな声をした男性の知り合いなんていないし、ナルセーナ以外の仲間もいない。
つまり、全く心当たりがないのだ。
普通に考えれば、この男性は嘘をついているのだろうが、この状況で嘘を付く理由、いやそもそも何故この場に現れたのかが、僕には理解できなかった。
状況だけ考えれば、ナンシーから引き離してくれようとしているこの男性は僕らの味方と取れるかもしれない。
だが、僕らに一人男性のパーティーメンバーが増えたところで、ナンシー含めたギルド職員達が僕達のことを諦める訳がない。
つまり、男性が僕達を助けてくれようとしているのならば、仲間だと声をかけてきても無駄でしかない。
だからこそ、何故急に声をかけてきたのかその事に対して疑問を抱きながら僕は振り返る。
「───っ!」
……そして僕が、自分に声をかけてきた男性の異常さに気づいたのは、その時だった。
目の前の男性はかなり逞しい身体で、整った顔立ちの男性だった。
前衛の冒険者の身体は強靭なことが多いが、それよりも一回り大きなその身体はさぞ人目を引くことだろう。
だが、そんな事は僕にとって些事でしか無かった。
…… 僕の意識を奪ったもの、それは男性から感じる、威圧感のようなものだった。
その威圧感に、僕は自分を鍛えてもらった超一流の戦士である、ロナウドさんを思い出す。
そして男性の威圧感が、記憶にあるロナウドさんと同質のものであることを理解する。
「ぎ、ギルド直属冒険者様………」
「………え?」
……その事実に、一瞬呆然と動きを止めた僕の意識を戻したのは、顔を強張らせたナンシーが漏らした言葉だった。
直属冒険者、それは一流冒険者の中で一番、超一流冒険者に近いと言われている冒険者だった。
ギルド直属の冒険者は、専属冒険者と違って、パーティーを組んでいなくても認定されることがある上、待遇は専属冒険者の比にならない。
一般的な認識は、専属冒険者のさらに上位冒険者、というものだろう。
そして、そんな冒険者が迷宮都市のギルドにいることに、僕は驚きを覚える。
だが同時に、直属の冒険者だからこそ、これだけの実力を有しているのか、と納得する。
「直属冒険者である以上、専属冒険者にされると動きが阻害される」
突然の展開に驚きつつも、男性が自分を助けようとしてくれていることには気づいていた。
直属冒険者となれば、有する権限は支部長レベルだと言われる。
もちろんギルド本部から独立した権限を有する迷宮都市では、そこまでの権限を有せないだろう。
それでもナンシーのようなただのギルド職員では、口答えさえ出来ないのは変わらない。
その自分を立場を利用して、男性はナンシーや、ほかのギルド職員に睨みを効かせようとしているのだ。
これ以上、僕に関わるなと。
「で、ですが、私は……」
だが、その警告を受けてもなお、ナンシーはそう口を開く。
未だ僕の存在を諦められていない様子で、男性に向かって口を開く。
「何か文句でもあるのか?」
「っ!い、いえ……」
だが、ナンシーの言葉はその一言で封じられる事になった。
その声には、苛立ちのようなものが込められていて、それを受けたナンシーの顔は、蒼白になっている。
これ以上彼女が、男性に向かって口答えすることはできないことを、僕は悟る。
……そして、そのナンシーの姿を見て僕に声をかけようとするギルド職員はいなかった。
僕に口惜しげな視線を向ける人間もいるが、男性に守れている僕に対してちょっかいを出そうとする人間はいない。
「さあ、行こうか」
それを確認した男性は、僕とナルセーナにそう笑いかけ、そう告げた。
「えっと……」
その男性の言葉に、ナルセーナがその顔に疑問を浮かべる。
決してナルセーナが、男性に助けられたのに気づいていない訳ではない。
それでも突然現れた男性に対して、色々と疑問を隠せていないのだろう。
「ナルセーナ、今は黙ってついて行こう」
「は、はい」
だが僕はナルセーナを制止する。
今はまだ、その話を聞く時ではないと。
そして、その男性に促されるまま、僕はギルドを後にしたのだった……
◇◆◇
「何も言わず、突然仲間面をしてしまって混乱させてしまったと思う。すまない」
ギルド直属の冒険者である男性が、謝罪と共に頭を下げたのは、ギルドを後にし人目に付かない場所に来た時だった。
「い、いえいえ!気にしないでください」
「そうですよ!」
その男性の行動は、全く想像していなかったもので、僕とナルセーナは慌てることになった。
僕達は必死に男性へと、自分達はまるで気にしていないことを伝えようとする。
正直、ギルド直属の冒険者が態々助けてくれた事に関しては、少し疑問を抱いている。
だが別に謝罪してほしいなんて、微塵も思ってはいない。
「こっちとしては御礼を言いたいぐらいなんですから!」
「そう言ってくれるとありがい」
そのことを告げた僕に対し、男性は安堵したような雰囲気で、頭をあげた。
「あれが最善だと思ったが、強引な方法だったからな……」
どうやら男性は、想像以上に仲間を偽ったことを気にやんでいるらしい。
確かに、今まで他の冒険者に強引なパーティー勧誘を受けて敏感になっていたこともあり、最初仲間だと言われたときはかなり驚いた。
けれども、男性に対して思うところなど何もなかった。
それどころか、感謝を抱いているぐらいなのだから。
「いえ、あの時連れ出してくれたことには本当に感謝しているんです」
「本当にありがとうございます!あの時、私たちだけでは上手くギルド職員から逃げることが出来なかったと思うので……」
だから、僕とナルセーナは男性の懸念を払拭するべく、感謝の言葉を告げる。
「それなら良かった。だが、別に礼なんていらない」
それに男性は照れたように笑う。
けれども、男性は僕たちの感謝を受け入れることはなかった。
「兄弟子が、弟弟子を助けるのは当たり前のことだろう?」
「……え?」
「……は?」
……そして次の瞬間、男性が発した言葉に僕のナルセーナは呆然となることになった。
男性がここまで気を使ってくれるのには、何か訳があることぐらい僕もわかっていた。
だが、まさか突然兄弟子が現れるなんて、想像できるわけがなかった。
しかし、その一方で納得している自分も頭の中には存在した。
何せ男性からロナウドさんと同質の威圧感を感じた理由、それは明らかになったも同然なのだから。
そして、その事に思い至った時、僕の頭にとある名前が浮かび上がる。
それはロナウドさんが、数多くの弟子のなか一番の実力者だと評した弟子の名前。
「ジーク、さん?」
次の瞬間恐る恐るその名を告げた僕にたいし、男性もといジークさんは笑みを浮かべ頷く。
「ああ、はじめまして、だな」
それが、僕と兄弟子であるジークさんの初めての出会いだった。
◇◆◇
その後、僕たちとジークさんは会話する場所を街の喫茶店へと移した。
その移動する間も含め、ジークさんは何故僕たちが弟弟子だと分かったかの理由など、様々なことを説明してくれた。
ジークさんは今回、師匠と共に迷宮都市に訪れていたらしく、その道中で僕らの名前と特徴を聞いていたらしい。
そして、そのすぐ後に僕とナルセーナが有名になったことで、ジークさんが一方的に僕たちのことを知っている状況になったわけだ。
……ついでに、何故師匠と一緒に来たのかという質問に関しては、ジークさんは困ったような笑みを浮かべるだけで答えてくれることはなかった。
どうやら聞いてはいけない類いの話らしい。
災禍の狼の件で、師匠が迷宮都市のギルドに対して何かしていたのは気づいていたが、想像以上に大事になっているのかもしれない。
これでは、僕たちが協力を申し出ても余計事態がややこしくなるだけかもしれない。
「……だったら、その件に手を貸すてのは無しか」
そう判断した僕は、喫茶店の中小さく呟いた。
実は喫茶店に着く前、僕とナルセーナは話し合い、何かジークさんにはお礼をしなければならない、という結論を出していた。
だからこそ現在僕は、喫茶店の中お茶を飲みながら、ジークさんにどうお礼をするかを考えていた。
……だが、たった今協力できないと分かったジークさんの仕事以外、頭の中には案が無かった。
僕とジークさんは今日が初対面で、諸々のことを考える材料が少なすぎたのだ。
「ジークさん、何かお礼をしたいんですが……」
少し後、自力で協力することを考えるのを諦め、そうジークさんへと話しかけた。
「はい!何でもいいので是非……まあ、ここ数日は時間が無いかもしれないですが」
そしてそんな僕に便乗するように、ナルセーナもジークさんへと話しかける。
どうやら、ナルセーナも思いつかなかったらしい。
「いや、気にしなくて良い。……と言いたかったのだが、すまない。一つ頼みごとをさせてもらって良いだろうか?正式な依頼として」
そんな僕達の言葉に対して、ジークさんはどこか気まずそうな表情で言葉を重ねる。
「君達と、一時的な臨時パーティーを組ませて貰いたい」
「………え?」
「臨時、パーティーですか?」
次の瞬間、ジークさんの言葉に僕とナルセーナは動揺を隠せなかった。
臨時パーティー、つまりジークさんは一時的にに同じクエストを攻略しようと言っているのだろう。
だがジークさん程の人間が、態々臨時パーティーで挑もうとするクエスト。
それは一体何なのか、と一瞬困惑を抱く。
「っ!」
しかしとある依頼を思い出した僕は、ジークさんが臨時パーティーを組もうと言った理由を納得することとなった。
あの魔獣を相手にするなら、ジークさんが念に念を入れて準備しようとしても不思議ではないと。
それは僕とナルセーナが、近々討伐しようとしていた、迷宮下層に現れた超高難易度魔獣。
「フェニックスを倒すのに、力を貸して欲しい」
そのジークさんの言葉に、討伐対象が重なったことを理解し、僕とナルセーナは息を呑んだ。
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