第2話 冒険者ギルド

街で騒ぐだけ騒いだ翌日の早朝。

僕とナルセーナは昨日の夜更かしで、眠気を覚えながらもギルドに向かっていた。


「久しぶりに街に戻れたので、もう少しゆっくりしていられたら良かったんですけど……」


ギルドに向かう道中、ナルセーナがぽつりとそんな言葉を漏らす。

その告げたナルセーナは時々、名残惜しそうに街の方向を見ていた。

そして、その気持ちは僕も同じだった。


久しぶりに街に戻った、そういうには短いかもしれないが、変異したヒュドラを倒した後、僕たちは二日間程度街に戻れていなかったのだ。

短期間で変異したヒュドラをギルドも気にしていたらしく、ギルドに拘束され、ヒュドラについての情報提供を求められたのだ。


その結果、二日間で僕達は深い疲労を覚えることになっていた。

正直、今日に関しては宿屋で休んでおきたいくらいだった。


「……ごめんね。出来る限り、あの依頼は僕達で受けておきたくてさ」


「いえいえ、気にしないでください!あの依頼を受けていた方がいいと思うのは私も同じ意見ですから」


……しかし僕達には、疲労を覚えながらも、休むという選択肢が取れないとある事情があった。


それは、最近貼られたとある依頼の存在。

杞憂かもしれないが、その依頼に対して僕とナルセーナは危険性を感じていた。

だからこそ、僕とナルセーナは確実性を高めるために自分達でその依頼を達成することを決めた。


……何せ、最悪の事態が起こればどれだけ恐ろしい存在になるか、僕達は理解しているのだから。


出来る限り早めに事態を収めようと、僕は心の中で決心を固める。

そうすれば最早、何を気にすることもなく、日常を送れるのだから。


「……いや、問題はそれだけじゃない」


しかしその瞬間、僕はとある気がかりを思い出した。


「ギルド……」


僕が思い出した気がかり、それは冒険者ギルドのことだった。

思わず呟いた僕の頭の中、昨夜酔った勢いでメアリーさんがポツリと漏らした言葉が蘇る。


……ギルドは私たちを追い出そうとするかのように、素材の値段をつり上げているという言葉が。


それは正直考えられない言葉だった。

通常、ギルドと素材を扱う街は切って切れない関係にあり、ある程度の不正ならともかく、明らかに追い出そうとするような行動はできないのが普通だ。


街が装備を売って冒険者を強化し、強くなった冒険者から仕入れた素材を売って儲ける。

そしてギルドから得た素材で街は発展する。


それがギルドと街の関係性で、街の人間がいなくなれば冒険者の数も減り、ギルドは大きな痛手を負うことになる。

そのことを考慮すれば、メアリーさんの話は信じられないもので、酔った人間の戯言だと流すべきかもしれない。


……しかしそれでも、僕はギルドに対して疑いを抱いていた。


僕にそう話したメアリーさんの表情は真剣そのものだった。

そんな表情で、嘘を付くとは思えない。


そして、それ以前に僕はギルドを信用できていなかった。

昨日変異したヒュドラについて説明したときの、ギルド職員、ハンザムの態度を僕は思い出す。

僕が話をする間、ハンザムは熱心に僕の話を聞いていた。

今まで僕がギルド職員に抱いていたイメージが変わりそうになるほど、真剣な様子で。


だが、僕の話を聞く間、ハンザムは始終冷静そのものだったのだ。

驚きもせず、安堵もせず。


……まるでヒュドラの変異など、些事でしかないというように。


そのハンザムの態度に、僕はひどく嫌な予感を覚えていた。

もうひとつの懸念である依頼など比にならないほどの。


「……どうしようもない、か」


だが、ギルドに対する懸念はすべて想像でしかなかった。

そのことを理解して、僕はため息を漏らす。

どれだけ怪しくても、想像の域を越えないのであればどうすることもできないのだ。


何せ、そもそもギルドが何を考えているのかすら、僕は検討もつかないのだから。


これではどうすることもできない、そう判断した僕はまず目先のこと、依頼の方に集中する。

昨日は様々な妨害があり依頼を受けられなかったが、今の時間は早朝。

冒険者が一番いない時間だ。

この時間帯ならば、競争相手もいないだろう。

……まあ、数多くの冒険者がいても、この依頼が奪い合われるなんて事態は滅多に起こらないだろうが。


だが、今が一番僕たちにとってギルドにいきやすい時間なのは変わらない。


「急ごっか」


「はい!」


そう判断した僕達は、ギルドまでの道のりを走り出した……




◇◆◇




冒険者ギルドの中には、僕達が思ったように冒険者の姿はほとんどなかった。

ゼロではなかったものの、今ギルドにいる冒険者の数は、昼間と比べれば明らかに少ない。


しかも、その冒険者達も早朝に来るだけの用事があったのか、忙しそうだった。

時々僕とナルセーナに対し、何か言いたげな目を向けつつも、最終的には何も言う事なく慌ただしそうにギルドを出て行った。


「よし」


その光景を見て、僕はこれで誰にも邪魔されることはないと笑い、受付の方へと歩いていく。


「初めましてぇ。私、ナンシーて言うんですがぁ」


「は、はぁ……」


…….しかしその数十秒後、敵は冒険者だけではなかったことを、僕達は理解する事になった。


「その、わたしぃ。お兄さんと仲良くしたいと思っててぇ」


僕に対し、非常に勘に触るような口調で話しかけて来るのは、ギルドの受付嬢の一人であるナンシーという女性だった。


「っ!」


そんな彼女に対し、ナルセーナは明らかに苛立っている。

どうやら、ナンシーが僕をお兄さんと呼んだことが余程頭に来ているらしい。


そしてそんな状況に、僕は思わずため息を漏らしそうになっていた。

正直、僕もナンシーにお兄さんと呼ばれるのは嫌だし、それ以前に目の前のナンシーという女性に対し、全く好印象を抱いていないのだから。

何せ、彼女は僕と初対面だと思っているかもしれないが、僕は彼女にも罵られた記憶がある。


……ついでに言っておくと、その時はこんな話し方では無かった。

正直、鳥肌が立つのでやめてほしい。


「はは……」


だが、そう思いながらも僕はナンシーの前から去ることが出来なかった。


…… その理由は、こちらにギラギラとした視線を送ってくる、他のギルド職員にあった。


僕とナルセーナは、実は一流冒険者と認められていない。


一流冒険者とは、ただの通称であり、正式には専属冒険者と呼ばれるのだが。

その条件は正式にギルドにパーティー認定され、専属のギルド職員がついたパーティーのことを指す。


つまり、専属のギルド職員がいないどころか、正式にギルドにパーティーと認められていない僕達はいくら実力があっても、専属冒険者とは認められないのだ。


……だからこそ、それを好機と見たギルド職員達に僕とナルセーナは狙われることになっているのだ。


専属冒険者というシステムで得をするのは、様々な権限を貰える冒険者だけではない。

その冒険者の専属となったギルド職員もかなりの好待遇になる。


だからこそギルド職員は、将来専属冒険者になり得る可能性がある僕達と親しくなろうとしているのだ。

専属ギルド職員にしてもらえるという言質さえ取れば、適当な冒険者をあてがい、強引に僕たちを専属冒険者として認めることもできる。


「お兄さんはぁ、本当にカッコいいですよねぇ」


……他にも、ナンシーのように玉の輿を狙っている受付嬢もいるみたいだが。


しかし、今の僕は専属冒険者になって、ギルドに囲われるつもりも、また受付嬢と結婚するつもりもない。

だが、このままでは僕が頷くまで依頼を受けることが出来ない。

そのことを、ギルド職員から注がれる視線から理解した僕は、ここから逃げ出したい衝動にかられていた。


……本当に、どうしようもなくめんどくさい。


だが、今ここで逃げても問題は解決することはない。

その現実に、僕は嘆息を漏らしそうになって。


「こいつは専属冒険者にはならない。何せ、俺のパーティーメンバーなんだからな」


「………え?」


─── 何者かが僕の肩に手を置き、そう告げたのはその時だった。

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