第1話 日常の変化
今でも僕の頭には、はっきりとあの時の記憶が残っている。
欠陥治癒師だと、そう言われて虐げられた、あの時の記憶が。
誰も僕を相手にはせず、時には暴力さえ振るわれた。
迷宮都市の人間全てに、疎まれているとさえ僕は思っていた。
「いや、その……」
……そしてだからこそ、今の僕は居心地の悪さを隠すことが出来なかった。
「本当に、申し訳ありませんでしたっ!」
現在冒険者ギルドの中、大声をあげて僕に謝罪をしているのは、今まで僕を嘲っていたはずの冒険者達の一部だった。
彼らは、額を地面に擦り付け僕へと必死に謝罪を繰り返す。
その光景に周囲の冒険者、またギルド職員からの注目が集まって来る。
それに僕の顔は引き攣るが、僕へと頭を下げる冒険者達は周囲など一切気にしていなかった。
「そ、そのラウストさんがこんなに強いなんて、ヒュドラを倒すことをみるまで俺ら知らなくて……」
「そ、そうなんです!今まで、俺たちが虐めていたのは別に悪気があったわけではなかったというか……」
そう言い訳のようなものを繰り返す冒険者の顔には、隠しきれない恐怖が浮かんでいた。
どうやら、目の前の冒険者達は僕が変異した、あのヒュドラと戦うところを見ていたらしい。
そしてその時、僕に報復されればどうしようもないと考えて、謝罪に来たのだろう。
「はあ………」
そう理解した僕は思わずため息を漏らしていた。
ヒュドラを倒してから2日経って、冒険者の中の僕の立場は大きく変わった。
今まで僕を小馬鹿にしていた冒険者達は、僕に対して謝罪したり、パーティーに誘うようになっている。
……だが不思議な程、その変化に僕の心が動くことはなかった。
「本当に、反省してます!だ、だから、その、許して下さい!」
必死に謝罪する冒険者、その姿は今までの冒険者の態度からは、考えられないものだろう。
しかし、そのことを理解してもなお、僕が目の前の冒険者達に対して感じるのは、煩わしさだけだった。
そのことに僕は疑問を抱く。
冒険者から謝罪されたりパーティーに誘われることは自分が切望したことだったはずなのに、何故ここまで自分が冷めているのかと。
そして、その答えはあまりにも簡単に僕の頭に浮かんで来た。
「ああ、もう僕は満たされているからか」
僕の頭に、自分の一番大切な人間であり、一番信頼できる仲間である、ナルセーナの存在が浮かぶ。
おそらく、僕は彼女の存在だけで満たされて、だからこそ今更僕を取り込もうと動き出した冒険者に、何ら興味が湧かないのだろう。
そのことが理解できた瞬間、最早僕の意識の中から、目の前の冒険者に対する興味は消え失せていた。
今回、僕が冒険者ギルドに来たのは、とある依頼を受けたかったからなのだが、今は無理だと僕は判断する。
次の瞬間、僕は冒険者ギルドを後にすべく、振り返って歩き出していた。
「…………は?」
振り返る直前、無視される形になった冒険者の顔が青く染まったのが分かるが、僕は気にせずそのまま進んで行く。
それは、謝罪を受け入れた瞬間お詫びの気持ちだと言って、僕を自分のパーティーに入れようとする人間が後を絶たないことからの対応だった。
別にその冒険者に対して怒っていたわけではない。
「……ど、ど、ど、どうすれば」
「……お、落ち着け!」
しかし背後で、そんなこと知る由もない冒険者は、焦り慌てていた……
◇◆◇
「お兄さん!」
ローブを身に纏ったナルセーナが、僕の名を呼び現れたのは僕が冒険者ギルドを出てから少ししたところだった。
ナルセーナはご機嫌そうに笑いながら、僕の後について歩き出した。
僕は、自分と一緒であることに楽しさを隠そうとしないナルセーナの様子に、思わず笑みを浮かべる。
「……ごめんね、ナルセーナ」
……しかし、ナルセーナのローブに汚れが付いているのに気づいた瞬間、申し訳無さを覚えていた。
僕が、冒険者ギルドに行けば他の冒険者から、パーティーの加入を誘われるように、ナルセーナもパーティー加入に誘われることが増えていた。
いや、ナルセーナは僕よりももっとパーティーに誘われていた。
比類なき美貌を有する上、欠陥治癒師と呼ばれていた僕よりも実力があると思われているからだ。
だからこそ、こうして冒険者ギルドに行くときは、ナルセーナには路地裏などに隠れて貰らうことになっていた。
「気にしないで下さい。私はお兄さんと入れるだけで、大丈夫ですから!そんなことよりも早く街に行きましょうよ!メアリーさん達待ってますよ!」
しかし、そんな状況にあってもなお、ナルセーナはいつも通りだった。
「ありがと。ナルセーナ」
そして、その言葉に不思議なくらい気が楽になるのを感じながら、僕は笑う。
胸のうちに穏やかな気持ちが広がる。
「……有名になるのも、あんまり楽しいことではないね」
……だがそれでも、自分達を強引にパーティーに加入させようとする冒険者に対して、僕はあまり良い感情を抱けなかった。
……僕たちに悪い感情を抱いていないと分かってもなお。
「チッ!」
ふと、誰かが舌打ちしたような音が聞こえたのは、僕が思考していたその時だった。
「べぇ!」
振り替えると、そこに居たのは数少ない迷宮都市の一流冒険者パーティーだった。
ナルセーナがそのパーティーに向かって舌を出す。
しかし、そうして一流パーティーに向かって、反感を露わにしているナルセーナと違い、僕はそのパーティーに対し、それ程反感を抱いていなかった。
正直、これくらい分かりやすい方が良い。
「……まあ、明らかに自分よりも弱いと分かっているからこその言葉なんだけども」
「ぷっ!」
その僕の言葉に、ナルセーナは思わず吹き出す。
その言葉で、こちらに敵意を持っていた冒険者パーティーに対する苛立ちが収まったのか、それからナルセーナが冒険者パーティーに対し苛立ちを露にすることはなかった。
そんなナルセーナに対して笑いを漏らす僕の心は穏やかだった。
……しかし、その時の僕は自分が有名になったことに対して少しも喜びを感じてはいなかった。
ヒュドラを倒したことにより、親交を深めたいと寄ってきた人間たちは煩わしさを僕に覚えさせるだけ。
だからこそいつの間にか僕のなかで、変異したヒュドラの討伐は面倒ごとを呼び寄せただけというイメージが定着していたのだ。
「ラウストにナルちゃん、待っていたよ!」
「お前ら、よく来たな!」
「うぉぉ!みんなに知らせてくるぞ!」
「………え?」
─── だからこそ、僕らが街に辿り着いた時、街の人が取った反応に僕は戸惑いを隠せなかった。
しかし、そんな僕をよそにどんどん人は集まり、僕を囲み出す。
その状況に、僕はさらに戸惑う。
「本当に、ありがとね!今回はサービスするから好きなものをなんでも持って行きな!」
「おおそうだ!英雄様から請求することなんて出来ない!好きなもんを持っていけ!」
「というか、お前さん達本当に凄い冒険者達だったんだな!」
「っ!」
だが、自分を囲んで騒ぎ始めた街の人たちに、ようやく僕は状況を理解する。
街の人たちは、ヒュドラの変異種を倒した僕らに感謝しているのだと。
「よしっ!今日は祭りだ!」
「了解!急いで準備をするぞ!あ、主役のお前さんらはこの場所に残っていてくれよな!」
「後で色々と話をきかせてよ!」
正直街の人たちの歓迎は、かなり手荒いものだった。
背中を強く叩かれ、耳元で大きな声を上げられたせいで、耳が麻痺している。
「はは、」
しかし、そんな状況の中、気づけば僕は笑みを浮かべていた。
冒険者達に謝られた時には感じなかった、喜びを僕は感じていたのだ。
「お兄さん、本当にヒュドラを倒せて……いえ、この場所を守れて良かったですね」
そして、その気持ちを代弁するかのように、ナルセーナが僕へと微笑んだ。
その日、突然開かれた祭りは、夜遅くまで続いていた……
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