エピローグ 企み

「………申し訳、ございません」


それはギルドの一番奥、厳重な部屋の中。

ギルド職員であるハンザムは、とある人間へと頭を下げていた。

その顔からは、罪悪感のためか血の気が引いている。


「君は気にする必要はない。全て不慮の事故だ」


しかし、その謝罪されているはずの老いた男は、ハンザムと対照的に落ち着いていた。

白い長髪、そして人間にしてはありえない程長い耳を持つその老人は、隠しきれない疲れをにじませた笑みを浮かべる。


「……君はどうしようもない世界の中、良くやってくれている」


「っ!」


老人のいたわりの言葉に、ハンザムはその顔を歪める。

老人の言葉に、感激を覚えたように。


「……ですが、今回の件はそんなことでは許せない失態です」


だが、それでもハンザムが自分の失態に目を瞑ることはなかった。

その顔を、隠そうともしない後悔に歪め、口を開く。


「……超一流冒険者に対して情報を与えてしまい、その上ヒュドラを変異させてしまった。一歩間違えれば取り返しの付かなくなる失態です」


「……ハンザム」


そのハンザムの言葉に、老人は顔に陰りを浮かべる。

確かにハンザムの失態は一歩間違えれば、後々の計画を大きく狂わせかねないものだった。


この迷宮都市は、王都のギルド本部から独立した権力を有している。

それ程この場所から他都市に出す魔獣の素材、それはそれほどの価値を持つ。

だからこそ王都のギルドは何とかこの迷宮都市を制御下に置こうとしている。


……だが、迷宮都市のギルドが王都のギルドに制御下に置かれることになれば、私達の計画は全て頓挫する。


「……大丈夫だ。あの男がいる限り、迷宮都市に王都のギルドの人間は干渉できない」


けれども、その失態はハンザムを罰せれるものかといえば、否だった。

ある男がいる限り、迷宮都市の権限は揺らぐことはない。

何せ国家から独立した権力を有するとされる冒険者ギルドだが、国家の要求はある程度答えなければならない。

そしてそうである限り、迷宮都市は安泰だ。


また、ヒュドラの変異に関してはハンザムの責任ではないと、老人は判断していた。


「ヒュドラの変異に関しては、どうしようもないことだ。それは君も分かっているだらう」


「っ!」


その老人の言葉に対し、ハンザムの顔に動揺が浮かぶ。

ハンザムもまた、ラルマに情報を漏らしてしまった件ならともかく、ヒュドラの件は自分ではどうすることもできなかったのを理解しているのだろう。


ハンザムはアマーストというギルド職員がヒュドラの存在を隠そうとしていたことを、早い段階で発見していた。

……それでもなお、ヒュドラを変異前に倒すことができなかったのは、ハンザムには荷が重い出来ない事態が重なったからに過ぎなかった。


ヒュドラを確実に倒せるパーティーの不在、超一流冒険者、ラルマが迷宮都市にやってきたこと。



………そして、ヒュドラの変異までの期間が明らかに早いという、異常事態。



確かにヒュドラが変異すれば、被害は壊滅的になっていた可能性はあった。

一度、変異した超難易度魔獣が現れれば、周辺の街は壊滅するというのが常識なのだから。


「ハンザム、ヒュドラの件で私はお前を責めるつもりはない」


けれども、老人がヒュドラの責任をハンザムに問えるわけがなかった。


「……この状況でお前を責められるものなど、誰一人として居らんよ」


ヒュドラの変異、それはそれだけのイレギュラーだった。

ヒュドラの変異が、これだけ短期間の間に起こった理由は、草原の奥地の魔力が急激に増大したからに過ぎない。


………そして、草原の奥地の魔力が増大したことは、あることを指し示していた。



「………目覚めが近いらしい」



その老人の言葉に、隠しきれない動揺がハンザムの顔に浮かんだ。

その反応に、ハンザムが自分と同じ考えに至っていたことを老人は確信する。


「ハンザム、私はお前には何の責任もないと理解している。私の要求を今まで完璧にこなしていたお前が犯した数少ないミス。それをとがめるつもりなど私にはない。……いや、そもそもそんな余裕は私たちにはない」


「……分かりました」


その老人の言葉に、少し迷ったあとハンザムはそう頷いた。

目の前までに、事態が迫っている。

そのことをハンザムも理解せざるを得ないのだろう。


「で、ことは滞りなく進んでいるか」


そのハンザムの様子を確認したついの瞬間、そう老人はハンザムへと尋ねる。


「はい。極僅かに優秀な冒険者が残っておりますが、最悪これくらいの損害であれば看過できると思います」


「……そうか」


ハンザムの言葉に、陰りが隠せない様子で老人は返答した。

……老人の胸に宿るのは、この先に対する遣る瀬無さ。

願わくば、目の前のハンザムだけでも迷宮都市から逃げ出させたい衝動に老人は駆られる。


だが、それが無理であることを理解している老人は胸の奥にその思いを押さえ込む。


「では、後もう少しで我らの目的は達成できる」


そして次に老人が発したその言葉に、ハンザムの顔に緊張が走る。


「ギルド長、私は最後まで貴方と共に」


次の瞬間、ハンザムはその場に跪き宣誓を上げるかのようにそうだからかに告げた。

それに一度、小さく頷いた後老人、迷宮都市ギルド長、ラムルスは口を開く。


「迷宮都市が滅びるまで、あと少しだ」


……変異したヒュドラ、それなど比にならない災厄が、迷宮都市のすぐ側に近づいていた。



 ◇◇◇



 こちらで第1章終わりとなります。

 次回から第二章になります。

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