幕間 受付嬢アマースト Ⅱ
私がラウストを連れて向かったのは、冒険者ギルドの中、殆ど人の立ち入らない部屋だった。
そして、そんな部屋に連れてこられたせいか、ラウストは目に見えて警戒心を露わにしていた。
私が受付嬢の立場を使って強引に連れてこようとしなければ、間違いなくラウストは私から逃げようとしただろう。
だが、ここまで連れてこれば狙い通りだと、私は密かに心のなかで笑う。
「ラウストさん、本当に申し訳ございませんでした」
「え?いや、」
次の瞬間、私はラウストに対して大きく頭を下げ、謝罪をした。
その瞬間、面白いようにラウストは慌て始める。
そのラウストの反応、それは私の想像通りのものだった。
やはり思っていた通り、ラウストは自分に対して行われる悪意に対してかなり鈍い。
仲間に対しての悪意に関しては過剰とも言える反応を示すにもかかわらず、あれだけ暴言を吐いていた私が、頭を下げるだけでこうも困惑する。
長年虐げられて来たせいでラウストの感覚が歪んでしまったからか、感覚が歪んでいる。
そう判断した私は、これなら上手くラウストを利用することができると地面に向けた顔に笑みを浮かべた。
「私がしてきたことを償うには、これでは足りないかもしれませんが……」
「っ!」
次の瞬間、罪悪感を覚えたような表情を装い、私は自分の服をはだける。
その私の姿を見て、さらにラウストは慌て始めて………
そのラウストの反応に、私は思わず笑い出してしまいそうな衝動に駆られていた。
私の狙い、それはラウストの手柄を利用して、自分の罪を相殺することだった。
ラウストは私が隠していたヒュドラを討伐した。
それはただの偶然でしかない。
ヒュドラが現れた近くにラウストがいたことも、討伐できたことも。
だがもし、実はヒュドラをラウストが討伐したのが、ラウストの実力を見込んだ私が秘密裏に頼んだことだった、となればどうなるか。
そうなっても、それで私が受付嬢を首になるのも、ある程度の罰則を与えらるのも避けられないだろう。
だが、ある程度罪が相殺され、奴隷にされることだけは避けることが出来るかもしれない。
もちろん、実は私がラウストにヒュドラの討伐を頼み込んでいたという事実なんてない。
だが、今からでも事実は作り上げることができる。
私がそう頼み込んだと、ラウストに証言させれば良い。
そのために、私が取ることを決めた手段は色仕掛けだった。
上着を脱ぎ上は下着だけになった私に、ラウストは動揺を隠せない様子で目をそらす。
そのラウストの態度に、私は自分の色仕掛けが効果的であると判断する。
今まで虐げられていたラウストのことだ。
こうやって異性に誘惑されたことは無かったのだろう。
武闘家もラウストに気があるようだが、美しさならともかく、身体つきは私の方が成熟している。
私の誘惑に、ラウストが逃れられる訳がない。
そう考えて、私は口元に挑発的な笑みを浮かべる。
これなら、あと一押しでラウストは私を襲おうとするに違いない。
そうすれば、ラウストが私の味方になるかもしらないし、ならなくても脅せばどうにでもなる。
現在、英雄と呼ばれる立場になったラウストは、無用のスキャンダルを嫌って、簡単に頷いてくれるだろう。
そう考えて、私は口元に笑みを浮かべる。
何とか、最悪の事態は逃れられたと私は内心で安堵を抱く。
「……この状態で言うのは失礼かもしれないが」
けれども、その私の思いと反するように、そう口を開いたラウストの声から動揺を感じることはできなかった。
「ごめん、僕は君に手を出すつもりはない。
……生理的に、君だけは無理だ」
「…………え?」
そして次の瞬間、ラウストは言いにくそうに、それでもはっきりと私にそう告げた。
一瞬私は、発した言葉の意味を理解することができなかった。
だが、少ししてようやくそれが拒絶の言葉であることを認識して、顔から血の気が引く。
このままではいけない、その感覚に背を押されるまま私は反射的に口を開いていた。
「ま、待って!私のことを好きにしていい……」
今ここでラウストを味方にしないと、私は破滅する。
だから私は、出来る限り肌を露わにして扇情的に見せつけ、何とか注意を引こうとする。
「っ!」
……けれども、途中まで衣服をはだけさせたところで私は手を止めた。
今更ながら、私は自分の色仕掛けが何の意味もないことに気づいたのだ。
こちらに向けられたラウストの目には、隠す気の無い嫌悪感が浮かんでいた。
ラウストが今まで困惑していたのを見て、私は照れているからの反応だと思っていた。
だがそれは勘違いでしかなかった。
……ラウストが肌を露出する私に対し困惑したような表情を浮かべたり、顔を背けたのも全て嫌悪感が理由だったのだ。
最初から、私の色仕掛けが成功することはなかったのだ。
その事に気づいた瞬間、私は身体から力が抜けへたり込んでいた。
ラウストは確かに以前虐げていた人間に怒りを露わにすることはない。
だが、それは決してその人間を許したとか、そんな理由ではない。
ただその人間の存在を関わらなければ関わらなければいい存在だと、切り捨てているだけに過ぎない。
そのことを今、私は理解する。
へたり込んだ私に対し、ラウストは冷ややかな目を向け、口を開いた。
「それと、今の僕はある女性以外に目を向けるつもりはないので」
「───っ!」
そのラウストの言葉に、私は動揺を隠すことができなかった。
相手の女性が誰なのか、それをラウストがはっきりと口にすることはなかった。
……けれども名前を聞かずとも、私はラウストの発言の女性が誰なのかを理解した。
「ナル、セーナ……」
それは、私が先程まで女性の魅力として自分の方が優れていると思っていたはずの人間だった。
想定もしていなかった敗北に、最早私は呆然とすることしか出来なかった。
「では」
そんな私に対し、短くそれだけを告げるとラウストはこの部屋を後にする。
……その背中を追うだけの気力は、もう私には残っていなかった。
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