幕間 稲妻の剣 Ⅳ

「くそっ!少し才能があるからと上から目線で………!サーベリア、こいつを奴隷商人に売れば装備一式を整えられる程度には稼げるよな」


「顔とスキルだけは良いし、かなりの値段になると思うわよ。裏組織ならまだ、私達を一流冒険者として雇ってくれる場所が……」


意識を失い、地面に倒れたアーミアに嘲りの目を向けながら、マルグルス達が交わすそんな会話。


「………本当に、どうしようもない人間」


……それを聞いた私は、思わずそんな言葉を漏らしていた。


「……ライラ」


隠しきれない怒りがこもった声に、隣にいるジークがこちらへと心配げに声をかけてくれる。

現在私たちはマルグルス達の側の路地に潜んでいて、あまり感情を荒ぶらせるとマルグルス達に見つかるかもしれない、とでも諌めるように。

だが、その現状を理解してもなお、私の中で怒りが治ることはなかった。



ーー 恥知らずな要求だと分かっています。でも、お願いします。リーダー達は、それでも私の仲間なんです。



私の頭に、アーミアがそうやって頭を下げてきた時の言葉が蘇る。

頭を下げた時、アーミアは本気で私に対して恥の感情を抱いていて、それでもマルグルス達のために私に懇願した。


……しかし、そのアーミアを見てもなお、マルグルス達に危機感を覚えていた私は、借金の利息を要求した。


稲妻の剣に対する利息ではなく、アーミアに一人が払うことを条件にした。


ーー ありがとうございます!


けれども、その私の条件を聞いてもアーミアは笑った。

稲妻の剣が借金を返せるまでどれ程かかるかわからず、よって利息がどれ程膨れ上がるのかもわからない。

そのことを理解してもなお、アーミアは躊躇することなく私から貨幣を受け取った。


自分一人の犠牲で稲妻の剣が救えるなら、と言いたげに。



………けれども、そのアーミアの気持ちをマルグルス達は裏切った。



「……ごめんジーク。もう我慢できない」


そのことを目の前の光景は雄弁に物語っていて、もう私は怒りを抑えられなかった。

アーミアの姿に、もしかしたら稲妻の剣は更生するのではないか、そんな期待を抱いていたからこそ、尚更。


「っ!」


その言葉を最後に、動揺するジークを残し、私は路地裏を後にして、マルグルス達の方へと歩き出した。


「ライラどうした?」


「実はアーミアは転んじゃって……」


突然現れた私に対して、マルグルスとサーベリアは一瞬動揺を漏らす。

けれども次の瞬間、アーミアの頭部の傷を隠し、何食わぬ顔で、私へと話しかけてきた。


だが、そのマルグルス達の演技が私に通用することはない。

私は最初から全て、マルグルス達の行動を見ていたのだから。


「あんたら達だけはっ!」


「あぐっ!」


次の瞬間、走り出した私は、怒りの言葉とともに、サーベリアの頭部へと杖を振り下ろす。

私の攻撃は身体強化を有さないもの。

けれども、当たりどころが悪かったのかサーベリアはその一撃で昏倒する。


「なっ!」


そしてその時になって、マルグルスはようやく自分たちのやろうとしていたことが私に気づかれていることを理解する。

次の瞬間、サーベリアを見捨てマルグルスは逃げ出そうとして。


「もう遅い」


「がっ!」


……だが、一歩も踏み出す間も無くジークに殴り飛ばされ、あっさりと意識を失った。

どうやら、ジークは私が危険になった場合に備えて、隙を伺っていてくれたようだ。

そのことに気づいた私は、ジークに感謝しながら、意識を失ったマルグルス達とサーベリアへと目を向けた。

二人は一流冒険者という肩書きに執着し、仲間を切り捨て、挙げ句の果てには闇組織に加入しようとしていた。


「……アーミアと共に頑張っていれば、もう一度一流になれただろうに」


けれども、アーミアと共に研鑽を積めば、一流になれる可能性は決して皆無ではなかった。

その可能性を投げ捨てたマルグルス達を、憐れみとも嫌悪ともつかない一瞥した私は、それを最後にマルグルス達を頭から切り捨て、アーミアの元へと歩いて行った。




◇◆◇




「こいつらは迷宮都市のギルドに突き出すんじゃなく、王都で誘拐犯として突き出したほうがいいだろうな」


そう告げたジークは、私がアーミアを回復させる中、マルグルス達に嫌悪感を隠そうともしない視線を向けていた。


「王都でギルドに突き出せば、こいつらは鉱山奴隷として一生涯働かされることになる。身体強化をもつこいつらは、さぞ歓迎されるに違いない」


鉱山奴隷、それは犯罪を犯した人間の末路となる身分で、その待遇の悪さは有名だ。

マルグルス達は、文字通り死ぬよりも酷い目に遭い、数年以内には死んでいるだろう。

身体強化スキルを有していても、数年以内に死ぬぐらい鉱山奴隷の生活は過酷だ。


けれども、私がマルグルス達に対して同情を覚えることは一切なかった。

……奴隷としてアーミアが売られていれば、鉱山奴隷よりももっと悲惨な目に遭っていたかもしれないのだから。

そう考えて、改めて怒りを覚えた私はマルグルス達を睨む。


「……なあ、ライラ少しいいか?」


「え、ええ。良いわよ」


しかしその途中で突然、改まった様子のジークに声をかけられ、私は動揺を漏らすことになった。

いきなり変わったジークの雰囲気に、少し驚いたのだ。


「……この子を本当にパーティーに入れるつもりなのか?」


……しかし次の言葉に私は、ジークの懸念を理解し、真剣な表情を浮かべることとなった。

ジークに私は、アーミアをパーティーに入れたい旨を伝え、その際にその人となりを教えていた。

そう、アーミアが治癒師に対して行ったことも。

そしてそのことを知っているからこそ、ジークは不安を覚えているのだろう、と私は理解する。


「大丈夫よ」


でも、そのジークの懸念を理解した上で私は笑った。

全く問題はないと告げるように。


「確かにこの子は過ちを犯したし、決して賢いとは言えない」


本当に、アーミアは愚かだった。

アーミアは心酔した人間の言葉を疑わず、大きな過ちを犯した。

それだけでなく、この場に及んでも稲妻の剣を信用しようとしたらアーミアの行動も、決して賢いものとは言えないだろう。


「でも、今のアーミアは変わりつつあるわ。それに、アーミアの仲間を思う気持ちはパーティーに入れるだけに値する」


けれども、それを考慮してもアーミアはこのパーティーに入れるに相応しい人物だと、私は判断していた。

それに、マルグルス達を必死に導こうとしていたアーミアなら信頼することが出来るだろう。

………だからこそ、より一層マルグルス達が許せないのだが。


「しかし……」


しかしそこまで私が告げても、ジークの顔からは心配そうな色が消えなかった。

私は何故、そこまでジークが反感を示すのか疑問を抱く。


「……彼女は恐らく、心に大きな傷を負っているぞ」


「………なるほど、ね」


……その疑問は、ジークが発した言葉に氷解することになった。

ジークが本当に心配していたのは、アーミアの人柄ではなかった。

アーミアが心に大きな傷を負っていて、それに私が影響されるかもしれないことを心配していたのだ。

そのことに気づいて、私は思わず笑ってしまいそうになる。

本当にジークは、酷く不器用な人間だ。

でも、その不器用さに私は笑みを浮かべる。


「心に傷を負っているからこそ、私達が支えて上げないといけないの。少なくともアーミアは、もう私にとって他人ではないから」


そうやってジークを説得しながらも、私の胸にあったのは別の思いだった。

もし、私一人であれば不安を抱いていたかもしれない。

でもジークが一緒である今、私は一切不安を抱いていなかった。


「はあ……ライラのことだから、仕方ないか」


私の自信に溢れた目を見て、ジークはそう溜息を漏らす。

しかしその言葉を最後に背を向けたジークが、アーミアをパーティーに入れることに関して反対するような言葉を告げることはなかった。


「……不器用な人」


その様子を見て、ジークもアーミアのことを心配していたことに気づき、私は笑みと共にそんな言葉を漏らす。


「……そんな君だからこそ、僕は」


けれども、その時そう呟いていた私は、こちらに背を向けたジークが、私と同じく口を動かしていたことに気づかなかった………

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