幕間 稲妻の剣 Ⅱ

「やっぱり、ここにいたんですね」


その言葉と共に、私、アーミアは笑みを浮かべた。

パーティー共同の一軒家を失ってから、リーダー達はギルドの酒場に入り浸るようになっていたので、だからこの場所に居るのでは無いかと私は思っていたのだ。

そしてその予想が当たったことに、私は笑みを浮かべる。


「………まあな」


……けれども、リーダーとサーベリアさんの顔に浮かんでいた暗い表情に気づいた瞬間、私の笑みは固まることになった。

たしかに一流パーティーから追放されてから、リーダー達は常にどんよりとした空気を纏うようになっていた。

だがリーダー達がの様子は、明らかに今までとは違っていた。


「ラウストさんのこと、ですね」


「っ!」


……そんな様子のリーダー達に対し、その原因となるだろう名前を、私は呟いた。

その瞬間、リーダーとサーベリアさんの顔に隠しきれない動揺が走り、図星だったことを教えてくれる。

恐らくリーダー達は今更ながら、ラウストさんが抜けたことに対して未練を抱き始めているのだ。

それは、一方的にラウストさんを追い出した人間が考えてはいけない未練だろう。


……しかしそれでも、リーダー達がそんな未練を抱いても仕方ないのかもしれない。


何せ、それ程までにラウストさんの成した偉業は規格外のものだったのだから。


この場から去っていくお兄さんに対し、この場にいる冒険者は畏怖の目を向けている。

数時間前まで、お兄さんを嘲っていたのにもかかわらず。


「……あの時、あいつをパーティーに入れていれば」


「くそっ!」


……そして、その中には以前ラウストさんをにパーティーに入れてくれと頼まれたことを思い出し、後悔を抱いている人間の姿もあった。

そんな中で、一度はラウストさんをパーティーに入れていたリーダー達が、ラウストさんがパーティーにいれば、そう思ってしまうのは仕方がないのだろう。

……自業自得だと分かりつつも、リーダー達はその考えが頭から抜けないのだ。


「でも、ラウストさんはもう稲妻の剣には帰って来ませんよ」


……だけど、今更そんなもしかしたらを考えたところで何の意味もなかった。

ラウストさんは信頼できるパーティーメンバーを手にしている。

どこから誘われたとしても、ラウストさんがどこかのパーティーに入ることはないだろう。


「ラウストさんに執着するのはやめましょう」


だから、私はそうリーダーへと告げる。

もう諦めるべきだと。

その瞬間、リーダーとサーベリアさんの顔が明らかに歪んだ。

リーダー達も、今更ラウストさんが稲妻の剣に入ってくれるなど、本気で思っていたわけでは無かったのだろう。


不可能だと分かりながら、それでも諦められなかっただけで。


だから私の言葉に、リーダー達はラウストさんの存在を諦める。

……けれども、それはリーダー達の中の複雑さが消えることと同義ではなかった。


「……随分余裕だな、アーミア。自分はある俺たちよりもラウストに手を出していなかったからと、正義ぶっているのか?」


次の瞬間、リーダーは鬱憤を晴らすかのように、私へとそんな言葉を投げかけてきた。

それに私は、今度は自分に矛先が向いたことに気づく。


「そんなこと、思えるわけがないじゃないですか」


けれども、そのリーダーの言葉に私が怒りを覚えることはなかった。

リーダーに私が向けたのは、隠しきれない後悔の感情を浮かべた笑み。


「っ!」


その笑みが、予想外の反応だったのか、リーダーは息を飲む。


その反応を見て、私はリーダーが大きな勘違いをしていることに気づく。

確かに私はリーダーやサーベリアさんと比べれば、ラウストさんに対する態度はマシだったかもしれない。


……だが、それは全く誇れることなんかじゃなかった。




◇◆◇




私が稲妻の剣に入ったのは一年前、もう既に稲妻の剣が一流パーティーであった時だった。

その当時、14歳の新人魔法使いだった私は、一流パーティーに誘われたことに浮かれた。

確かに自分が他よりも優秀であることには気づいていたが、だが一流パーティーに誘われるとは全く思ってもいなかったのだ。


……だから私は、パーティーの中心であったリーダーやサーベリアさんに、傾倒していくようになった。


ラウストさんを虐げるようになったのも、それが理由だった。

私は別に最初からラウストさんを嘲っていたわけでもなかった。

心酔していたリーダー達がこれはラウストさんを鍛えるのに大切だと告げていて、だから私はラウストさんを虐げた。

言われるまま、一切自分の行動に疑問を抱くことなく。




……… だが、ラウストさんをパーティーから追放した翌日、ライラさんと変異前のヒュドラに挑んだあの時、私は自分の愚かさに気づくことになったのだ。




その時、ようやく私は自分の愚かさと、ラウストさんがどれだけ活躍していたのかということを理解した。

……いや、正確にはラウストさんの活躍を知りながら、自分は見ようとさえしていなかったことに気づいたのだ。


その事に気づいた瞬間、私は自分の行いにひどい嫌悪感を覚えた。

後衛で回りを見る余裕があった私は、時々ラウストさんが優秀な冒険者であるように感じることがあった。

けれども、リーダー達の言葉だけを盲信していた私は、その感覚を気のせいだと思いこむようにしていて。


─── ヒュドラとの戦いのなか、ようやく私はラウストさんは本当は優秀であったことに気づいたのだ。


自分の行いに気づいてから私は酷い後悔を抱いた。

ラウストさんに対するリーダーとサーベリアさんの態度。

それに込められていた悪意は決して許されるものではないだろう。


……でも、そんなリーダー達の行動よりも私の思い込みの方が何倍も醜悪だった。


そしてその行為で私はラウストさんを傷つけてしまった。

それはもう取り返しのつかないことなのだろう。


だからこそ、ライラさんに話を聞いてもらったあの日、私はもう間違えないと決めたのだ。


もうラウストさんを傷つけたという過去は戻らない。

だったら私は、全てをやり直そうと決めたのだ。

あのときの決意を胸に、私はリーダーと

サーベリアさんに向かって口を開く。


「私に着いてきてください」

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