幕間 稲妻の剣 Ⅰ

「FUuuuuuuuuuuuu!」


絶叫し、地面にのたうち回るヒュドラ。

その光景に、マルグルスとサーベリアはただ、呆然とすることしか出来なかった。

死にかけているはずのヒュドラにさえ、マルグルス達は畏怖を覚えざるを得ない。


……しかし、死にかけてもなおそんな畏怖を覚える怪物を、その人間はたった二人で討伐していた。


「ら、ラウスト……」


その姿を見て、マルグルスが漏らした声はかすれていた……




◇◆◇




マルグルスとサーベリアがこの場所に来たのは決して本意ではなかった。

もし、この場所にいるのがあのヒュドラが変異したものだと聞けば、マルグルス達は何としても迷宮都市から逃げ出そうとしただろう。

マルグルス達は冒険者ギルドに偶然いた他の冒険者達と共に、緊急事態だからとギルド職員によって強引にこの場所につれてこられただけで、何が起きたのかなど、まるで知らなかったのだから。

だから、この場所に来た時既にヒュドラが倒されていたというその状況は、マルグルス達にとって何よりも幸運のはずだった。


……しかし今、マルグルスとサーベリアはその幸運に全く気づける余裕は無かった。


マルグルスとサーベリアの意識はもうヒュドラになど無かった。

マルグルスとサーベリア、いやこの場にいる冒険者が見つめる先にいたのは、ヒュドラを倒した治癒師、ラウストに向けられていた。

その治癒師は、今まで欠陥だと馬鹿にして来たはずの存在で。




……けれども、その認識は間違いであったことを、この場にいる人間は理解していた。




変異したヒュドラ、それがどれだけ恐ろしい存在が、マルグルス達を含めたこの場にいる冒険者達は理解していた。

ヒュドラに感じた本能的な恐怖、それが目の前にいるヒュドラという存在がどういうものなのかを、何より雄弁にマルグルス達に教えていたのだから。



しかし、そんな化け物をラウスト達はたった二人で討伐した。



それは、王都で名を広めている一流冒険者の活躍さえ、比にならない偉業だろう。

超高難易度の魔獣が変異すること、それはそれ程の事件なのだ。


どれだけの被害を出すかもわからない、天災以上の災厄。

それが変異した超高難易度の魔獣に対する認識。


そして、それを二人で討伐したラウスト達は英雄として祭り上げられることになるだろう。


「………っ!」


……そのことを理解して、ようやくマルグルスは自分がどんな存在を切り捨てたのかを理解することになった。

今までもマルグルス達は、ラウストのことを有用な人間だとは思っていた。


だが、ラウストの価値はそんなものではなかった。


そのことを、今となってマルグルス達はようやく理解する。

ラウストがどれだけの能力を有していたか。

そして、稲妻の剣の名声、それは全てラウストがいたからこそのものであることを。


自分達はラウストの活躍を自分のものだと勘違いし、天狗になっていただけにすぎないことをマルグルスとサーベリアは思い知らされることになる。


「俺は……」


そして次の瞬間、マルグルスの口から漏れたのは隠しきれない後悔が込められた言葉だった。


変異したヒュドラを討伐したラウストの未来は明るい。

次期超一流の冒険者に上り詰めるかもしれないと、ラウストは英雄に祭り上げられるだろう。

つまり、ラウストの栄光は確定しているのだ。


……だが、その一方自分達はどうか。


そう考え、マルグルスはその唇を噛み締める。

現在、稲妻の剣は迷宮冒険者にとって嘲笑の的だった。


一度は一流パーティーの中でも上位に数えられる実力を有し、その癖ヒュドラに負けた後、坂道から転がり落ちるようにその身分を失った敗北者。

それが今の稲妻の剣の認識。


……そしてそれは、栄光に包まれたラウストの未来と比べ、あまりにもみすぼらしいものだった。


「何で………」


自分達が落ちぶれ、かつて役立たずだと追い出したはずに人間だけが成り上がっていく、そんな状況に対しマルグルスは疑問の言葉を漏らす。

その原因が何かなんて分かりきっているのにも関わらず。

この現状は、パーティーを支えてくれていた人間を追い出した自分達の因果応報でしかない、そう分かりながらそれでもマルグルスは現実を認められなかった。


……追い出すことさえなければ、自分達も英雄と崇められたかもしれないと考えてしまうからこそ尚更。


「……あ、」


だが、そんな現実逃避で現実が変わる訳がなかった。

そのことをマルグルスは、こちらには見向きもせず早足でこの場から去ろうとするラウストの姿に、思い知らされることとなる。

そんな考えを本当にラウストが抱いていたかなど、マルグルスには判断できない。

だが、自分に一切注意を払わないラウストの姿は、まるでお前達は路傍の石でしかないと言われているようで。


「……っ!」


……そしてその言葉にマルグルスは全く反論が出来なかった。


反論できないということは、認めたと同義。

それに気づいた時、自分達が犯した間違いの損失を改めて目の前に突きつけられた気分になり、マルグルスはその場にへたり込みたい衝動に教われることになる。


……その時だった。


「リーダーにサーベリアさん、やっと見つけられた……」


「え、アーミア?」


突然かけられた言葉に驚き、振り返ったマルグルスとサーベリアの目に入って来たのは今まで姿がなかったアーミアだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る