第10話 穏やかな時間
「今回もいっぱい素材取れましたねお兄さん!」
「うん、これだけあれば喜んでくれるだろうしね」
「はい!」
その日、僕ラウストとナルセーナは談笑しながら街へと向かって歩いていた。
パーティー追放から数日が経った今、僕はギルドを本拠にして活動することをやめて素材を街の店で売り払うことにしていた。
普通、民間の店では冒険者の素材を直接買い取ったりはしない。
確かに直接仕入れた方が冒険者ギルドという仲介役がいないので店は安く買うことができ、冒険者も高く売ることができるのだが、店は極端に冒険者から直接素材を仕入れるのを嫌う。
何故なら、冒険者のことを民間の人間は全く信用していないのだ。
だからこそ、冒険者から何か素材を買うときでも店側は何か被害があれば直ぐに申し出れるように様々な手続きを冒険者に承認させる。
そうしなければ、何か問題が起きた時にただの民間人では対応ができないのだ。
「あら、今日も来てくれたのかい?ありがとうねえ」
「いえメアリーさん、お気になさらないでください」
「そうですよ!私達だけ手続きを省略してくれているのですから!」
しかしこの数日素材をお店に売り払うようにした僕達は、手続きを店側の好意で省略できるようになっていた。
それも、目の前にいるメアリーさんの宿屋だけではなく、魔石の売り場から、肉屋など様々なお店でだ。
それは店側から僕達に対する絶対の信頼の証以外の何者でもない。
それがどれ程破格の対応なのか、肉を売りに来るため時々街に来ていた僕は身にしみて理解している。
何せ以前は街の中、戦うことのできない街の人間に対して粗暴な冒険者が暴力を振るおうとするなど、日常茶飯事だったぐらいだ。
まあ、そんな奴ほど実力は身についておらずあっさりと撃退することが出来たのだが。
とにかく、それ程に冒険者を店側が信頼してくれることは珍しいことなのだ。
「またこんなにたくさん持って来てくれて!それに、私が欲しいって言っていた魔石もあるじゃない!」
「いえ、いつもご贔屓にしてくれることに対する感謝の気持ちです。気にせず無料で……」
だから僕はいつも贔屓してくれることに対する感謝としていつもその店の人間が欲しいと言っていたものをこっそりと渡すようにしている。
「それじゃあ、今回もおまけして渡しといてあげるわね!」
「えっ、こんなにも!?いやいつも悪いですよ!この魔石はいつものお礼なので、何もいらな……」
「なに言ってんのよ、水臭いわね!良いから良いから!」
……しかし、大抵の場合こうやって明らかにお金がおまけされて帰ってくるのだ。
それも明らかに相場の魔石の値段よりも上乗せさせれて。
「わあ!ありがとうございます!」
いつのまにか、ナルセーナの方はおまけしてもらうことに慣れているようだったが僕には慣れることなんてできない。
「ですがいつもいつもは流石に……」
「だったらほら、うちのシーラと遊んでやってくれ。あの子、いつもあんたが来るの待ってるんだからさ」
「しかし……」
だから僕は今回こそはと、なんとなく粘ってみようとしたのだけが……
「お兄ちゃん、私と遊んでくれないの……」
「えっ、あ、違う!うん、遊ぼっかシーラちゃん」
「うん!」
……けれども次の瞬間、いつのまにか僕のすぐそばに現れていたシーラちゃんの沈んだ声に、僕はそれ以上なにも言うことが出来なくなったのだった。
「ナイスだよ。シーラ」
「またシーラちゃんを使って話を有耶無耶にしましましたね、メアリーさん」
「年長者の気遣いだから良いんだよ。それにシーラもお兄ちゃんと遊べるならって喜んで了承していたしね。……それにあんただってこうした方があの話聴きやすいだろう」
「っ!」
その際、何事かをメアリーさん達が言っていた気がするが、僕は諦めの境地でシーラちゃんと遊ぶことにする。
「じゃ、じゃあ、いつものお飯事ね!」
「ああ、僕がお父さんで、シーラちゃんがお母さん役のお飯事ね」
「うん!」
僕の言葉に、シーラちゃんはその可愛らしい顔を少し赤らめながら笑う。
そしてその表情を見て、僕はふと不思議な気分になる。
今まで、僕はずっと冒険者ギルドで虐げられていたし、街の人々にも冒険者ということで敬遠されていた。
そんな僕が、たった数日の間でこんな生活を送れている、そのことにふと感慨ような感情が胸に浮かんで来たのだ。
そしてその感情を抱きながら、僕はメアリーさんと何事かを話すナルセーナを見つめ笑った。
「これも全部、ナルセーナのおかげなんだろうな」
そう小さく漏らした僕の言葉は、ナルセーナに対する感謝が込められたものだった……
◇◆◇
「じゃ、じゃあ、いつものお飯事ね!」
「ああ、僕がお父さんで、シーラちゃんがお母さん役のお飯事ね」
「うん!」
非常に仲が良さそうに話すお兄さんと、シーラちゃん。
「うーん……」
そして、その光景を見て私、ナルセーナは少し悩ましげな顔を浮かべていた。
何せ、シーラちゃんはどう見てもお兄さんに気があるように見えてならなかったのだ。
「何て顔をしてんだいあんた……あんな小さい子にまで張り合ってどうするんだい……」
そんな私を見て、メアリーさんは呆れたような声を上げる。
メアリーさんからすれば、シーラちゃんがお兄さんに抱いている感情は憧れのようなものだと思っているのだろう。
実際、私だってその可能性の方が高いとは思っている。
「……私がシーラちゃんぐらいの年齢の時はお兄さんが好きだったからなあ」
……けれども、自分の経験があるせいで私はメアリーさんの言葉を素直に受け取ることができなかった。
お兄さんはこの街の冒険者だと信じられないほどに紳士でカッコいい。
シーラちゃんが好きになってしまう可能性は決して低くはないのだ。
「そ、その、メアリーさん今日もお願いして良いですか……」
だけど、私はその心配については一旦置き、メアリーさんにあることを頼むことにした。
たしかにシーラちゃんのことは心配だが、今私にはそれよりもやらなくてはならないことがあるのだから。
そのために、メアリーさんはお兄さんに今からする話が聞こえないようにシーラちゃんと遊ばせてくれているのだ。
「わかってるよ。今日もいいネタを沢山仕入れて来ているからね!」
顔を真っ赤にしてそう口を開いた私に対し、メアリーさんは楽しそうな笑みを浮かべる。
実はこうしてお兄さんを遠くに行かせ、メアリーさんから話を聞くのはもはや毎度のことになっていたりする。
そうまでして私がなにを聞いてるのか。
「そういえば、あんた達のことを恋人だと思ってラウストに惚れていたらしい肉屋の娘が家出していたらしいよ。まあ、一晩経ったら帰ってきたらしいけど」
それは昔のお兄さんのことや、お兄さんを狙っているらしい恋敵などの情報だった。
メアリーさんは井戸端会議の常連(?)らしく、この街のことは一番の情報通らしいのだ。
「え、わ、私とお兄さんが恋人……え、えへへ」
「ナルちゃんは本当に一途ねえ!それでどうなの、ラウストはナルちゃんの気持ちに気付いているの?」
「えっ!そ、そんなことほないと思うんですけど、それでも毎日優しくしてくれて……」
私はメアリーさんから情報に思わずその口元緩め、そんな私に対してメアリーさんは中年女性特有の、恋愛に対する過敏な反応を見せる。
そうして私はメアリーさんと話し、お兄さんはシーラちゃんと遊ぶごとで時間はどんどんと過ぎていく。
街の中では和やかな時間が流れていた…
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