第9話 治癒師ライラの事情

「はぁっ!何でこんな所に入ってしまったのかしら!」


ヒュドラから撤退し、ようやく落ち着ける場所に戻ってきた私ライラは、怒りで顔を歪めながらそう吐き捨てた。

ここは稲妻の剣のパーティー共同の家ではなくただの宿屋だ。

だからこそ、隣の部屋に怒声が伝わってしまったのか、隣の部屋で誰かが何かから落ちる音が響いてくる。


「あっ……」


その音に私は思わず口を手で塞ぐ。

どうやら感情的になり過ぎたせいでここがあまり壁があつくない宿屋であることを忘れていたようだ。

私は自分が感情的になっていたことに気づき、少し落ち着こうとする。


「ああ、もう。こんなの怒りが治るわけがないじゃない……」


けれども、その私の試みが成功することはなかった。

何せ、稲妻の剣のマルグルスとサーベリア達の態度を思い出すだけで、私は喚き散らしたくなるような状態なのだから。


あの後、無事ギルドに戻れた後もマルグルス達は一言も謝ろうとはしなかった。

それどころかマルグルスを必死に助けようとしたアーミアを役立たずと罵り始めたのだ。

戦闘を見ていた限り、アーミアにはかなりの才能があったが、彼女はまだ子供だ。

けれどもアーミアはその年齢にももかかわらず、かなりの活躍をしていた。


……けれども、そのアーミアをマルグルス達は最後足手まといになったというだけで責め立てたのだ。


未だヒュドラの毒が完全に抜け切らず、明らかに調子が悪そうな状態にもかかわらずに。

それには私も我慢出来ず、私にアーミアを任せて逃げ出したことも含めて、マルグルスとサーベリアに対して怒らせてもらった。

……全てはアーミアの責任だと言い続け、マルグルス達は一切自分の非なんて認めようとしなかったが。


最終的にはアーミアの話を許してやるという腹立たしい上から目線で勝手に終わらせ、私に《ヒール》で今日の疲れを取れととんでもないことを言いだす始末だ。


確かに《ヒール》はかけた人間の疲労を回復し、治癒能力を上げる効果がある。


「だけど、一晩で疲労を全回復なんてできるわけがないでしょうがっ!!」


……だが、マルグルス達が求めたのは明らかにもうそれ《ヒール》じゃないよね、と聞き返したくなるような効能を持つ《ヒール》だった。

そんな意味不明なことを言われた時を思い出して私はまた怒鳴ってしまう。


「ひゃうっ!………あいたぁっ!」


「………あっ」


……けれども隣から、私の声に驚きいて驚いてどこかをぶつけてしまったのか、ゴンッと言う鈍い音と、女の子の悲鳴が聞こえてきて私は冷静さを取り戻した。

どうやらまた叫び声をあげてしまっていたらしい。

……本当に隣の部屋の子には悪いことをしてしまった。

悶絶してごろごろ床を転がっているような音がするし、足の小指をタンスにでもぶつけてしまったのかもしれない……

そしてその音を聞きながら私は深々と溜息をついた。


「はぁ……何でこんなパーティー入っちゃったんだろ……」


実は私、ライラは最近この迷宮都市マータットの街に来た冒険者だ。

以前は王都の方で活躍していた一流パーティーに入っていたが、そのリーダーに襲われそうになって逃げて来たのだ。

だから、アマーストという受付嬢にその旨を話して、一流パーティーに告げられた時は歓喜した。

こんなこと、滅多に起こらない奇跡だと思ったのだ。


……だが蓋を開けてみればどうだ。


人格的にも実力も欠けているマルグルスとサーベリア。

かろうじてアーミアは一流になれる可能性があったが、マルグルスとサーベリアは性格どころか実力欠けている。

しかも、そのことに対して文句を言いに行けば、アマーストからこの街では一度正式に入ったパーティーからは滅多なことでは抜けられないと言われ、頑としてパーティーをら抜けることは了承されなかった。

どうやらアマーストもこのマルグルス達と同類であったようだ。


「はあ、本当に抜けられないのか怪しいところだけどね……」


その時のことを思い出して私は怒り混じりの言葉を漏らす。

本当にこの街は冒険者は王都の冒険者とは日にならないくらいガラが悪いし、受付嬢まで腐りきっているようだ。

もういっそのこと、この街から逃げ出したい気分だ。


「本当、どうしよっかなあ……」


……だけども、今私は本当にこのパーティーか抜けようかどうかさえ悩んでいた。


「……う、うぅ……」


その理由、それは私の隣で呻き声を上げて眠る一人の少女、アーミアの存在だった。

私はマルグルス達の元にはもうこの少女を置いていくわけにはいかないと判断して、治療するという名目のもと、私の宿屋に連れて来ている。


私はどうしてもこの少女を放っておくことが出来なかったのだ。


「……何の夢を見ているのかしら」


私はあまりにも辛そうに呻くアーミアに思わずそんな思いを抱きながら、その額に浮かぶ汗を拭う。

どうやらアーミアは命の危険はないようだが、疲労と衰弱で熱を出してしまったらしい。

汗が酷いので冷えないように、もう少ししたら身体全体を拭って上げたほうが良いだろう。

そう考えて、私は新しく濡れた布を取るため動こうとする。


「……ごめん、なさい」


「っ!」


けれども、次の瞬間ぽつりと漏らしたアーミアの謝罪の言葉に私は動きを止めることになった。

謝罪を告げたアーミアの顔は何かを悔いているかのように見える。



ー 私は、許されないことをしてしまいました……ラウストさんに、あんな酷いことを……



そして、そのアーミアの表情に私が思い出したのは、アーミアが意識を失う直前に口走っていた言葉だった。

アーミアは意識を失うその時まで、ラウストという人物に対して行った自身の行動を悔い、謝罪の言葉を繰り返していた。


「ラウスト、それって稲妻の剣の財産を奪って逃げ出したていう、治癒師のことよね……」


私はマルグルスからそう聞かされていたが、ラウストという治癒師について、現在私は全く悪印象を抱いていなかった。

マルグルスの性格を知った今、あの男の言葉なんて信じられない。

だから悪人だなんて思ってもいないが、それ以外の理由で私はラウストという治癒師が気になって仕方がなかった。


アーミアがこんなにも謝罪を繰り返していることに加え、とんでもない治癒魔術を当然のものとして要求してくるマルグルス達。

その理由がラウストという治癒師にあるように思えて仕方がないのだ。


「……本当に彼は何者なのかしら」


そうぽつりと私が漏らした言葉は、誰の耳に入ることなく霧散していった……。

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