第7話 その頃の稲妻の剣 Ⅱ

「見つけたぞ!」


ギルドを後にしてから数時間後、新たに入った治癒師、ライラとの自己紹介も終えたマルグルス達は、昨日仕留め損ねたヒュドラの元へと辿り着いてた。

ヒュドラには人間など比にならない回復能力があり、一日過ぎればある程度の傷なら治ってしまうという。


けれども、今マルグルス達の目の前にいるヒュドラは軽い傷こそ見当たらないものの、序盤にラウストが切り落とした二つの首は全く治癒できていない。

さらにその身体には未だ色濃い疲労が残っているのか、熟睡している。


「……これならいける!」


そして、そのヒュドラの姿を見たマルグルスはその口に勝利を確信した笑みを浮かべる。

今のマルグルスは昨日とは違い、万全といって間違いない状態だった。

そんな状態である上、相手は手負い。

これでは負けるわけがない、とそう考えたのだ。

だからマルグルスは一斉に突撃しようと、合図を出そうとして……


「よし、行く……」


「すまない、その前に少し確認させてもらっていいから?」


……けれども、そのマルグルスの言葉を遮り、ライラが口を開いた。

一瞬、自分の言葉を邪魔されたことを不快に思ったのかライラへと非難するような視線を向ける。

その視線に居心地が悪そうにライラは身じろぎするが、だがそれでもライラが発言を途中でやめることはなかった。


「このタイミングで口を開いてしまってすまない。だが、一つだけ私の確認に付き合ってくれないか?」


「確認、何のだ?」


「それは薬を持ってきているかどうかに決まっているだろう」


「薬……」


そのライラの言葉に一瞬、マルグルスの頭にある記憶が蘇る。

それは丁度、ヒュドラの討伐を受けようと決めた時ラウストに告げられた言葉で、ヒュドラの毒専用の薬があるらしく、それを買っておくべきだというものだった。

しかし、その時マルグルスはその薬が高いという理由で購入をやめており、今回も薬を買うつもりはマルグルスは無かった。

何せ、もう勝利は目前なのだ。

そんな保険をかける必要など一切ない。


「私も万能薬なら持っているのだが……」


「ああ分かっているよ!全員薬を持っているからその話は終わりだ!」


……だから、マルグルスは強引にライラの言葉を遮りそう告げる。

そのマルグルスの言葉に一瞬、薬のことなど知らないサーベリアとアーミアが疑問げな顔を浮かべるが、リーダーが要らないと言うならば大丈夫だと思ったのか口を開くことはなかった。


「だが、一度確認した方が……」


そして、そのマルグルス達の態度に不信感を覚えたのか、ライラはもう一度口を開くが、最早マルグルスにはそのライラの言葉を聞くつもりなんて一切ありはしなかった。


「相手は寝ている!今が好機だっ!」


「了解!」


「はいっ!分かりましたわ!」


「っ!」


次の瞬間、マルグルスはまるでライラの言葉が聞こえなかったように振る舞い、大剣を手に走り出す。

そしてそのマルグルス達の態度に、最早何もいうことができずライラは唇を噛みしめる。


「……大事にならなければ良いのだが」


さらにライラはそんな言葉を漏らすと、次の瞬間マルグルス達の後を追い走り出した……







◇◆◇






「フシュゥゥゥゥゥゥ!」


そして始まったヒュドラとの二度目の対決。


「よし!こいつは明らかに前よりも弱っている!いけるぞ!」


最初、始まった時マルグルスはその口に隠しきれない笑みを浮かべていた。

何せ、明らかにヒュドラは昨日戦った時よりも動きが悪かったのだから。

どうやら相当体力的に限界が来ていたらしく、明らかにヒュドラの動きは精彩を欠いていた。


「フシュゥゥゥゥ!」


「あぐっ!」


「サーベリア!」


……けれども、その余裕はほんの数分の内に消え去ることとなった。


サーベリアが尾を交わしきれず、弾き飛ばされ、マルグルスは思わず叫び声をあげる。

その声になんとか反応してサーベリアは立ち上がるが、決して軽い傷でないことは明らかだった。


「サーベリアさん!」


「お、お願いライラ……」


そしてその様子に気づいたライラはサーベリアを自身の側へと呼び出し、治癒魔法をかける。

……しかし、その治癒魔法を使うライラも決して顔色は良くなかった。

何せ、この数分だけでマルグルスやサーベリアは次々に負傷し、そのせいで彼女はかなりの魔法を使わされる状態になっているのだから。

その結果、ライラは《エリアヒール》という遠距離の人間を癒す治癒魔法はもう使わないようになっていた。


「な、なんでだよ!何でお前はもう《エリアヒール》を使わねえんだよ!」


「良いから今はヒュドラを足止めして!」


それは全く仕方がないことなのだが、マルグルスは全く理解しようとせず、罵声を上げる。

何せ、ラウストがいた時は常に遠距離での治癒魔法は常識だったのだから。

ラウストは《エリアヒール》などの中級治癒魔法など一切使えなかったが、その代わり《ヒール》を傷ついた仲間に放つことで治療していたのだ。


「役立たずが!」


だからこそ、それが常識になっていたマルグルスはライラを役立たずと罵る。


……実際には、ラウストの方が異常であったことに気づくことなく。


「フシュゥゥゥゥゥゥ!」


「がっ!」


「リーダー!」


そしてそのマルグルスの態度は大きな隙を生み、ヒュドラの尾っぽにマルグルスは弾き飛ばされることになる。

マルグルスはその身体に纏う鎧のおかげでなんとか軽傷だけで済むことになる。


「フシュゥゥウウ!」


「くそぉ!」


けれども、マルグルスには一息をつく暇さえ与えられなかった。

ヒュドラが土属性の初級魔法を発動し、マルグルスへと人の拳ほどある石が飛んでくる。

何とかマルグルスは大剣を自分の身体の前におき、盾とすることで致命傷は避けるが、避けきれなかった石が鎧の肩部分に直撃した。



「ぐっ!」


次の瞬間、鈍い痛みが肩から響きマルグルスはくぐもった声を漏らす。

その痛みから考える限り、傷は決して大きくはないだろうが、その痛みで一瞬マルグルスの動きは止まる。

それは緊迫した戦況の中、明らかな隙となっり……


「フシュゥゥゥ!」


「あ、ああ、」


……そのことにマルグルスが気づいた時、それは既に手遅れだった。

勝利を確信したように、自身を見下ろすヒュドラの姿、それを見てマルグルスは呆然と佇む。


「な、何でだよ!」


そして、そんな状況になってマルグルスの口から出て来たのはどうしようもない愚痴だった。


「何でこんなボロボロになっているんだよ!俺たちふつうに勝てるはずだっただろうが!何でだよ!あんな役立たずがいなくなっただけで何でこんなにクエストがこなせなくなるんだよ!あいつは最初ヒュドラに攻撃しただけで後は逃げ回っていただけじゃねえか!」


無感動な目で自身を見つめるヒュドラに対しマルグルスは惨めに、情けない愚痴を吐く。

実際は、ヒュドラに大きな傷を与えたのは最初ラウストの攻撃とアーミアの魔法だけであることに気づきもせず。

そしてそんな言葉がヒュドラに届くことなどなかった。

ヒュドラは まるでゴミを見るようにマルグルスを一瞥し、殺そうとその口を開く。


「我を守護したる精霊よ!」


「ぅぁ?」


……けれども、そこでとある人間がとった行動により、マルグルスは助かることになった。


「フシュゥゥゥゥゥゥ!」


次の瞬間、ヒュドラの目は目の前にいるマルグルスを忘れたように、その奥へと向けられることになる。


「我の願いに応え、その偉大なる力の片鱗を……」


ヒュドラが見つめていた存在、それは大魔法を発動させるべく詠唱するアーミアの姿だった。

前回の討伐ではアーミアは大魔法を出し惜しみすることなく使っていたが、今回に関して彼女は牽制以上の能力を持つ魔法を使っていない。

その理由は、大魔法を使う時アーミアを狙い始めるヒュドラをマルグルスとサーベリアだけでは止めることが出来なかったのだ。

だからこそ、アーミアは今の今まで大魔法の発動をやめていて、けれども今、マルグルスを助けるためにわざと無防備な状態で魔法を唱えていたのだ。


「フシュゥゥゥゥゥゥ!」


そして、次の瞬間ヒュドラは大魔法を唱えるアーミアへと向かい動き出す。


「くそぉ!」


何とかマルグルスはヒュドラに一撃を食らわせるが、それでヒュドラの動きが止められるわけがなく……


「あっ……」


「フシュゥゥゥゥゥゥ!」


………次の瞬間、アーミアの足にヒュドラの毒牙が突き刺さった。

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