第6話 その頃の稲妻の剣 Ⅰ
「あ?ラウストが帰ってきていない?」
ラウストの不在に稲妻の剣リーダーマルグルスが聞いたのはラウストがパーティーを抜けた翌日。
ヒュドラ退治のリベンジに行こうとしていたその時だった。
……実際のところ、ラウストは追放されたのだが、マルグルスは昨夜の出来事を覚えていなかったのだ。
そんなマルグルスの様子を見たサーベリアは呆れた様子で口を開いた。
「いや違うでしょ。ほら、昨日あいつ追放したじゃない?」
「ああ、そう言えばラウストを追放するて言ったけ?酒入ってたからそこらへんの記憶曖昧なんだよね……」
そしてそのサーベリアの言葉にようやく昨夜のことをマルグルスは思い出す。
……ひどくどうでも良さげな、そんな態度で。
そのマルグルスの態度は、仮にも仲間を追放したとしてはあまりにも淡白なものだった。
「まあ、何時もの八つ当たりの延長上のことだったからね。あんな奴のことなんて覚えてなくても当然ね」
「それにしても、あんな八つ当たりでパーティーから抜けるとかあいつも馬鹿だな。折角稲妻の剣ていう一流のパーティーに入れたのに」
「ええ。欠陥治癒師は心まで欠陥持ちなんじゃない?」
「そりゃ言えてるな!」
……しかし、そのマルグルスの態度を咎めるものなどこの場にはいなかった。
いや、今はこの場にいない女魔導師アーミアが居たとしてマルグルスを咎めることはなかっただろう。
彼らにとって昨夜のラウストの追放、それはその程度のものなのだ。
特にマルグルスとサーベリアにとってラウストというのはただ、想定以上に使えたのと、幾ら好き勝手にしても文句を言わないからパーティーに入れていただけでしかない。
ーーー 何せ、そもそもマルグルス達はラウストから金を搾り取ろうとしてパーティーに入れただけでしかないのだから。
マルグルスとサーベリア、その二人は今でこそ一流のパーティーとして名を馳せているが、以前は迷宮上層で足踏みしている程度の二流冒険者だった。
そして、命をかけても稼ぎが少ない現状を疎んだマルグルス達は冒険者の中のはぐれ者をパーティーに入れて騙し金をむしり取るという、詐欺を始めた。
その収入は決して多いものは言えなかったが、そのはぐれものを騙す快感に病み付きとなった二人は何度もその詐欺を繰り返した。
それは決して合法とは言えない手段ではあったが、二人が幾ら詐欺行為を働こうが相手ははぐれ者だけ。
咎めるものなど一人としていなかった。
そしてラウストも、元はマルグルス達の詐欺の標的にしか過ぎなかったのだ。
だからこそ最終的には、その当時のラウストの手持ちがあまりにも少なく騙す意味がなかったのと、想像以上に使えたことなどの理由で、ラウストをパーティーに入れることにはなったのだが、マルグルス達にとってラウスト達は搾り取るべき標的でしかない。
それは普段のラウストに対するマルグルス達の態度からも現れているだろう。
ラウストが入った直後から、パーティーが成長し始めたにもかかわらず、マルグルスたちはそれは全て自分の実力だと思い込んでいるのだ。
「まあ、ちょうどいい機会だし新しい治癒師をパーティーにも入れることにしようぜ。あいつと違って優秀な奴をな」
「ええ。分かっているわ。だから今アーミアに新しくて優秀な治癒師をスカウトしに行ってもらっているわ」
「成る程、だからアーミアがいなかったのか。まあとにかく、あの欠陥野郎からきちんとした治癒師に変わるんだからヒュドラなんて余裕だろ。今日は体調もいいしな」
だからマルグルス達はラウストがパーティーを抜けたと聞いてもまるで自分達のパーティーのことを心配してなどいなかった。
マルグルス達は自分達は優秀な一流のパーティーだと信じ込み疑うことすらしていない。
「よしっ!今度こそヒュドラを殺るぞ」
……だからこそ、そう告げあるきだしたマルグルスはまるで危機感を覚える様子なくあるきだしたのだった。
◇◆◇
それから数分後、冒険者ギルドに着いたマルグルスとサーベリアはギルドの一室で、アーミアが治癒師を連れてくるまでの間、談笑して待っていた。
「なんか今日のアーマスト、調子悪そうじゃなかったか?」
「あ、受付嬢ね。又聞きだけど、なんか下層の素材を持ってきた冒険者を怒らせてしまったみたいよ」
「へえ。それは災難だったな。どうせ相手の冒険者はアマーストを侮辱して言い返されて逆ギレしたとかそんなもんだろう。だったら俺たち稲妻の剣が活躍して専属ギルド職員の株を上げてやらないと」
「ええ。とにかく今はヒュドラを倒さないとね。まあ、あの足手まといいないし余裕だと思うけど!」
と、そうして談笑していた時だった。
複数人が歩いてくる足音が近づいてきて、マルグルス達が待機している部屋の扉がノックされる。
「ようやくきたか」
その音にマルグルスは小さく呟くとその扉を開いた。
「お待たせしましたわ」
「今日はよろしく頼むわ」
次の瞬間、開け放たれた扉から何時もの装備に身を整えたアーミアと、白いローブを身に纏った一人の女性が現れる。
その白いローブを着た女性は口元を布で隠していたが、その露わになっている部分だけでも整った容姿をしていることは見てとれ、マルグルスは無意識にその口に笑みを浮かべる。
「……え?」
けれども、次にその女性の全身を見て言葉を失うことになった。
「あんた、その装備で大丈夫なのか?」
何故なら、その女性は後衛の装備で、近接戦ができるような格好では無かったのだから。
「それならヒュドラの尻尾に一撃でも当たればかなりのダメージを与えられるぞ。せめて魔獣の革鎧ぐらいは身につけていた方が……」
「……え?私はそんな前になんて出ないわよ」
「……は?」
けれども次の瞬間、その女性の言葉にマルグルスは言葉を失うことになる。
何故なら、マルグルスは新たにくる治癒師も当然のごとく前衛に立つものだと思い込んでいたのだ。
「リーダー!普通の治癒師は前衛には立たないですわよ!」
「っ!」
……けれども、次の瞬間アーミアに耳に囁かれた言葉にマルグルスは治癒師は本来前衛に立たないことを思い出すことになる。
長年ラウストと一緒に活動してきたマルグルスは治癒師は前衛に立つものだという勘違いを起こしていたのだ。
だがもちろんそんなことを普通の治癒師に求めるわけにはいかない。
「そ、そうだった。すまない。昨夜前の治癒師が財産を奪って出て行ってしまってな……まだ混乱が抜けてないみたいだ」
「まあ、そんなことが……」
だからマルグルスは咄嗟にラウストに責任を押し付け、その場を誤魔化す。
普通に考えて、混乱していたとしても治癒師に前衛を任せる人間はいないが、仲間に夜逃げされたというエピソードに同情したのか治癒師の女性はそれ以上追求することはなかった。
そのことにマルグルスは何とか誤魔化せたと一瞬安堵を抱く。
……けれども、その安堵はすぐに前衛が一人減ったが大丈夫なのだろうかという心配へと変わる。
何せ、前衛が一人減ればそれだけで敵を押し留める難易度はさらに高くなるのだ。
「……いや、大丈夫か。ラウストは殆ど攻撃せずに逃げ回っていただけだし、あいつは役立たずだったもんな。まあ、稀に出す攻撃はたしかに強力だったが、稀にしか出さなかったし……」
けれども、直ぐにマルグルスはその自身の心配を懸念だと思い込む。
そしてマルグルスは笑顔で治癒師の女性へと手を差し出した。
「ではよろしく頼むよ」
「ええ。かの有名な稲妻の剣に、入ることができるなんて光栄だわ」
次の瞬間、女性が告げた言葉にマルグルスは自尊心をくすぐられたのか笑みを浮かべる。
「じゃあ行こうか。自己紹介は道中でも大丈夫だろう?」
「え、ええ」
そしてマルグルス達は意気揚々と、冒険者ギルドを後にする。
……けれどもその時マルグルス達は自分達が大きな思い違いをしていると言う、そのことに気づいていなかった。
何せラウストが抜けたことによって出来た大きな穴、それは治癒師を一人入れたくらいで埋まるものではないのだ。
けれども、その事実に気づくことなくマルグルス達はヒュドラのもとへと向かっていく………
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