第5話 ナルセーナの夜
「はあ、疲れたぁ……」
女の子なのにだらしないかな、そんなことを頭の片隅によぎるが、身体に溜まった疲労に抗うことは出来ず、私、ナルセーナは部屋のベッドへとだらしない声を上げながら倒れ込んだ。
現在の時刻は下層の素材を換金した後、お兄さんと食事をして帰ってきたので、もう夜も更けている。
換金はお兄さんの顔見知りの店に行ったおかげで、他の場所と比べれば短時間で換金を終えることができたのだが、それでもある程度の時間はかかることになった。
そしてそのせいで、迷宮から帰ってきたときはそこまで疲れていなかったにもかかわらず、現在私はへとへとだった。
「えへへ。お兄さん笑ってたなあ……」
けれども、それだけ疲れながらも私は満足な笑みを浮かべていた。
確かに今日は色々なことがあった日だったけれども、それでもお兄さんはどこか嬉しそうだったのだから。
「えへへ!」
ーーー それも私の勘違いでなければ、私がパーティーに入ったことに対して喜んでくれていた気がするのだ。
そう考えて、私は興奮気味にベッドの上で足をばたばたと動かす。
その口元は緩んでいて、最早自分が疲れていたとこさえ一時的に頭から抜けていた。
それほどに、私にとってお兄さんが自分のことで喜んでくれたというのは嬉しいことだったのだ。
それまで私は自分がお兄さんにとって必要ではないかもしれないと思い込んでいたからこそ、なおさら。
私は初めはお兄さんを自分が守るという気持ちでやってきていた。
そう、私は自分がお兄さんよりも強いと思い込んでいたのだ。
「お兄さん、本当に本当に強かったもんね……」
……だけど、それは勘違いだった。
お兄さんは私なんて比べ物にならないほど迷宮で活躍していたのだから。
それは私が以前あった時と比べ物にならないほどの成長だった……
◇◆◇
実は私はお兄さんとは今日初めて出会った訳ではない。
恐らく今日の様子からお兄さんは覚えていなかったと思うが、私は一度お兄さんに助けられたことがある。
そしてその時の光景は未だ私の頭にこびりついている。
ボロボロで、決して強いと言える実力を有していないにもかかわらず、お兄さんは必死に私を守るために戦っていた。
初級治癒魔法ヒールそれは決して使い勝手の良い魔法ではない。
何せ、その魔法はかけた相手の治癒能力を上げる程度の、決して戦闘用の魔法ではないのだから。
あくまで《ヒール》は戦闘後に、軽傷などを早く治すためにかける気休め。
けれども、そんな魔法しか使えない癖にお兄さんは必死に魔獣と戦っていて、そしてその姿を見たとき私はある一つのことを決めたのだ。
お兄さんは冒険者でありながら、誰一人として仲間にしてくれないと嘆いていた。
だったら私がうんっと強くなってお兄さんのパーティーに入ってあげようと。
そしてお兄さんを守ってあげて、沢山褒めてもらうんだと。
だから私はその日お兄さんに助けられてから必死に頑張った。
優秀なスキルを厳しい訓練でさらに磨いて反対する両親を力づくで認めさせた。
さらに家の伝手を使い、ギルドで欠陥治癒師、お兄さんのの噂を逐一確認していた。
……訓練している間も、お兄さんが無事かどうか、気になって仕方がなかったのだ。
だから、お兄さんが詐欺行為で有名な二流パーティーに入ったときは慌ててお兄さんのところに行こうとしたし。
そのパーティーが一流になった後も、あまりにも酷いお兄さんの扱いに早く冒険者になるために必死に訓練した。
そしてそんなことがあったから、私がようやく冒険者として活動できるようになったその日、お兄さんがあの詐欺パーティーから追放されたと聞いて私は歓喜した。
こんなタイミングは運命だとしか思えず、パーティー追放されたお兄さんを自分が慰めてやるんだと心に決めたのだ。
……だからこそ、私はお兄さんがあまりにも強くなっているのを見て呆然とすることになった。
お兄さんは前会った時から考えられないほど強くなっていた。
いや、強くなったそれだけではない。
索敵に、罠の解除、魔獣の弱点などの幅広い知識、そして《ヒール》だけしか使えないはずなのに、私が怪我をした時一瞬で直したその治癒魔術の腕。
その全てが一流となっていた。
……そして、そのお兄さんの姿を見た私は落ち込むことになった。
何故なら私はずっとお兄さんを守るつもりでいたのに、お兄さんは私よりももっと強くて私は自分が自惚れたことに気づかされたのだ。
お兄さんのその実力なら、恐らくどんなパーティーにも入ることができるだろう。
そう、あの勇者のパーティーに誘われることだってあるかもしれない。
そうしたら私はもしかしてお兄さんにとっていらないはずの人間かもしれない。
そう考えて、私は目の前が真っ暗になるような錯覚に陥った。
……でも、それは祝うべきことなんだろうと私は分かっていた。
だって、お兄さんがどれほど努力していたのか私は知っていたのだ。
だから、私はいくら自分が要らないと言われてもお兄さんの努力が実ったことは絶対に祝わなくてはならないことだって、そう自分に言い聞かせて……
ーーー だから、私はあの受付嬢の態度に激怒することになった。
私はあの女のような人間を知っている。
自分よりも下だと思えば、相手を好きなだけ蔑み、そのことに全く罪悪感を抱かないような人間だ。
そして、そんな人間にあれだけ必死に頑張っていたお兄さんが良いように言われるなんて許せるわけが無かったのだ。
だから私は感情的にギルドを飛び出してしまって、その後一瞬自分勝手な行動を取ってしまったことを恥じた。
けれども、お兄さんはそんな私を咎めるどころか笑ってお礼を言ってくれて。
ーーー そして、お兄さんが嬉しそうにし始めたのはそれからだった。
「えへへへ!」
その時のことを考えて、私はまただらしなく顔を緩めて笑ってしまう。
もしかしたら隣に声が聞こえてしまうかもしれないど、今はそんなこと気にしてもいなかった。
「でも、なんで何だろう……?」
けれども、その時ふと私の胸にとある疑問が生まれることになった。
それはお兄さんが加入していた詐欺パーティーについてのことだ。
「……何で前のパーティーの人はお兄さん程の凄い人を追い出したのだろう?」
ふと私が思いついたその疑問の答えが出ることはなく、私は直ぐにその詐欺パーティーのことなんて忘れることになったのだった……
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