第4話 受付での一時

リッチをナルセーナが倒してから、勝負は直ぐに終わることになった。

オーガは近接特化した魔獣で決して弱いわけでもない。

だが、リッチという司令官であり、強力な魔術を使う後衛が居なくなった今、僕達がオーガ達如きに苦戦するわけがなかったのだ。


オーガを倒したそれからも、僕とナルセーナは下層を巡り様々な魔獣を狩った。

その間様々な罠や、迷宮の壁などに擬態して襲いかかってくる魔獣も存在したが、最初のようなイレギュラーは起こらず、ナルセーナが軽傷を負った以上の被害を僕達が出すことはなく無事探索を終えた。


そして僕達は数時間後には、少しの疲労を覚える程度の状態で迷宮を後にしていた。


「実は一定以上の知能を持つ存在には笑っていると結構ヘイトを集めることが出来るんだよ」


「なるほど、だからお兄さんは防御に回っているときは笑顔を顔に浮かべているんですね」


「正直、僕は別に戦闘狂でも何でもないから笑っているの結構きついんだけどね……でもほら、僕って防御に回っている時て攻撃できないから無視されると困るんだよね……」


迷宮を出て、ギルドに向かう道すがら僕はナルセーナと談笑しながら歩いていた。

それは穏やかな時間で、僕はその穏やかさに物珍しさを忘れることが出来なかった。

今まで、前のパーティーではこんな時間は存在しなかったのだから。

いや、正確には迷宮帰りの談笑に僕だけは参加できなかったと言うべきか。

だからこそ、迷宮終わりのこんな穏やかな談笑に僕は慣れていなくて。


けれども、その穏やかさは決して嫌なものではなかった。


だから僕は自然と微笑みを浮かべて……


「でもお兄さん、これだけ稼げれば結構な値段になりますよ!だから苦労した甲斐はありましたよ!」


「……え?」


……けれども、次の瞬間ナルセーナが告げたその言葉に僕は自分の顔に微笑みの代わりに疑問げな表情を浮かべることになった。


ナルセーナの言葉、それを僕は信じられなかったのだ。

僕のマルグルスから貰っていた報酬は他のパーティーメンバーの大体4分の1。

それから逆算すれば決して報酬は高くないはずだ。


「いや、そんな大した値段ではないだろ?」


「えっ、これで大体家を買えるだけの値段がありますよ」


「………………え?」


だから僕はナルセーナのその言葉に言葉を失うことになる。


そしてそれから数分後、僕は今まで僕が稲妻の剣で貰っていた報酬、それは他のパーティーの十分の1にも満たなかったことを理解した僕はその場に崩れ落ちることになったのだった。


「そうだったのか……なんかやたらと裕福な様子だったからおかしいとは思っていたけど……」


「お、お兄さん!?げ、元気出してください……」


それから、マルグルス達に騙されていた、そのことを知った僕は少しの間衝撃を隠すことが出来なかった。

確かに僕は欠陥治癒師だ。

マルグルス達の望むほどのレベルでなかったことは理解している。

だからこそ、他の仲間の4分の1の報酬で我慢していたのだが、まさか実際は十分の1ほどの報酬を貰えていないとは思っていなかったのだ。


「う、うん。ありがとう。まあ、とりあえずギルドに行こっか」


「は、はい!」


……けれども、いつまでも落ち込んでいても仕方がない。

僕はそう考えて、またギルドを目指すことにした。

マルグルスに騙されていたことは衝撃だった。

けれども、過去が今更どうにかなるわけではないのだ。

だったら、今からどれ程の金額をもらえるかそのことに期待を寄せていた方がよっぽどいい。

僕はそう考えることにして、冒険者ギルドに向かうことにした。


「っ!」


「あら」


……けれども、冒険者ギルドに到着してとある人物の姿を見た僕の気分は、さらに落ち込むことになった。






◇◆◇






顔を歪めた僕の視線の先、そこにいたのは受付に立つ見目麗しい受付嬢だった。

……けれども、僕は彼女が苦手だった。

だから僕は出来るだけ、早くこの場を去るために今まで取ってきた素材、主に魔石などを彼女の前に置く。


「あら、稲妻の剣から追放されたと思ったらまた新しい寄生先を見つけたのね」


……しかし、そんな僕の内心を無視して受付嬢は僕へと話しかけてくる。

その言葉にこれでもかと、僕に対する嘲りを込めながら。


「これも下層の魔石で、これも下層?貴方本当に寄生相手を見つけるのだけは天賦の才があるわね。まあ、肝心の回復魔法はお粗末だけども!」


寄生、それは実力のある人間のパーティーに実力のない人間が加入することで、実力が無いにもかかわらず破格の報酬を得る行為のことだ。

……もちろん、今回僕はナルセーナに寄生などしていない。

けれども、そのことを僕は受付嬢に告げる気など無かった。

何せ誰も僕の言葉など信じないことなど僕は理解しているのだから。

それが僕という存在。

誰もが僕を嘲り、どれだけ努力したところで僕の存在を認めない。

……だから僕はナルセーナの前でここまで貶されることに情けなさを感じながらも、それでもいつもの様に必死に感情を殺してこの場をやり過ごそうとする。


「へえ。そこまで言うならここでの換金はやめさせていただきますね!」


ーーー けれども、その時怒気を隠そうともしない声が響いた。


「そうですか、そこまでお兄さんのことが信用できませんか。それならもういいです。私達は他の場所で素材を売らせて貰いますから!ええ!そうさせていただきます!」


その声の主は、激情したナルセーナのものだった。

そしてその殺気さえ混じった言葉に、受付嬢も唖然として言葉を失う。


「ま、待って下さい!他の場所に売るのは面倒ですよ!それにほら、私はこの寄生男に騙されている貴女を助けるために……」


けれども、次の瞬間系受付嬢は顔を青くしてナルセーナを引き止めようと言葉を尽くし始めた。

冒険者ギルドは冒険者から得た素材を転売することで利益を得ている。

だからこそ、これだけ大量の下層の素材は冒険者ギルドとしては何としてでも欲しいのだろう。


「パーティーメンバーを馬鹿にするような場所には一つたりとも売るつもりはありません!」


「っ!」


けれども、その受付嬢の言葉をナルセーナは一刀両断すると、それっきり呆然とする受付嬢を後に出口へと歩き出す。

そして、その姿を僕は呆然と見つめていた僕はギルドを後にするナルセーナに我を取り戻し、その姿を追って走り出すことになった。







◇◆◇






「ご、ごめんなさいお兄さん!か、勝手に素材の売却のことについて決めてしまって……」


ギルドを出た後、僕はナルセーナに謝罪をされることになった。

先程まで、怒りで顔を真っ赤にしていたはずのナルセーナの顔は、青くなっていて本当に反省しているのが伝わってくる。


「別に全然気にしてなんていないよ」


けれども、僕はナルセーナに対して全く怒りなんて覚えていなかった。

確かに冒険者ギルド以外で素材を下ろす場合は、かなり手続きが必要で面倒なことはこの上ない。


けれども、そのなことなんてどうでもよくなるほど、今僕はナルセーナに感謝していた。


「でも……」


「本当にありがとう、ナルセーナ」


だから、その感謝を伝えるために僕は未だ何事かを言おうとしていたナルセーナの言葉を遮り感謝の言葉を告げた。


「えっ!いや、そんなこと……」


その僕のお礼に、照れたのかナルセーナの顔が僅かに朱に染まる。

けれども、彼女は次の瞬間僕の目を見て微笑んだ。


「ほら、私達はパーティーですから!いつだってお兄さんは私を頼ってくれていいんですよ!」


そのナルセーナの笑顔に、僕は笑みを浮かべる。

不思議なことだが、僕は以前にもパーティーに入っていたはずなのに、今初めてパーティーを得たかのような、そんな思いを抱いていた。

けれども、それは決して嫌な感情ではなくて、僕はナルセーナへと口を開いた。


「うん。ナルセーナ、これからよろしくね」


「はい!こちらこそです!」



そしてこの日から、僕は自分の存在を肯定的に認め始めることになる。

いや、その言い方は正確ではないか。


ーーー この日に僕が得たのは、自分時事に対する自信ではなく、自分を正確に認めてくれる仲間の存在なのだから。

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