第3話 下層での戦い

ワームを無事撃退できた僕の姿を見たナルセーナは危なくなれば直ぐに引き返すという条件のもと、下層に向かうことを了承してくれた。

そのおかげで僕達は何とか下層に辿り着くことが出来たのだが……


「るぁぁぁぁぁあ!」


「GAAAAAAA!」


「GAAAAAAA!」


「GYAAAAAA!」


……下層に来て早々、オーガとリッチの群れに囲まれることになった。


下層に行けるかどうかで冒険者パーティーは一流パーティーか、それ以外かを判断されることになる。

その理由は、今一流冒険者は10パーセントにも満たないという事実を見れば理解できるだろう。


端的に言って、迷宮下層はあまりにも難易度が高いのだ。


複雑な罠に様々な場所に設置され、スキルを有する強力な魔獣が出現する。

だが、それ以上に厄介なのは魔獣の戦い方の変化だ。

そう、下層に来れば魔獣たちは違う種類の魔獣同士で前衛、後衛に別れたパーティーを組み、冒険者へと襲ってくるのだ。


……そして、オーガとリッチというパーティーは下層の中でも高難易度だと言われる組み合わせだった。


「っ!何で下層に入って直ぐのところでリッチとオーガのパーティーにっ!お兄さん!」


僕の前にいたナルセーナが強張った顔で、言外に上層に戻ろうと求めるのが分かる。

それは当然の判断だろう。

普通に考えれば、オーガとリッチなんて絶対に二人では勝てるわけがない相手だ。

何せ、オーガの中には一匹だけ通常のオーガよりも大きな、強化種さえいるのだから。

これから一流パーティーの人間だって逃走を選ぶ。


……だが、逃げること出来るかどうかはまた別の話だった。


「無理だ。魔法スキルを有するリッチがいる今、背を向けるのはリスクが高すぎる。それにこのまま上層に逃げれば二次被害が起こりかねない」


「ーーーっ!」


僕の言葉に状況が理解できたナルセーナは唇を噛みしめて、拳を強く握る。

迷宮において、危険だと思った時引き際を見極めるのは大切だが、だが衝動的に逃げるのは逆に危険なのだ。

つまり、僕達には目の前の敵と戦う選択肢以外残されていない。


「大丈夫、こいつら程度なら直ぐ終わる」


「………おにい、さん?」


けれども、僕は目の前の敵に対して全く恐怖を抱いていなかった。

一人であればかなり厄介であったことは間違いない。


けれども今僕にはとても心強い仲間がいるのだ。


「ナルセーナ、僕が全ての敵を引きつける。だから状況を見てリッチを頼む」


「……え?」


だから僕は笑顔でナルセーナにそう告げて、短刀と投げナイフをそれぞれ右手と左手に持つ。


「お兄さん!」


そして次の瞬間、響いたナルセーナの声を後ろに僕はオーガへと走り出した……








◇◆◇







「GAAAA?」


「GAAAAAAA!」


「GYAAAAAA!」


一人、走って来た僕を見た三体のオーガたちは嘲るように笑った。

そしてその笑みに僕はオーガ達は僕を敵としてさえ認識していないことを理解する。

だが、それは自惚れなんかではないだろう。

僕だって、自分のような痩せ方の男が三メートル近い体格を有するオーガの目の前に立っていたら男は瞬殺されると思うし、それは誰だって同じだろう。


「GAAAAAAA!」


だからオーガ達は走って来た僕に対して、まるで警戒心を見せることはなかった。

まるで虫を潰すように無造作に、走って来た僕へと丸太のような腕を振り下ろして。


「今回のオーガは武器を持ってないから攻撃を受け流しやすいな」


「GA?」


そして次の瞬間、その攻撃を僕にあっさりと受け流されて、その時ようやくオーガ達は気づく。

虫ケラだと思い、嘲っていたはずの相手は決して弱くは無かったことを。

そしてさらに、その相手を自分の敵だと認識したからこそ、オーガ達の顔は怒りに歪むこととなった。


「強化種がいたことには驚いたけど、やっぱりこの辺に出てくるオーガは大したことない」


ーーー どうやら、オーガ達の攻撃を受けてもなお、僕はオーガ達を全く脅威として認識していないことに気づいたらしい。



「GYAAAAAAAA!」


次の瞬間、僕の態度に激怒したのかオーガの強化種が僕めがけて咆哮を上げる。

そしてその咆哮を合図にオーガ達は僕を包囲して……



次の瞬間、オーガによる一方的な攻撃が開始された。






◇◆◇







オーガの激怒により始まった戦闘。

それは一方的なものだった。

何せ僕は一方なのだから。


「はは。これなら数時間は持つ」


ーーー けれども、さほの戦闘の中笑っているのは僕の方だった。


確かに今、僕は防戦一方な状態で一切オーガに攻撃していない。


だが、それは攻撃が出来ないからしていないだけではない。

ただ、防戦に徹底しているだけに過ぎないのだから。

そしてそれが真実であることを示すように、オーガの攻撃はどれ一つとして僕の身体に触れることはなかった。


横から、後ろから、前から。

その全ての方位から、オークなど比にならない破壊力と速さを有したオーガの攻撃が僕にめがけて振り下ろされる。


けれどもその全てを僕は避け、短剣で受け流す。

そう、まるで全方位に目があるかのような動きで。

そして全方位に目がある、それは認識として間違ってはいなかった。

何せ僕は現在、全てのオーガ達の動きを完璧に認識している状態なのだから。


僕は戦える治癒師ではあるが、それは決して戦闘の才能があることとはイコールで結ばれない。


別に戦闘の才能がない訳ではないが僕は器用貧乏でしかない。

だから僕はスイッチを入れ替える。

攻めるか、守るかという、その二つに。


ーーー そして、守るにスイッチを入れた僕の動きはオーガ程度ではとらえることはできない。


「は、はは!」


僕は攻撃を受け流し、躱し、動きながらこの程度で終わりなのかと、オーガ達に嘲笑を浮かべる。

余裕がある態度を一切崩さないようにしながら。


「GYAAAAAA!」


そして、その僕の態度にとうとうオーガの変異種が我を忘れて激怒した。

その巨大な身体で大きく踏み込み、体重の乗った拳を僕へと叩きつけようとする。

その拳は、何らかのスキルが発動しているのか、赤い僅かな光に覆われていて。


「しっ!来たーー」


それこそが僕の狙いだった。

僕はそのオーガの拳を大きく態勢が崩れることを承知でかわす。

そしてそんな僕の行動を見て、オーガの変異種の顔に満足げな笑みが浮かぶ。

どうやら僕がとうとう対応しきれずに倒れたと思い込んだようだ。


「残念」


「GAA、GAAA!?」


「GYAA!?」


だが、それはオーガの強化種の勘違いでしかなかった。


僕が無理な避け方をした強化種の拳は、僕の身体を少しかすって、その背後にいたオーガへと当たったのだ。

そして強化種のスキル発動した拳が身体に当たったオーガは患部を庇うように丸まりながら苦鳴を上げる。


「GYA、GYAA!」


「GAAA」


その光景に、ほかの2体のオーガ達の攻撃が止み後ずさる。

下層の魔獣であるオーガはある程度思考がはっきりしていて、倒れ伏せる仲間の様子に動揺しているのだ。


そして、そのオーガの動揺を認識した瞬間に僕は走り出していた。


僕の走る先、そこにいたのはリッチだった。

僕程度ならばオーガでも大丈夫だと最初から判断していたのか、それとも防戦一方の僕の様子に勝負は決まったと判断したのかは分からない。

だが、ナルセーナの方へと魔術を放とうとしていたリッチはオーガを振り払って自分の方へと走って来ている僕の存在に気づかない。


「るぁぁぁあ!?」


そしてようやくリッチが僕の存在に気づいたときすでに、リッチのの半透明な身体は僕の投げナイフの射程内だった。


「らぁっ!」


全力で僕が投げた投げナイフはリッチへと一直線に飛んでいったが、後衛向きとはいえ人間離れした身体能力を持つリッチによってよけられることになった。

まあ、いくら不意をついたとしてもスキルも飛び抜けた才能もない僕ならこの程度だろう。

それに別に僕の目的はリッチを仕留めることではないのだ。


「るぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


しかしそんなことを知るよしもないリッチは感情的な咆哮を上げ、オーガ達になにか指示を出し始める。

そして自分自身もなにか魔術を僕に放つために準備しはじめて……


「ナルセーナ、頼んだ!」


ーーー そのリッチの態度に、僕は満面の笑みで叫んだ。


「るぁぁあ!?」


その瞬間、リッチは焦ったように振り向こうとする。


「はぁぁぁぁあ!」


けれども、その時もうすでに手遅れだった。

リッチが振り返るその暇さえ与えずナルセーナの拳はリッチの身体に吸い込まれていく。


「るぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


そして次の瞬間、そんな断末魔と共に下層の入り口最悪の魔獸と言われるリッチは霧散していった……

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