第29話 エルフ族の金庫⑪ 言葉にできない、たしかなこと

(異世界追放、だって?)

 


 ブブルブの言い放った言葉にオレは驚いた。


 あの女神から鍵を貰ったこともだが、執り行うという事態に頭が追いつかないでいる。


 


「執り行う……どういうことをなんでしょうか」



「別の異世界に向かわせるということだ」



 オレの皮膚が粟立った。


 人道的に許される行為だろうか。



「とおさん。王族直属の鍵師資格はく奪されれば、元の生活には戻れませんよ」

「メアリー・アンの言う通りだな。無職でエルフの森にはいられないだろう」

「お前たち」



 確かに、そうなんだ。父さんだって分かっているんだ。分かりたくないけどな。


 でも、死体蹴りもいいところじゃないのか。どうなんだ。



「師匠、わたしはエルフの森に未練なんかありません」

「オレなんかと出会わなければ、王族直属のか――」

「あたしは師匠と出会えたからこそ、今、こうして状況を受け入れられて、前を向けると思うんです」


 

 自信プライドの塊であるエルフ族。


 彼女は、どうしてここまで落ち着いているんだろうか。



「どうでもいいよぉー~そんなのなんかさぁ~人間の鍵師ぃー解いてくれよぉー」



 うねうねと視界の隅で畝っているのが分かるが、口を割って間に入って来られたら迷惑だ。


 オレだって手一杯で、頭の中だって考えが追いつていない。



「ジョイ。ほんの少しでいいですから、口を閉ざして貰えないか」

「……分かったよ。とっとと済ませちゃってなぁー」

「ジョニイ~~頭に血が昇っちゃうよぉう~~」



 ようやく口を閉ざしてくれたことに、オレは安堵の息を漏らした。

 

 彼女が腹を括ってしまったことに、オレが横から何を言っても仕方がない。


 

「ブブルブ王。何を手伝えばいいでしょうかっ」

「うむ。異世界への門を開けるには――二本の鍵が必要なのだ」

「オレの、……鍵がですね」

 


 オレは自身の拳を握った。汗が滲む感覚に現実だと分かる。


 言い返しにブブルブも「そうだ」と短く応えた。



「エッカの決心が鈍らない内に執り行う」


「ええ。人思いにやっちゃってくださいー」



 エッカの言葉にオレも「やりましょう」と大きく声を絞り出す。


 ブブルブが杖を取り出すと鍵に変えた。



「儂とショータ鍵師の鍵を正面、同時に突き差し、一緒に開錠させれば時空の扉が開くのだ」


「同時に何もないところに差し込んで――開錠させる、んですか」

 


 オレは聞かされた状況を、自身に言い聞かせるように口に出して聞く。


 それに「そうだ」と冷淡に吐き捨てられる。もう少し、言いようがあるだろうに。



「では。やろうではないか」

「っこ、こんな場所でいいんですか?」

「洞窟だぞ。むしろ、ここ以外にいい場所があるのか」



 洞窟。そして、オレたち以外、誰もいない場所。


 たしかに、ここ以上に都合がいいところはないだろうな。

 

 

「はい。分かりました」



 もう二つ返事しかない。

 

 後ろに引き返すことなんか無理だ。



「では、鍵を」

「はい」

「真っ直ぐに差し込むのだ!」



 ろくに返事も出来ないまま――オレとブブルブが同調して鍵を差し込み、大きく回した。



「《開っっっっ錠!》」

 


 ガチャリ、と大きな音が鳴り響くと空間を震わせて重い扉が開く。


 中からは不気味な程に生温い風が噴き出て、オレたちを飲み込んだ。



「ぅおあ!」


 吹っ飛ばされそうになったオレは地面を強く踏み込んだが、あまりの強風にあわやという局面で――

 


「しっかりするのだ」

「っす、ぃません」

「よい」



 がっしり、と横に立っているブブルブの腕が、オレを抱き支えてくれたことで飛ばされずに済んだ。


 

「エッカよ。行くがよい、振り向くことなく。前にな」

「あの。もう大丈夫なので離して下さい」

「気にするな。ショータ鍵師」



 支えられ続けられることが全員に見られていることが、とっても恥ずかしい。


 こういう気持ちは分かってもらえないだろうか。分かってやっていたら、本当に性格が悪くないですかね。


 

「あの。し、師匠」



「な、何かな。エッカさん」


 

 エッカのまさかの問いかけに、びくっとオレの身体が大きく揺れてしまう。


 ブブルブにバレただろうな。

 

 

「あたし、師匠の故郷に行きます。神様に、お願いをします、……ですから」



 大きな身体が、前のめりに屈めてオレに言う。



「ずっと、ずっと! 師匠をお慕いし続けてお待ちします」

「ぅん。分かりました」

「あたしはエルフ族ですから時間なんか……関係ないんですからねっ!」



 分かっている。


 でも、言葉にできない。



「何も、怖くなんかないっ!」



 一歩、前に足を踏み出した彼女に「もしも、旭川に着いたら! どんな手段でも、行き方が分かったら教えて下さいっ」と縋るようにいうことしか出来ない。


 オレだって一緒に行きたいですよ。でも、まだ、無理なんだ。言い訳に聞こえるかもしれないけど、時期じゃないんだ。



「りょーかいでっす! じゃあ! さよならァー」



 バッタン! と扉が閉まった。


 同時に、オレの腰が砕けて落ちてしまいそうになったが、ブブルブが支えてくれている。



「泣くな。子どもの前だろう」

「ぅ、あァああァ……!」

「エッカからの報せを待とうではないか」


 オレは大泣きをしてしまい、ブブルブと一緒に地面へと座り込んだ。


 

「人間の鍵師さんは帰りたかったのかぁ」


 

 真横からジョイがオレに声をかけてきたことに驚いたが「当たり前じゃないか!」と咄嗟に言い返してしまう。


 押し黙ってしまった彼がいる方向を見る。



「貴様の弱さが選択をしたんだ。嘆くのは罪だろう」



犯罪者風情バカが、強くものを言える身の上なのか、胸に手を当てて考えるのだな」



 オレは何もかもが面倒になってしまって、思考を放棄した。

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