第26話 エルフ族の金庫⑧ 闇商売のダ・カポネ兄弟

 湖畔にある洞窟。最奥に移動式金庫が捕縛されていた。


 実行者にして、制作にも携わった、密入国者の男たちが名乗っていく。

 


「初めまして。私が闇商売を生業としている、ジョイ・アンディ・ダ・カポネ。ジョイとでもお呼びください」

 


 ジョイと名乗った男は、人間ではイケメンの部類に入る。甘いマスクと華奢で腰も低く、状況に合わせてイケる性質クチだろうな。


 吊り上がった紫色の瞳に、左の鼻孔、紫色の魔石を加工したピアスが輝く。小さな顔とは対照的に、質量のある黒髪ともみあげが印象的だ。

 


「は、じめ…………ロロで、す」

 


 もう一人は移動式金庫を縛った鎖を横で持ちながら座っていて、オレたちを見上ている。


 口の中に言いどもる口調は人見知り以前に、話すことが苦手なのかもしれないと、彼の性格を知るには充分だった。

 


「ようせい、おう?」

 

 

「ああ、こいつ。妖精王とは名ばかりの無職クズだよ、一日中ゴロゴロしてやがんの」

 

 

 オレが相手の肩書きを口にすると、ジョイが顔を縦に振って、鬱憤を口にして頷いている。



「こいつは弟のサンドロ・ロロ・ダ・カポネ。ロロでいいよ」

「ジョニイ遅いよぉ~~」

「それは私のせいじゃない。客人に言うんだ。貴様の口からな」

 


 対照的に似ても似つかない弟の方は、太い眉毛が常に怒っているみたいで、眉間に深いしわを刻んでいる。


 長い髪は適当に縛られているのが分かるよ。鼻下と顎鬚はきちんとされているから、ジョイが手入れをしているのかもしれないな。


 自己紹介されていたオレを他所に、エッカが移動式金庫と格闘をし始めていた。



「エッカさん! きちんと見て下さいよ!」


「わかってまぁーすぅ~」

 

 

 光る鎖で束縛されていたものの――金庫の形状が異形なのは明らかだろうな。

 


(頭が蝋燭。身体は太く金庫箇所か、手足と尻尾が、動物のものとは、……普通じゃないな)


 

 上手く金庫を懐柔してエッカが開けなければ、王族直属の鍵師資格ははく奪だ。後がない。


 流石に、根を上げたのがエッカが、制作者ジョイに聞いた。



「ジョイさぁん! 鍵穴はどこにあるんでしょうかぁー」

「鍵穴? どこだったかな? ロロ、覚えてるか?」

「俺は設計には携わってないから知らないよ」


 ロロの言い返しに「分からねぇわ」とジョイが両腕を広げて肩を上下に竦ませる。


 無責任なことだな。こってりと後でブブルブに絞られればいいと、オレは悪態とため息を吐いた。

 

 絶句するエッカにオレも同情をしてしまうな。

 


「最っっっっ悪!」



 彼女は魔法を駆使して金庫の全体を見た。鍵穴を探して回ったみたいだが、どうにも見つからない。


 表情に焦りが出始め出していて、荒く、肩で息を吐き始めていた。


 誰だって異形な金庫を前にしたら、普通の鍵師だって諦めて帰るよ。エッカは首の皮一枚で、後ろがないから、すごく頑張っているんだ。


 これが最後のチャンスにするのは、ヒドイってもんじゃないのか。


「まだまだ、これからも色んな金庫を開けて行く上で、こんなものの開錠が出来ないとなれば、儂の任命責任にも発展するであろう」

「しかし、ブブルブ王っ」

「なぁ、ショータ鍵師」


 低い口調で呼ばれたオレの喉が鳴る。血が上った頭も一気に下がる始末だ。


 何か、言い返さないといけないのに言葉が出ない。言い出したくて詰まった言葉さえも、消えていくのが分かる。

 

 

「王族直属の鍵師資格をはく奪されたなら――エッカはこれからどう生活をして行くのであろうな」



 ゴクリ……と生唾を飲み込んだ音が、鼓膜に響いてしまう。


 魔法も方向音痴並みに苦手。本業である鍵師の職も、本人の勉強と実践不足のため、金を貰っていいレベルなんかじゃない。


 そのことにブブルブも、先の金庫を開ける手荒さから察したのだろう。


 王族直属の鍵師であることを誇っていた彼女には何も残らない。過去の栄光もない、食ってもいけるはずがない。

 


「とおさん。エッカさんをサポートしてもダメなのかしら?」

 


 見かねたメアリー・アンがオレに聞いて来た。それにオレもブブルブに尋ねた。

 

 

「ぇえっと。どう、なんでしょうか?」

「ならん。この国で職を背負うのなら、一人で開錠をするのだ」

「だそうだよ、メアリー・アン」

 


 表情を曇らせてメアリー・アンがエッカの方を見た。

 


「孤立無援で作業させることが、エルフのやり方なの?」



 孤立無援はオレにもぐさっ! とくるものがあるな。仲間がいれば協力し合って対峙するのは当然だが。


 エルフがそうじゃないというなら、何かを第三者がいうのは野暮ってもんだ。

 

歯痒い表情を浮かべるメアリー・アンに、ジョイが声をかけた。



「お嬢ちゃん。郷に入っては郷に従えってやつでしょう?」

「! 分かっています!」

「にひひひ。でも、まぁ、……――独りで開けようなんざ無理だよ。ダ・カポネが手を貸して、産み出した最高傑作なんだからな?」


 

 オレは決めなければならないのか。


 彼女のために。


 ブブルブの横から一歩、オレは足を前に踏み出した。


「ショータ鍵師? どうかしたのか」

「彼女の資格はく奪は免れないでしょう。今日だけじゃない、今後もある。メッキは完全に剥がれます」

「ああ、……そうなるであろう」


 やりたくはないが。この異世界線でエッカの居場所はない。彼女は、自信過剰なエルフ族の女性だ。存在が特別でなければ生きていけない。


 

「金庫はオレが開錠します。そのあとに彼女の処遇の話しをしましょう」



「うむ。承諾しよう、行くのだ。ショータ鍵師」

 


 もっと早くに出会っていれば教えられたのに。いっそ、出会わなければ、こんな気持ちにもならなかったのに。

 


「っし、師匠?」

「代わるよ」

「っで、でもぉー……はぃ」

 

 

 オレの心が嘘のように、覚悟を決めている。

 


「っは。人間の鍵師風情が私の最高傑作を開けるだってぇ! やってみろよぉ!」

 


 エッカ、ごめんな。

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