第25話 エルフ族の金庫⑦ 湖畔の民の野望と失敗

 エッカのやる気に、オレは嫌な予感しかない。


(それにしても移動型の金庫ってのは初めてだな)


 初めて対峙する金庫だ。


(腕が鳴るな)


 しかし、この件はエッカが腕前を見せなきゃいけないんだよな。


【王族直属の鍵師】の資格はく奪の危機だ。オレたちは黙って見守ることしか出来ない。



 ◆

 


 エルフの森、最果ての湖畔。王宮内やラドルの住んでい森林とは違って、何かが直撃したかのように散乱している。


 湖畔のエルフたちの顔色は冴えず、疲れ果てている様子がオレには見えた。

 

 村の門に腰かけていたエルフの青年が、オレたちを見るなり駆け寄って来る。


 

「遅いじゃないか! 鍵師っ!」



 本当に、どうして毎回、依頼者に怒鳴られるんだよ。

 


「ミッシェル、済まぬな。儂の顔に免じてうちに鍵師を許してやってくれ」

「ぉ。ブブルブ王! っそ、そんな、どうしてこんな湖畔の、エルフの森の最果てまでお越しに!」

「儂も鍵師の腕前をみたいのでな。ついて来たのだ」

 

 

 そして、またしてもブブルブが王の顔で応える。エッカのためにだ。


 どれぐらい懐が広いのか、流石は――エルフの森を統括する王じゃないか。


 今回の依頼者のエルフは体格のいい、絵に描いたような青年だった。真っ白な長髪を三つ編みにさせて、頭部でひとまとめにさせて花を飾っている。


 顔もブブルブのように整ったものだな。もしかしてエルフ全般が美少女や美青年といった世界線なのかもしれない。


 吊り上がった柘榴色の瞳がオレたちを睨む。整った眉毛の端も吊り上がって眉間にしわを寄せている。薄い唇も大きく歪む。


 筋肉に張り付いた服の前に腕を組んで「それで! 鍵師は誰なんですか!」とミッシェルがオレたちを見渡す。

 


「僕は鍵師だ」

「あたしも鍵師ですわ」

「……オレも、鍵師です」

 


 オレたち家族の自己紹介後に、前に躍り出たエッカが「わたしが王族直属の鍵師のエッカです!」と声を弾ませて言う。


 どうしてそこまで自信満々なんだ。ドヤ顔で自己紹介も出来るって、相当、心臓が強いってもんじゃないぞ。鋼か、何かなのか。



「早く来いやぁああ!」

 


 そんな彼女にミッシェルが大きく攻め吠えた。それに彼女ときたら――

 


「もぉーちょっと遅くなっただけじゃないですかぁー」

 


 エッカの「ちょっと」の言葉にさらにミッシェルの表情が曇るの分かった。

 


「エッカさん。悪いのは貴女なんだから、反省はきちんとしましょう」

 

「まぁ。師匠がそう言うのでしたらー仕方ないなー……お待たせしてすいませんでしたぁー」

 


 最低限に出来る反省がこれにはびっくりしたが、言わないだけましだろう。態度は雑で、言葉だけにしてもだ。

 

 

「じゃあ。金庫まで連れてってくれますかぁー」


「ああ! ついて来い!」


 

 ミッシェルが歩いて進む路には散らばった木片が沢山あるため、足元を見ながら歩いて続いて行く。


 これ灯りがなかったら、絶対転ぶぞ。


 魔法で片付けが出来ないものなんだろうか。どうなんだろうな。

 

 

「路もだけど、周りの森林なんかも、どうして散乱しているんだ?」

 

 

 タイラーが聞き辛いことを容易く聞いた。

 


「金庫が暴れて身の危険を感じた湖畔の民が避難してしまったからだ」

「金庫のせいでこうなったっての?」

「ああ。金庫がずっと暴れていたからなっ! それと鍵師を呼んだというのに来ないからなぁア!」


 

 ずっと暴れていたというなら王宮ブブルブに救助要請を出せばよかったんじゃないのか、って思うのは、オレの結果論なのかもしれないな。


 鍵師であるエッカは魔法も使えるから、足止め程度なら可能かもしれないが――不安しかない。

 


(エッカが太刀打ち出来る、金庫かどうかも怪しいぞ)

 


 考え過ぎて胃が痛くなってきたよ。どうしたもんかな。

 


「しかし、移動系金庫とはな。儂が禁忌魔術指定法案で禁止しているというのにっ」

 


 忌々しいという口ぶりで、ブブルブが低く言葉を漏らす。

 


 「湖畔まで、そのような事案はすぐには……」

 


 ミッシェルは立ち止まり、歯切れも悪く反論をする。


 しかし、その言葉にブブルブが「湖畔の精霊たちが、嘘吐きと怒っておるぞ」と彼を見つめて言い返したんだ。

 

 言い返す言葉がなくなったのか、ミッシェルが狼狽えだした。なんだ、なんだ。一体、どうしたってんだよ。


「っぐ」

 

「精霊たちが妖精共から聞いたと言っておるのだが。闇商売のダ・カポネ兄弟をというのは誠か」

 


 何から何までバレてしまったからなのか、ミッシェルの膝を折れて地面に崩れ落ちると、押し黙ってしまったな。

 


「はい。ま、間違いないです、……金庫の制作者でもある兄弟に捕縛依頼をして、ようやく捕縛までは上手くいったのですが」

 


 金庫とは大事なものをいれる――【宝箱】だ。


 何をする気だった? 金庫に何をさせるつもりだった?


「主は金庫に儂を入れる気であったのだな」


「え? ブブルブ王を、どうして金庫の中に入れようしたんですか?」


 オレは興味本位。言葉を吐き出してしまう。


「父。エルフには価値がある、王さまともなれば金になるよ」

「ええ。ですが、ふふふ……王を捉えようなどと、愚かしいことを考えるお馬鹿さんはいるものなんですね」

「儂が支配する国で悪巧みなど。ミッシェル、すぐに耳に入るのだぞ」


 ブブルブの確信に強い言葉から「はぃ」と大きな身体とは比べものにならないほどに、か細い言葉が言い返された。


「か、金が目的なんかじゃない!」


 ミッシェルが跳ねるように立ち上がって、オレたちへと向かって来た。


 子どもたちがオレの前で壁になってくれるが、むしろブブルブの壁になってくれよ。


 まぁ、彼自身でどうにか出来るでしょうけどね。


「金以外でだというなら、どうしてやろうとするんだ。理解不能だな」

「くだらないことだったら、ただじゃおかないわよ?」

「二人とも、落ち着きなさいっ」


 子どもたちの壁を開けてオレはミッシェルに聞き返した。


「ブブルブ王を護るための、金庫だったんですね?」


「……病というものは奪うのです。王という太陽を奪われる訳にはいかないじゃないか!」


 真っ直ぐに曇りのない瞳にオレは疑う余地もない。本心から、吐き出される忠義心だ。


「その気持ちは嬉しいのだが。入れられるはずだった金庫の暴走とは、どういうことなのだ」

「闇の分量を間違えたようでして」

「だから! 闇系統は禁止だと言っておるだろうにぃいッ!」

 


 ブブルブが、ぐぎぎ、と唇を噛み締めて地団駄を踏んでいる。



「すべて終わったら貴様の今後の処遇を決める! ミッシェル、分かったな! 今は金庫がある場所まで案内を果すのだ!」


「はい!」


 ブブルブの命令に背筋を正して伸ばすミッシェルに「いいからー早く行きましょうよー」とエッカが無邪気に笑った。

 

 

 ◆


 

 ミッシェルに連れて行かれた先は、湖畔を越えた先にあった岩場の洞窟。内部は苔と茸がほのかに光って照らしている。


「いつまで歩かせるんですかぁー移動魔法で連れて行ってくださいよー」

「ふん。湖畔のエルフは魔力が弱いから魔法は使えんことを忘れたか。エルフの鍵師」

「ざっこすぎぃー」


 言いたい放題のエッカに「金庫まで駕籠の中に閉じ込められたいのか?」とブブルブがドスの効いた口調で聞くと、エッカの口もへの字に閉ざされた。


「この洞窟。すごいわ、とおさん」

「ん? メアリー・アン、何がだい」

「精霊が沢山いるわ!」


 目を輝かせて頬を赤らめるメアリー・アンは全体を見渡した。


 仲間の存在が嬉しくて堪らないんだろうな。


「妖精王がおるからだろうな」

「妖精王、ですか?」

「ああ。ダ・カポネの三男で、元は人間だが、諸事情で改造された魂魄を持った憐れな奴だ」


 妖精王の噂も聞いたことはある。しかし、でまかせの多い情報ばかりだった。


 今回の話しには信憑性があって、オレにとってどうでもよくても、外の世界にとっては、大きな収穫だ。


「儂との関係的には新しい精霊的存在であり若く【妖精王】に祀り上げられたからな、無碍にも出来ぬから勝手を許してはいる」


 ブブルブの表情は言葉に反して納得がいかないといった風貌だ。


(若い王の居場所を提供することは大変ですよね)


 奥に進んで行くとそこは大きな広がった空間が見えた。



「とおさん、奥に誰かいるわ」



 メアリー・アンの言葉に、オレが奥に目を向けるとミッシェルが小走りに行ってしまった。


「エッカ。準備をしておくのだ」


「わかってますよぉー師匠も、見ていて下さい!」


 彼が戻って来てから――王族直属の鍵師の仕事が始まる。

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