第22話 エルフ族の金庫④ エルフ王からの仕事依頼ですので

 ブブルブの杖から放たれる魔法によって、樹の枝が意思を持って天然石状の金庫を覆う。


(樹の枝で金庫を覆ったのかっ)


 枝の隙間から幽霊が溢れ出て来る。室内を彷徨って飛んでいるじゃないか、うじゃうじゃいるぞ。


 おいおい、ここは亡者たちの運動会場なんかじゃない。オレの苛立った感情が、口から大きく漏れた。


「自己主張し過ぎなんじゃないですかね!」

 

 幽霊たちが活発な蛍火に見えて仕方がない。蛍なんか動物園ぐらいでしか、見たことなんかないですけどね。


「金庫の魂たちは悪霊だ! 聞く耳なぞあるものかっ!」


 オレの言葉にブブルブが声を荒げた。そんなことはオレだって分かっているよ、でも言わせてくれたっていいじゃないか。


「この世界にゴーストバ〇ター〇なんかいないでしょうよ!」

「主は、何を言っているのだっ」


 幽霊たちが漏れ出ているんですから。


幽霊こいつらをどうするつもりですか!」


 オレはブブルブに、これからの見解を尋ねるしかないよ。


「クボヤ鍵師っ、金庫に幽霊をもう一度、封じることは可能か!」

「金庫の扉を締め直すということですかっ?」

「そうだ! どうなのだっ!」


 折角、息子が全体力を使い果たして開けた金庫の扉を――もう一度、締め直す。


(息子が開けたという功績を、なかったことにするっていうのかっ)


 言いたいことは山ほどありますよ。ただ一点、オレには譲れないものがある。それの解決が先だろうな。


「報酬は支払って頂けるんですかっ!」


 オレは鍵師だ。報酬がなければ動かない。


「報酬は出ますか!」


 オレはタイラーの頭を撫ぜてから立ち上がって、ブブルブを睨みつけてやった。


「出そう! 契約を精霊に記させたっ」


 迫真の言葉に「わかりましたっ!」とオレは仕事モードに入る。


「やめておくれよっ」


 そこに、持ち主である彼女が声を荒げて、金庫の前に立ち塞がったじゃないか。


「ラドルさん! 邪魔しないでくださいっ」

「あたしの家族を、また、あん中に閉じ込めるってのかい!」

「そうですよっ!」


 彷徨う魂たちに彼女は何を想っているのだろうか。家族だと涙を流して立ち塞がった彼女に「エルフ王からの仕事依頼です!」という手段を使わせてもらう。


 縦の繋がりしかないエルフが、言い返すことが出来なくなる、魔法の言葉を吐くことにした。決して卑怯なんかじゃない。


「今、大事にしなければならないのは――エルフ王ブブルブでしょうが!」


 メアリー・アンが立ち上がっていて、彼女の肩を抱くと、優しく話し掛けて金庫の前から離してくれた。よし、と指先で鍵を持つ真似をして唱えた。



「《施っっっっ錠!》」



 幽霊たちが金庫の中に吸い込まれる恰好で連れ戻された。静まり返った室内に、オレとブブルブの息遣いだけが聞こえる。


(何が簡単な金庫から先だよっ)


 まずは一件、片付いたな。でも後片付けをしなければならないのは明らかだ、どうしたものかな。ブブルブに確認するとしよう。


「後、残り何件あるんですか?」

「三件だな」

「っさ!」


 この金庫の他に、残り三件あるだって? 冗談じゃないぞ。


 いや、オレの依頼はここだけの契約だ。しかし、エッカの腕で開けられるかなぁ。


「もう一件で、残りを判断したいのだが?」

「判断、ですか」

「そうだ。判断をだ」


 床に腰を下ろしたオレに、含みのある言い方をする彼を見て聞き返した。


「それで、中に戻した連中はどうしますか、元の依頼自体は、金庫を開けることなんですが」

「ふむ。何も出来ないな、そのまま放置でよくはないか」

「いや。それは、……よくないですって」


 何よりも依頼者が可哀想ってもんでしょう。


「あの、オレなら行えるオプションプランがありますが」


「なんと? 誠か」


 ほぅ、と長い耳が大きく上下に動いた。


「はい、値は張りますよ」


「構わぬ。いい値を後で契約をしようぞ。うむ、精霊に記させたぞ」


 迅速な行動にオレも「分かりました、お受け堪りましょう」と立ち上がった。


 施錠をした天然石状の金庫の中の幽霊たちを、浄化させてやればいいだけだ。


 どんな鍵師にも出来ないことを、女神の祝福を受けたオレには可能って訳だ。


 ラドルを座らせてメアリー・アンがオレの傍に来て聞いて来た。何かを察したんだろうな。


「とおさん、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ、ありがとう」

「無理はしないでね」


 納得はいっていないだろうが、賢い娘はラドルの傍に戻って行った。戻って行く背中を見守ってから、オレの視線は天然石状の金庫へと向く。


「さぁ、いい子になる時間ですよ」


 仕事を始めよう。

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