第23話 エルフ族の金庫⑤ 消しゴムと選択肢のないオプションプラン

 オプションプランを今回、こんな状況下で使うことになるとは、思いもしなかったな。



「《経典折り蛾神!》」

 


 オレが使う、このオプションプランは、異世界の多様種属な神々から、協力をしてもらうというものだ。


 たかが、人間風情鍵師の手に余ると判断するときに頼むんですよね。まさに、今という状況下が理想の展開でしょう。


 床の樹から大量の朽ちた色をした芋虫が這い出た。


「ぎゃ」だの「うお!」と悲鳴が聞こえたが、それでも芋虫の動きは止まらない。


 天然石状の金庫と周りにひっついて蛹に変わると大きく一気に膨らんだ。


 目安が巨人族の成人した男の拳大で、約二十センチくらいだな。


 一斉に蛹の背中が口を開けた。


 産まれ方は一般的に蛾だが、姿ナリは経典の文字が書かれている紙で、蛾の形だ。


 全面に目と唇があり、気味悪く動いている。金粉が羽根からキラキラと舞い落ちていた。紙なのにでもだな。


 天然石状の金庫の周りを飛び、唇からは多くの聞き慣れない言語で、あらゆるお経を唱えていた。


 言語通訳能力でギリギリの範囲で聞けるが、オレの頭がついていけるはずもない。


 見た感じだと、中身の幽霊たちも抑えられている。これならいけるのか? と思ってみるがどうだろう。

 


「エルフ王ぅ~ここからいい加減に出してくださいよぉう!」


「主も静かに、師匠の技を見ておきなさい」

 


 二人のやり取りが静かで聞こえた。オレは神の能力を借りているに過ぎないから、何の参考にもなりゃあしませんよ。

 


「な、なんだい! あの気色悪いのはっ」

「まーまー。とおさんに任せておけばいいですよ」

「でもっ!」


 ラドルさんとメアリー・アンの話しも聞こえるな。ああ、父さんに任せておきなさい。


(ラドルさん、貴女の金庫を救いたい)


 ただ、天然石状の金庫の中身には厄介なものを入れ過ぎている。だから、金庫を開けるような真似なんかは、いつものように秒や分は無理なんだ。

 

 

「《どれくらいで終わりそうですか?》」

 


 オレは周りを浮く金粉に聞く。すると、真横で形に変わった。顔は人で身体は蟲だ。


 蟲の神であり、深淵に住まう嫌われ者のエドゴーリーは、全身、蟲まみれという異質体質で、表舞台にも来たがらない。


 それでも、オレなんかのために来てくれる。異世界人風情以上に人情味と責任感のあるいいヤツだ。


 今回、こうして逢うも久しぶりだな。五回目くらいだったか。

 

 

『坊ちゃん。相手がエルフなら時間など、いくらかかってもいいんじゃないのかねぇ』

 


 長ひょろい顔と奥行きのある頭の骨格に、へばりつく蟲が湧き落ちる黒髪の合間から、大きな紫色の瞳がオレを見る。


 身体は人間に近い蠅の出で立ちで、至る箇所に以下略――

 


「《それは、そうなんですけどね。先方の相手を待たせてもいるので、早く開けたいんですよ》」

 


 オレの言葉に、紫色の大きな瞳がぎょろりと天然石状の金庫を見据えた。

 


『左様ですか。ならば、坊ちゃんの消しゴムを使用した方が数十倍、早く済みましょうねぇ』


「《消しゴムですか?》」

 


 商品名の通り、消しゴムは消すことが目的だ。つまりは。

 


「《まさか、……強制成仏を行えという、話しですか?》」


『その方が蟲折り蛾神なんかよりも、一発でしょうとも』

 


 でも、強制成仏だと金庫の家族たちはいなくなってしまうじゃないか。今まで家族で守って来たというのに。

 


「割って入るような真似をして申し訳ないが」


「え」

 


 ブブルブがオレと彼の会話の間に入って来た。まさか、この話しはエルフ王には筒抜けなのか?

 


「ショータ鍵師。相手は悪霊だ。儂が許可する――蟲も、どうにかならんか」


「でも、ブブルブ王ッ」

 


 オレに掌を向けるブブルブは、もういいと聞く耳はないようだ。


 彼の足許にも蟲が這っているが、まとめて魔法で消し炭にするのは、前にいる相手にへ配慮があってもいいんじゃないのかなぁ。


 それよりも、今は金庫の中身を一刻も早く、どうにかしないとだな。こりゃあ。

 


(確かに、金庫の中は悪霊だ)

 


 元々、内緒に持ち込まれた、幽霊の入った天然石状の金庫。今後、オレが悪いと風潮されるのも嫌だよなぁ。


 無言でポケットから消しゴムを取り出した。

 


「《どうやって消したらいいんですか》」


『ご一緒に行いましょう』

 

 

 彼が背中の短い半透明な羽根を大きく広げる。



「あたしの家族なのよっ、家族をっ!」

「もう、休ませてあげましょう」

「ぅうう、ぁあアぁああ……っつ!」

 


 ラドルさんがメアリー・アンに縋りつくように泣き崩れている。



「ごめんなさい」



 オレは唇を噛み締めた。



「《やりましょう》」


『では。坊ちゃん』



 そして、彼が消しゴムの使い方を伝授してくれた。

 

『掌の上で消しゴムのカスを作って下さいなぁ』


「《分かった!》」

 


 掌の上で消しカスを作るのは大変だ。


 ただ、言われるがまま、無心に作ると横で彼から『ああ、それくらいでいいかぁ。では、それを金庫に向かって投げかけて!』と言われて――ぶん! と投げ放る。

 


「《あとはっ!》」


『儂に任せってよぉおぅっ』

 


 大きく息を吸い込む仕草を見せたかと思えば、勢いよく息を吹きかけ天然石状の金庫を含めて、辺り一帯が、消しカスと金粉の手伝いもあって、一気に燃え上がる。


 周りを囲った蛹のおかげで、緑色の炎が拡がらない。



「ぁ、あぁああ……ぅアぁああおぉア!」


「泣いてたら、成仏が出来ないじゃない。嗤いなさいよ」



 ラドルが床の上へ、メアリー・アンに抱えられたまま、へたりと崩れ落ちた。


 見開かれた瞳が映し出す光景に、大粒の涙が頬に伝うのが見えて、心が痛むのは当たり前じゃないか。


 でも、こうするほかなかったんですよ。

 


「これで終わりだ」


『では、坊ちゃん。儂は失礼致します、……お子様方も、大きくなられましたなぁ』


「《有り難うございました》」


 蟲の神エドゴーリーが頭を下げて、深淵に帰って行く。


 天然石状の金庫を包み込む炎。燃え上がる灯りで淡く色づく室内の中、オレは大きく息を吐いてブブルブを見た。


「これで一件は、一旦にしろ解決しました」

「こんなのが解決なのか。あれはいつ消えるのだ」

「中身がなくなれば燃え尽きます。オレも、他にやれる方法がなかっただけですよ。あれば、そっちを選択していました」


 したくてやった選択肢なんかじゃない。教えられた方法が、祓い焼きしかなかっただけの話しだ。

 


「惨いのは、重々、……承知しています」

 


 やっていいと許可を出したのは――貴方じゃないか。

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