第21話 エルフ族の金庫③ 息子の実力

「さぁ、お兄ちゃんと遊ぼう♡」


 天然石状の金庫とタイラーが向かい合っている。ごくり、とオレも緊張に唾を飲み込んでしまった。


(正直。タイラーの作業を見たのは数回きりで、最近は見ていないんだよな)


 子どもたちは、赤ん坊の頃からオレの鍵師としての作業を見て育つ。小さなときから錠をおもちゃ代わりに解く遊びをし始めた。


 そして、鍵の神が子どもたちの誕生日プレゼントで【祝福の鍵】をプレゼントしてくれたんだよな。


 子どもたちは、今も、貰った鍵を使って、仕事をしているんだから、感謝だよ。


(オレがあの女神おんなから貰った万能の神器の鍵だよ、そりゃあ開くよなぁ)


 どんな鍵も開けられるチート鍵師の子どもたち。


(なのに。副業で、傭兵だの、踊り子ってのは、才能の餅腐れってもんだなぁ)


 どマイナー職業の鍵師に仕事依頼が来なくて暇なのはわかるよ。でも、身体を動かせるような仕事は、他にいくらでもあるじゃないか。


(よりにもよって、どうして傭兵なんだよ。全く)


 望んでもなりたいものになれない、ということもあるというのに。


 与えられた才能に気づかないのは「舐めぷってのは最悪だよな」とオレは言い洩らした。


(エッカも、悔しいかもしれないな)


 ブブルブによって回収された彼女は、どんな思いで息子を見ているんだろうな。


「息子の鍵師は、エッカのような轍は踏まないのか」

「踏む訳がないですね、オレの一番弟子ですよ」

「鍵師の腕前を、早く見せて貰いたいものだな」


 硬い口調の彼にオレも「恐らく、秒で開けますよ」とタイラーを指差した。


 父親であるオレの開錠の仕方も、他から見れば独特だろう。その息子タイラーの開け方も少しばかし、独特な気はする。


「それで、あれは何をしているのだ?」

「あれですか。まぁ、……毛づくろいですね」

「相手は金庫だぞ?」


 まず、タイラーは優しく鍵を差し込んだ後に抱き締めて、金庫の毛づくろいの真似をして全体を舐める。


 タイラーがいうには、金庫の守護神を絆せるんだとか。オレも見たときは汚いとは言ったが、今更、やり方を変える気はないらしい。


 何か意味が在るんだろうなと、オレ自身に納得させて、見守っていた記憶がある。


 守護神との会話を進めていくのが目に見えて分かる。対話が進むごとにタイラーは、眼に見えて幼児化していくんだ。


 なんとも不思議な開け方だよ。オレには真似出来ない開錠方法だな。


「普通に開けられないの! 馬鹿兄貴っ!」


 タイラーの開錠方法が面白くないのか、メアリー・アンも不機嫌になるんだよ。


 鍵師の開錠方法は、人によるとしか言うほかないだろう。


「メアリー・アン。金庫が開くなら、鍵師としては、百点満点の花丸だよ」

 

「とおさんっ、でも!」


 思ったことを言おうとする彼女に「ほら、見てごらん」とオレは開錠したことを報せた。


「開けたのね」

「アタシの、金庫が、……開いたっ」


 メアリー・アンとラドルの言葉が重なった。


「ふむ。舐めて開けるとは、凄いな」


 二人の言葉の後にブブルブが言う。なんか、あんなやり方で開けられたもんだ、とそういう含みがあるんだろうな。


 鍵師の腕前を証明した息子はといえば、小さくなったまま地べたにヘタって座り込んでいる。


 よく見れば、彼の全身が荒く呼吸をしているじゃないか。オレも心配になって、小走りで傍に向かった。


「タイラー、大丈夫かい? お疲れちゃんだな」

「父、……この金庫、やヴぁい」

「はぁ?」


 オレの目の前で、タイラーが意識を手放してうつ伏せで倒れ込んでしまう。


「おいおいおい。どういうい――……」


 金庫の中から半透明の魂たちが溢れ出て彷徨っている状況に、オレは大きな声を張り上げるしかなかったよ。


「ブブルブ王っ!」


「同胞が済まないな」


 ブブルブが椅子から立ち上がって、杖を構えた。


「悪しきものなどを持つなと禁じても、このように隠されてはなぁ!」


 杖から閃光が放たれ天然石状の金庫を包み込む様子に、間近で魔法を感じられることに――オレは興奮した。

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