第19話 エルフ族の金庫
王宮の一番上の層で「エルフの森は久しぶりですぅ」とエッカがオレの周りを踊った。その度に花びらが空に舞う。
「依頼者の家は遠いのかい? どうやって行くのかな?」
「はい。それなんですが、師匠は歩くのと魔法で行くのではどちらがいいでしょうか!」
「まぁ、そうだなぁ。魔ほ――いや、歩きでいいよ。でも、遠いのは勘弁だなぁ」
エッカの魔法で、依頼者宅に着くのかが分からない。
エルフの森を見て歩くのも一興じゃないのかと思って、歩くことを選択しのだが――ブブルブの一喝とばかりの声が間に割って入り、呆れた口調で命令する。
「仕事の依頼は一件なんかではあるまい。移動魔法で行くのだ」
「えぇー」
ここで、依頼は一件じゃない、ということにオレは耳を疑ったよ。なんだって? と顔を彼女に向ければ、勢いよく顔を反らされてしまった。
移動魔法を使いたくなかったのか、それとも、オレにエルフの森を見せ歩きたかったのか。
でも、状況的に優先順位は仕事依頼を全て済ませることだ。見て歩くなんて観光は、用事が全部終わった後で一向に構わないんだよな。
さらにブブルブが告げた。
「儂にも主を王族直属の鍵師にした責任がある。久しぶりに仕事ぶりを見てやろう」
「え! 一緒に来る気なんですかっ」
「うむ。何かダメな理由があるのか? ショータ鍵師の息子は傭兵ぞ」
ブブルブの指名にタイラーも両腕を曲げて力こぶを作って笑った。それをメアリー・アンとエッカが冷ややかに見据えている。
「まぁ、お喋りもここまでだ。厄介なのが来る前に移動をしようではないか。全員、近くに寄るのだ」
厄介なの、の意味が分からないまま、顔を横にして、オレたちはブブルブの傍に全員が近寄った。人数をブブルブが確認すると手を広げて小さく詠唱した。
するとブブルブの足元に咲いていた花が、勢いよくオレたちの周りで浮き上がる。
次第に荒れ出し、火花もバチバチと散って収まれば、光景が変わっていた。
足元の花がなくなり、大きな樹の幹に付け足された、吊り橋の上に全員が立っている。
オレが辺りを見渡せば、樹の幹に沢山の家があり、住民のエルフたちが、他の吊り橋で行き交うのも見えた。
連れて来られたこの場所から、居た場所だった王宮が遥か彼方と見えることに、オレも呆気に取られ「凄いな」と感想が漏れた。
「そうであろう」
ふふん、とブブルブがドヤ顔を向けた。エッカと同じような態度に、やっぱりエルフはどいつもこいつもと実感する。
自信過剰のエルフ族を束ねるエルフ王の能力は本物で、それに引き換え――なんて彼女と比べること自体、エルフ王にも失礼だろうな。
「それで、依頼があった金庫ってのはどんなだ?」
タイラーが頭に手を回してエッカに聞くが、彼女はにこやかに「見なきゃ分からないけど、普通の金庫だと思うのぉー」と話した。
それにはメアリー・アンもキレイな顔を歪めて目を細める始末だ。大きなため息を漏らすと強い口調で言い捨てた。
「知らないのね」
「行けば分かるわよぉう」
能天気にあどけない表情で言ってのけた彼女に、メアリー・アンが呆れた表情を浮かべて、タイラーと目を合わせた。
依頼内容を知っているはずのブブルブにオレは聞こうとしたときに――
「まずは簡単な依頼先に向かうのだ」
先頭を歩き出したブブルブに「タイラー」とオレは警護するように指先で指示する。言われた息子も、はいはい、と横隣について梯子を歩く。
一体、どんな金庫なのかと、オレも想像するのだった。
◆
「あー~~やっと来たわね! 鍵師っ」
依頼者は混血のエルフでドワーフ身丈の女性だった。薄い布が隠しきれていない、褐色の肌が太陽の光りから浮かび上がり,肌がきめ細かいことが分かる。
赤茶色のドレッドヘアーにキレイな花が飾られている。大きく吊り上がって細くなった紫色の瞳がオレたちを見据えて、真っ赤に色染めされた髭の長い無数の束は、キレイに三つ編みされていた。
紫色に塗られた厚みのある唇が吠えて、口腔内の八重歯が見える程、大きく吐かれた怒りの言葉に、ビリビリと周りの空気も揺れる。
「どうゆうこと! 依頼したのは――」
「ラドル、すまんな。儂の顔に免じて許してやってくれぬか」
ブブルブの言葉にラドルと呼ばれた彼女の表情が、顔面蒼白に変わる。はくはくと、鯉のように息だけ吸う恰好になっているのが見えた。
「王、さま?」
「うむ。いかにも儂はブブルブ王だ」
顔を左右に振ると、勢いよく跪いて顔を俯かせた。全身が小刻みに震える様子に、エルフ族の忠義心が強いって噂は本当だったのか、とオレも報告用に脳内で
「す、すすす、すいませ――」
「よい。面を上げて立ち、金庫に案内をするのだ」
ブブルブの言葉に俊敏に反応して「王様っ、金庫はこちらですっ」と家の中に案内をしてくれた。
先頭立って行く彼の後ろについて、オレも彼女の家の中に入った。樹の幹の中は風通りもよくて涼しい。
室内は靴のまま入っていいとのことで室内に入った。金庫を開けに来ると、直前に聞いたかのような片づけもそこそこって状態だよ。
生活感のある親しみに近い光景、ってのがオレからの感想だな。しかし、これは片付けたくて腕が鳴りますよ。
「それでお客様ぁー開かなくなったという金庫の状況を教えて頂けますぅ?」
「え? ああ、そうだね。開かなくなった金庫ってのはさ、違う星から持って来た――家族みたいなもんなのよ」
オレは耳を疑った、金庫が家族? ってどういうことだってね。疑問符を浮かばせるオレを他所にエッカも聞く。
「鍵穴はあるんですかぁ」
「あるよ。閉じないようにしてたのに、なんかの拍子に閉じちまったのさ」
「そうなんですねぇ」
ラドルに招かれて行きついた先にあった金庫は、幼児程の大きさをした、中身が白濁とした翡翠色の天然石で、扉がどこかは遠目からでは見当たらない。
オレも「これは」と声を漏らしてしまう。
「鍵は転移の際に失くしちまったんだ。だから、アタシには開けられないって訳」
オレの足が前に出て、無意識に触って確認をしてしまっていた。そんなオレの肩に彼女の手が乗せられて、はっと上を見上げる。
「師匠。わたしの腕前を見ていてくださいよ!」
「ああ。そうしょう」
嫌な予感がした。
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